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「一角騎士、ユニコルオン参上!!」





「妹よ! ちょっとヒーローにちょっかいかけてきます!」

「うん? ……うん!? ちょ、待ってお姉ちゃん!」


 総統室に入るや否や軽い挨拶だけして立ち去ろうとした私は、最愛の妹に呼び止められた。


「なんだい?」

「逆にそれで素直に送り出すと思ったの!?」


 どうかな、気付かずに送り出して後で気付く可能性も三割くらいあると思ってた。


「え、なんでヒーローに?」

「いや戦力調査。これから敵対する相手なんだから、データ収集は必須でしょう?」


 我々は今や悪の組織。ヒーローは守護者では無く、仇敵だ。

 秘密結社の宿命として、必ずぶつかる相手。

 ならば本格的に衝突する前に小競り合いでデータを集めるのは常套な作戦だ。


「いや、でも……お姉ちゃんが戦うの?」

「必要とあらばね。でも今回は違うかな。怪人も用意したし」

「それも!」


 お? なんだ?


「その怪人も気になる! 後ろにいる人だよねヘルガーさんじゃない方!」


 妹は私の背後を指さしながら言った。

 私の後ろには二人の怪人が居る。一人は私の部下であるヘルガー。単独任務が無い限りはずっと連れているのがデフォルトだ。

 もう一人は、独特なシルエットを持った怪人だ。下半身はローゼンクロイツの軍服を纏った普通の人間と変わらないが、上半身の形状は大きく異なる。両腕は金属のかたまりに包まれ、まるでゴリラのような形をしている。背中には筒状の機械を二つ背負い、背丈を増やしている。

 そして……頭はイチゴだった。


「その人は!?」

「イチゴ怪人エンハンスド君です」

「エンハンスドって!? イチゴって!?」


 結局採用しちまったよ、イチゴ怪人君……。

 いやだって畑で採れるってのはやっぱ魅力なんだよ。撃破されても人的被害が出ない。こういった威力偵察みたいな任務には最適だ。流石にそのままじゃ瞬殺される未来が見えたから、古の機械系列の技術を持ち出して強化した。

 しかし役に立たない植物型に、却下した筈の機械系列の混合怪人……。私の理想の怪人とはどんどん遠ざかっていく気がする。もしかしてかつての総統もこうやって迷走したのだろうか。


 私は百合にイチゴ怪人の概要を説明した。


「……だから、人から改造された怪人じゃないから人は死なないよ」

「う~ん……」

「元は果物……ってか野菜だから、野菜を一個消費するようなものだよ」

「私としてはそれもちょっと……食べ物を無駄にするのは……」


 ちぃ、いい子なんだけどこういう時は少々面倒だ。どうにか押しきれないか……?

 しかし私が洗脳紛いの言いくるめの文面を考えているのを余所に、百合は溜息をつきながらも頷いた。


「でも、うん。いいと思う」

「え、いいの?」

「人死にが出るよりは……傷付いても欲しくないし」


 そう言って百合は背後のヘルガーをちらりと見る。正確にはその左腕を。

 もう既に包帯は取れているし、傷口も完全に塞がっている。しかし断たれた小指は元には戻っていなかった。再生能力に優れる獣型怪人といえども欠損までは治らない。だからこそケジメがペナルティとして機能するんだが……。

 心優しい百合は身内間の抗争における負傷でも心を痛めてしまうようだ。悪の組織にとってこんなもの、喧嘩に負けた罰ゲームの丸刈りみたいなものなのに。


「本当は争いそのものをして欲しくないけど……」

「百合……」


 私は百合の要望全てを通してあげたいとは思うけど、それは通らない。 

 悪の組織はどうあがいても犯罪者集団であり、警察、ヒーローと衝突する運命にある。決して逃れられない宿命だ。

 そして構成員……それも人の形を失った怪人たちは皆淘汰されるだろう。怪人に人権はない。

 だからこそ、抗わなければ。


 百合が平和路線を強調すれば、流石に総統相手といえども反対派が現れるだろう。

 そして血みどろの抗争が始まり、ローゼンクロイツは内部崩壊する。その中で百合が討たれてしまうことも、私が死ぬことも十分あり得るのだ。


 それは百合も分かっている。だからこそ、強くは言わない。

 ……けど、心の内では悲しんでいるんだ。私はそれを少しでも和らげてあげたい。


 私はハンガーにかかった百合の軍帽をポフリと百合の頭に被せた。


「お姉ちゃん」

「安心しなさい、百合。誰も傷付かないように、上手くやるから」

「……うん」


 コクリと頷いた百合に、私はいい子ね、と声をかけて踵を返した。

 さて……ヒーローとご対面といこうか。






 ◇ ◇ ◇






「お前らは皆殺しだぁーっ!!」


 二時間後、私たちはとある街のショッピングモールで大暴れしていた。

 エンハンスド君の背中に付いている榴弾砲で火をつけ、鞘に収めた光忠で逃げ惑う買い物客の尻を叩く。

 ヘルガーはそんな私を胡乱気な目で見ていた。


「お前、総統閣下にあんなこと言っといて……」

「死者は出してないから大丈夫!」


 エンハンスド君には誰もいないところへ向けて砲を撃たせているし、私も火の方向へ逃げそうになっている人のケツを叩いて別の方向へ逃げるよう誘導している。被害は見える範囲でしか起こしていないから、死人は一切出ていない。断言できる。

 それに事前調査もばっちりだ。このショッピングモールの内部図は確保しているし、スプリンクラーの作動時間も調査済みだ。ほら、発動した。


 天井から水が降り注ぎ、火を消していく。エンハンスド君とヘルガーがずぶ濡れになるが、私はヘルガーの胸元にすっぽり収まって濡れ鼠を回避した。


「おい……」

「へへっ、上司が濡れるのを防ぐのも部下の役目だよ?」

「ちっ……それよりそろそろ来るんじゃないのか?」

「多分、もうすぐ……あっ、来た」


 火災が鎮火し、スプリンクラーが消えるのとほぼ同時に、ショッピングモールの下の階から白い影が飛び上がって来た。


「トゥ!」


 空中で一回転し、床に着地する白い姿。

 彼こそが我が組織と敵対するヒーロー、その名も……。


「一角騎士、ユニコルオン参上!!」


 白いヘルメットに聳え立つ黄金の角、馬の尻尾のようにたなびくマフラー。逞しい筋肉を覆う、体にフィットした白いスーツ……。

 科学の力を使い聖獣ユニコーンの加護を授かった脅威の戦士。それがユニコルオン。


 私はヘルガーの懐から離れ、ニヒルな笑みを浮かべて相対した。


「貴様がユニコルオンか。噂通り白くて目が痛くなる様な格好をしている」


 バイザー越しに私を睨みつけるユニコルオン。

 科学の戦士は誰何の声を上げる。


「貴様は? 見ない顔だが」

「これは申し遅れた。我が名は……」


 あ、対外に名乗る名前を用意するのを忘れていた。流石に本名は拙いよね。

 頭をフル回転し、ローゼンクロイツに相応しい名前を叩きだす。


「……摂政、エリザベート・ブリッツ。通称〝紫電〟のエリザベートだ、覚えておいてくれ」


 今でっち上げた名字と通称を名乗りつつ、私はエンハンスド君に指示し矢面に立たせる。エンハンスド君はイチゴの頭に埋め込んだチップによって私のつけた骨伝導マイクによる無言の指示を飛ばせるのだ。


「この度、新総統閣下と共に摂政に就任した。これからお世話になるだろうな、科学戦士」

「また代替わりしたのか……! 懲りない奴らめ!」


 それは私もそう思う。だって調べただけでここ十年程で五回程代替わりしてるもん。二年に一回ペースだよ。死に過ぎでしょ総統……。

 だが当然、私の妹は長生きさせて見せる。


「もう君の生きているうちに代替わりは無いと思ってもらって結構だよ」

「それについては同意だな。今度こそ討ち滅ぼして見せる!」


 地を蹴り駆けるユニコルオン。その走りに迷いは無く一直線にこちらに向かってくる。

 怖ろしいスピードだ。あっという間にエンハンスド君に肉薄した。

 鋭いパンチを放つ。


「ハァッ!」

(正面、胸の前、腕ガード!)


 早口で指示を飛ばし、エンハンスド君に攻撃を受けさせる。鉄で補強された腕は見事に打撃を受け止めたが、衝撃で押され後ろに下がる。

 エンハンスド君に搭載した機械からデータが転送された。少し離れたところで機材を展開している研究員たちが情報を受信し、私のインカムに届けられる。


『パンチ力7t。以前のデータより上昇しています』

「そうか」


 やはり前に取ったデータより向上していたのか。データを取りに来て正解だったな。

 しかし7tか……。私が喰らったらシャレにならないな。一発でミンチだ。

 だが本来人間並みのスペックしか持たないイチゴ怪人がそんな重撃を曲がりなりにも受け止めることが出来たのだから、機械化技術も侮れない。やはりコストがかかる分優秀な面はあるのだ。


 ユニコルオンが追撃の構えに入るよりも早く、エンハンスド君に指示を飛ばし攻撃させる。


(榴弾砲発射!)


 火器管制は私が管理している。狙いをつけるのも残弾の管理も私が行っている。イチゴ頭には絶対に出来ない仕事だからな……。

 私の狙い通りに弾は発射され、ユニコルオンの目の前の床に着弾する。別にこんなので死ぬヒーローでは無いだろうし、当てても良かったのだが牽制を優先した結果だ。


「チィッ……!」


 私の思惑通り、ユニコルオンは飛びのいて避けた。追撃で連射し、距離を開かせる。

 お互いの距離は、10m程に開いた。

 榴弾砲は、まだ届く。


「どうかね、ユニコルオン。我が組織の新しい怪人は」

「間抜けな姿をしているな」


 うっさい。


「それに、対して強くもない。……聖騎士甲冑術!」


 ユニコルオンの雰囲気が変わる。本気を出したか。

 再び地を蹴ったユニコルオンは、今度はエンハンスド君には向かわず、中空にジャンプした。


「奥義! 天馬空蹴撃!!」


 そのまま一回転し、棒立ちのエンハンスド君へと飛び蹴りを放つ。

 残念だが丸見えだ。エンハンスド君は全く見えていないだろうが(そもそも視覚が無いが)、私は補足している。


(三歩下がれ)


 これで避けられる筈だ。

 しかし、ユニコルオンの露出した口元がニヤリと笑う。


「スラスター!」


 そうユニコルオンが叫ぶと、スーツの脚部、腰部についた穴から空気が噴射し、蹴りの軌道を変えた。何っ!? 空中で姿勢を変える!?

 軌道を修正した飛び蹴りは、過たずエンハンスド君の弱点――すなわち頭部へと着撃した。

 強度は本物のイチゴと大差ないエンハンスド君の頭部は、瑞々しく弾け飛んだ。


「エンハンスド君ーー!!」


 頭部には別に脳みそも何もないが、イチゴ怪人はイチゴ頭を失えば行動不能になる。何故かそうなる。今回もそうなった。

 頭部を失い、戦闘続行が不可能と判断されたエンハンスド君は予め装備されていた自爆スイッチがONになってしまう。

 ユニコルオンは長年の経験かそれを察知し、素早く飛び退く。

 そしてエンハンスド君は爆発四散した。


「あー! エンハンスドくーん!!」


 何ということだ……エンハンスド君が……。


 まぁ正直勝てるとは思ってなかった。それにコストも対してかかっていない。機械化部分もメカシマリスの外した部品の流用品だからだ。

 得られた成果はユニコルオンの戦闘データ。その中でも必殺技のデータは貴重だ。なにせ大抵は本当に〝必殺〟な訳だからね。


 なので、エンハンスド君は期待通りのそれなりな働きはしてくれたという訳だ。

 全く問題は無い。


 私はエンハンスド君を失ったショックから立ち直り、ユニコルオンに向き直る。


「さて……ご挨拶は満足いただけたかな?」

「あぁ、悪くないと思うぜ? だから返礼として俺の別れの挨拶を受け取ってもらおう」


 構えるユニコルオン。まぁそうだよねぇ。

 しゃあない。ちょっと殺り合うか。






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