実際に会おう!
エレナが女神になって三日目、だいぶモニターの操作にも慣れてきて、とりあえずひと段落しそうだったのでたので、再びテレビ電話でシスティに話しかけようとしていた。
その時だった。
「え……ちょっと待って何?なんか落ちてきたんだけど」
ドスンと音を立ててエレナの目の前に、扉が落ちてきた。驚くのも無理はない。
「あ……これか。システィ先輩が言ってた扉ってやつ」
おととい、エレナがシスティに思いっきり突っ込んだやつだ。
なんでだかわからない女神システム。この扉もその一つなのだろう。
エレナは、これも追加でシスティに質問するかな、と思いながらパソコンに向き合う。
履歴からシスティを呼び出す。
そうすると、システィはすぐに反応してきた。
「あのですね……ちょっと聞きたい事が結構出てきたので質問したいのですが時間ありますか?」
「全然だいじょーぶ。今も超暇人だから気にしないでー」
「ならよかったです。結構長くなりそうなんですが……」
「全然気にする事ないよー」
やはり女神というものは暇なのだろう。
システィはプロジェクトを始めてからはあまり暇ではないと言っていたが、あまり信用していい感想でもないのかもしれない。
「じゃあですね、この女神世界に流れている時間って、地上と結構違ったりします?」
エレナは、ここ三日間で、地上とは違う特殊な時間の流れ方をしていると確信を持っていた。
しかし、一応でも確認しておく必要もあるし、聞いておいて損もないだろう。
「それを私に聞くの?」
「なんでも質問してって言ってたと思うんですけど」
「だってさー、私もなんとなくは知ってるけど詳しくはわからないよー?」
「それでいいですよ。というよりも、そのくらいのほうがいいです」
システィは困った顔をしたが、一応答えてはくれそうだった。
「あのね。女神システムっていうのはねー、人間の生活リズムに合わせてるの」
「どういう意味か全く分からないんですけど……」
「まあまあ。だから、昼の時間はちょっと速くて、夜の時間はもっと速いの」
「意味が分からないですよ。ようは、全体的に流れる時間は地上より速めで、夜はさらに速くなる、そんな解釈であってますか?」
「そう、まさにそれが言いたかった!エレナ天才!凄い!」
「そこまで褒められるような事言った気がしないんですけど……」
どうやら、エレナの勘は冴えわたっているらしい。
しかし、だからと言ってどうという事はない。無駄話が減るだけであって、暇な時間、一人でいる時間あ増えるだけだ。
「エレナが言った説明が完璧すぎて私はこれ以上の説明ができるような気がしないんだよねー。これで終わりでいい?」
「いやいや、やめてくださいよ。私も、ただまぐれで当てただけですし。もっと詳しく聞いていいですか?」
「どんとこい!」
「適当に答えるのだけはやめてくださいよ。ほんとに」
「それは困るよー。あってんのも混じってるけど、あまりにも慣れすぎててよくわかんなくなってるから!」
「……じゃあ概要だけでも分かればいいのでおしえてください」
エレナは、何か諦めたような顔をしてシスティに向き合う。
しかし、テレビ電話なのにシスティはそんなエレナの顔に気づいていないようだ。
やはり、いい意味でも悪い意味でも鈍感なのだろう。
「えっとね、昼は、地上の四倍のスピードで時間が進んでいるの」
「嘘ですよね」
「あっ、ばれた?」
「分かりやす過ぎてしょうもないですよ、先輩。私が一昨日あなたと話していた体感時間とモニターに表示されている時間は四倍も差、なかったですし」
エレナは、「先輩」の部分を妙に強調させて言った。
「ちょっと待ってよー。私とエレナって、そんなに壁あったっけ?」
さすがにシスティも気づいたようだった。
「出会ってちょっとしか経ってない先輩に、ため語で話せって言われるのも、私にとって無理な話ですよ」
「いやだよー。私は。先輩とか後輩とかそんなしきたりなんてなくなっちゃえばいいのにっていつも思ってるし」
「私はあったほうがいいと思うんですけど」
「じゃあシスティ明日からエレナと口きかないもーん。これは戦争だからねー」
「それ言い出しっぺの人が耐えられなくなってすぐに元通りになるやつじゃないですか。めんどくさいんですよ、そういうの」
「ほんと、乗り悪いな~」
システィは相変わらずのいつもの調子だ。三日前と何も変わらない状態で話してくる。
エレナは、適当に突っ込みを交えながら話すのが楽しくて仕方がなかった。
「じゃあ本題に戻ってもいいですか?」
「だから敬語はやめてって」
「三日前もこの調子だったのでいいじゃないですか。そのうち取れますよ」
「なにが?」
「け・い・ごです!」
エレナは、ちょっと言い過ぎたかな、と反省する。しかし、システィは笑って、
「じゃあその日を心待ちに」
と、返してくる。
これまでは、エレナはあまりこういう事をしてこなかったし、しようともしていなかったので、なかなか慣れない。
しかし、なんだかこういう会話はとても楽しいと思える。
「じゃあ本題に戻っていいですか?」
「どぞどぞー」
「……あなたが説明していたところだと思うんですけど」
「あっ、忘れてた」
「本当に記憶力が欠けてるんですね、あなたって」
エレナは、システィに対してはだんだんと心が開けてきているのを自分でも感じていた。
それは、システィも同じだった。
「あっ、そうだった。あれだよね。時間がどうたらたらこうたらってやつ」
「まあそうです」
「で、地上とかまあそんな感じで?」
「何が言いたいのかさっぱり分からないんですけど」
「だって忘れたし?」
それを聞いてエレナが大きなため息をつくと、システィはテレビ電話なのに目を逸らす。
「もう一度質問しますね」
「どんとこいだ」
「地上とこの女神界での時間の流れ方の違いの詳細を教えてください」
「言葉が難しくてさっぱりわかりません」
「あなた地上にいたころ成績トップだったって言ってたじゃないですか」
言動に矛盾があるなとエレナは思った。
「あれ?そんな事言った覚えないよー」
「しらを切らないでくださいね~」
しらを切られそうになったので、その場のノリでエレナは変な笑みを作ってみせた。
この女神、女神歴が長すぎて記憶力のほかに、頭の良さも失ってしまっているようにエレナは思えた。
百年が女神にとって長いのか短いのかはさっぱり分からないが。
ただまあ、話していて面白いのも事実だ。かわいそうな頭を持った人だなとは思うが、下手に記憶力をつけられてこんな会話ができなくなるのも逆に悲しいな、とエレナは変な考えを持つ。
「とりあえず、昼の時のこの女神界と地上の時間の流れ方の違いを教えてください」
「大体ここでは二倍くらいのスピードで流れてるかな」
「確かにそうかもしれませんね。ありがとうございます
じゃあ、次に夜の時間の流れ方についてはどうなんですか?」
「七倍」
「絶対嘘です!そんな速くなかったはず」
エレナには、それが嘘だという確証が確かにあった。
一昨日モニターに触り始めたころ、時間の流れは速いなと感じたものの、女神界の時計と地上での明るさは多少違いはあったものの、七倍も違いはなかった。
なぜだか知らないが、システィは新米女神、エレナにでもわかるような嘘を平然と言ってくる。
システィはエレナと会話を弾ませたいのか、ただ単にボケているだけなのか。
「私嘘はつかない主義だから~」
「さっきからついてばっかりじゃないですか」
「まあまあ、それは置いといて」
「おいそれと放置していい問題でもないような……」
「今日会える?」
「何の話ですか。私は暇ですけど」
唐突に話題を変えたシスティに、エレナは少し警戒する。
しかし、同姓、そして一応だが顔を見た事のある女神なので、まあ大丈夫なのだろう。
「扉はもうきたよね?」
「さっきいきなり目の前に降ってきたんで死ぬかと思いました」
エレナは、あの何がしたいのかよく分からない女神システムの事を思い出した。
「……」
「で、私はどうしたらいいんですか?」
「じゃあ、私エレナの部屋に行くから待ってて」
「服、まだこれしか持ってないんですけど……」
「まあ、大丈夫でしょ。なるようになるさ~」
エレナは何もない状態で、人に会うような用意も何もしていなかったが、システィと現実で実際に会う事になってしまった。