3-1 思い出した事実
システィとのチャットを終わらせて、エレナは一人である事を考えていた。
このままこのような仕事ぶりでやっていけるのか。これで世界は救えるのか――など。
と、エレナがその考えにまでたどり着いた時、とある違和感に気付いた。
「何か抜けている気がする。っていうか私って何から世界を救おうと決意したんだっけか。そこが思い出せないとどうしようもないや」
エレナは、部屋で頭を抱えた。
原因などはソフィアに聞けば分かる話だと思うが、この時ばかりはそう言った解決策をとるべきではないと思う。
――自分の言い出した事は、自分で解決しなければ。
それがエレナにとっての本心。責任感の強いエレナだからこそ出る結論。
もしこれがシスティならば、後輩でも先輩にでも即座に聞いていたような些細なこと。
それをエレナは事態を重くとらえ、自分で解決しなければ、などと思うような責任感。
いつもならその責任感は評価されるべきであるし、実際にそれで信頼され、助かった面も何度もある。しかし、今回はそれに押しつぶされる形になっている事は否めない。
しばらく、部屋の椅子に座って頭を抱えていた。
十分後。
「なんか疲れたし、あそこに行ってみようかな。手掛かりなんてないと思うけどさ」
エレナは女神の休憩部屋と呼ばれる場所に行って、女神どうしの交友を深めようと思った。
よくよく思い返してみると、エレナには先輩女神との交友はかなりあるが、実施に同世代の――同階層の女神とはあまり交友関係を持っていない。
この機会に持っておいた方が後々助けになる可能性がある。
ただ、友人だからと言っていろいろと迫ってこられるという危険性も孕んでいるが。
エレナは、ソフィアに行ってきます、と小声で告げ、廊下に出た。
相変わらず奇妙な感じだ。
どこかか神秘的な雰囲気が漂っている廊下には、現代っ子のエレナは今でも違和感が禁じ得ない。
そこを通りぬけ、一つの部屋に出る。
そこの入り口は縁とられており、中には真っ白い光景――いつの日かシスティと見た光景と同じ光景が広がっている。
エレナは、まだあれから少ししかたっていないのに、どこか懐かしさを覚えながら入っていった。
「えっと……一応、初めましてです。これからよろしくお願いします」
エレナは緊張で少し声を上擦らせながら周囲にいる女神たちに向かって言った。
それを聞いた女神たちはエレナの方をちらっと振り向いたが、またおしゃべりに戻る。
タイミングが悪かったかな……とエレナは落ち込む。
精一杯友好的に接しようとしたが、どうやら向こうが受け入れてくれないようで、初っ端から出鼻を挫かれた形になった。
エレナは適当なところに腰かけ、楽しそうに話している女神を遠目で観察することしかできなかった。
しばらく一人でぼーっとしていると、誰かがエレナの方に向かってきた。
「やあ、初めまして。私はラフィーナ。女神やってるから、以後、お見り知りおきを」
「こんにちはー。名前は、フィーネですー。よろしく、ね?」
「私の名前はエレナです。よろしくお願いします」
エレナの前に二人の女神が現れた。
背が高く、短髪の女神――ラフィーナは快活に。背の低く、長い髪を結わずに下して、巻き毛にしている女神――フィーネは柔和に、エレナに話しかけた。
「じゃあ、エレナって呼んでいい?」
ラフィーナは、エレナにぐっと近寄って話しかけてくる。エレナは最初驚いたが、後ずさることなく答える。
「別に呼び方はなんでも大丈夫ですよー」
「フィー、いきなり過ぎないです?エレナさん、引いちゃうよ?」
それをフィーネは馴れ馴れしすぎると判断し、止めようとするが。当のエレナは何とも思っていないが。
エレナは、怪しまれないように理由を取り敢えず言っておく。
正直、この人たちに怪しまれることなどないとは思うが、とりあえず、保険だ。
「あ、私はあなたたち以上にひどい、というかおかしな人ばかり見てきたので何をいまさら、っていう境地なんで、気にしないでくださいな」
「「……」」
これくらいならまだ常識人の範疇。エレナはそう思っていた。
想定していた返答と大きく外れていたからか、二人は何も言い返す事はなかった。
「とはいっても、エレナって綺麗だねー。私とは大違いっていうの?そのきれいな銀髪とかさ。羨ましい」
ラフィーナが、エレナの長い銀髪をするすると触りながら羨ましそうに言った。
視線を巡らせるとフィーネもエレナの髪を触っている。
この髪は他ではあまり見ないものなのだろうか。
ラフィーナとフィーネの髪の色は、二人揃って金髪だ。透き通った色をしており、地上に居る人ならば美しい相貌も加わって思わず振り向いてしまうものだろう。
エレナからすると、何故この髪を羨むのかがあまり分からないのだが――
「というか、エレナってこんな髪の毛どこで手に入れたのさー。私もこんな風に変わってみたいと思うよ。服もなんだか女神って感じしてるしー。胸はないけど……」
ラフィーナがエレナの身なりをじっくりと観察して言った。
最後は小声で、もにょもにょと。
しかし、エレナは、そこの部分をしっかりと聞いていたようで――
「今、なんて言いました?胸がなんだって?」
「えーっと……何の話だったかなー?言ってないような気もするなー」
「言ったでしょ」
胸の事を言われて腹を立てたエレナは、しらを切るラフィーナに詰め寄っていく。
傍から見ていたフィーネは、おろおろするだけで、何もできないのが現状だった。
「じゃあ、気を取り直して。何で私たちにはこんな風になれないんだか。その銀髪、地毛でしょ?全くもー、羨ましくない」
「フィー、素直じゃない」
ラフィーナは敢えてなのか大声で、周りに聞こえるような大声で言った。
「まあこういうのもいいではないか。普通こういうのは反応を見て楽しむものなのだぞ?私たちは新入りをからかって楽しむ権利があるってもんだ」
ラフィーナはそっとフィーネに耳打ちした。
しかし、耳打ちの声が大きすぎたのか周囲にまで声が漏れている。到底、隠し事に使えるような手段ではない。
「えっとですねー、取り敢えず、今の耳打ちは聞かなかった事にしておいた方がいいんですか?そうですか?」
「聞かなかったことにしてくれると嬉しいかな」
「……」
フィーネはごみを見るような目でラフィーナを見ている。
ラフィーナは背が高いからか、もしくはフィーネの背が低いからか、いまいち締まらない。
ばれてしまってはしょうがない、とラフィーナは気を取り直して再び質問。
「私たちはネットショッピングで揃えたんだよ。この髪とか、服とか。だから、私たちはエレナがどうやってこの女神の服装を手に入れたのかなーって気になっちゃったんだよ。な、フィーネ」
「フィーネ、何も言ってない」
「そういう事にしておくんだよこういうのは」
「なんですかそれ、答える気が失せるような事をそうあっけらかんと言い放たないでください」
「まあまあ」
女神というのはどいつもこいつもこんなのしかいないのか。
フィーネは比較的常識がありそうなのだが、このラフィーナと居る時点で何かがあるに違いない。
……ああ、地上で暮らしている人よ、崇められるべき存在がこんなに頭がおかしくってすみません。
エレナは心の中で思っている事を叫んだあと、ラフィーナの質問に答える。
「えーっと、私は先輩の女神に連れられて二階層の部屋に行きましたねー。とはいってもぎりぎりアウトのラインなので、お勧めはしないんですけど」
エレナが下を向いて、周りには聞こえない声でぼそぼそと言った。
二人は事情を察したのか、エレナの声がはっきりと聞き取れる範囲にまで近づいてくる。
「という事は、二階層に上がれば私たちも綺麗になれるのか……」
ラフィーナは言葉を発し、フィーネはこくこくと頷いて続きを促す。
「じゃ、私たちは今から行ってくるんで、ここでお別れだね。また会える日を楽しみにしているよ」
ラフィーナがフィーネの手を思い切り引いて、駆け出そうとする。
フィーネは少し抵抗するが、体格の差があるからかずるずると引き摺られている。
そんなラフィーナの腕をつかんだエレナは、
「いや待て。私さっき先輩が居てもぎりぎりアウトだって言ったよね。一階層の住人だけじゃ間違いなく入れないよ」
この人は何を言っているんだろう、と思いながら行こうとするラフィーナを止めた。
止められたラフィーナは腹立たしそうにエレナを見る。それとは対照に、フィーネはエレナを感謝の目で見ていた。
「いや、だってさ、私だって変わりたいわけだし?ネットで揃えたやつでいつまでも女神やってられるわけじゃないんだし?」
「フィー、それなら階層を上がる努力、すべき」
「だって一階層の住民って優しいからさ、上がる気も失せるってもんだよ」
ラフィーナは明後日の方角を向いてぼそっと呟いた。
格好つけたいのだろうが、どう考えてもかっこいいとは思えない。
こんなことを言う人が、いつまでも一階層に残っているのは絶対におかしい。
普通ならば、もっと、早期段階に強制的に位を上げられているものだろう。現実は残酷だ。
「嘘にしか聞こえないんですけど、気のせいじゃないですよね」
「ほんとの事だよー」
「目線が泳いでいるので嘘って判断していいですか。いいんですよね」
ああ、この人は掴みにくい……と、エレナは思った。
下手したらこの人、システィよりも頭がおかしいのではないか、という言葉は、今は心の中にしまっておいた方がいいものだろう。
よく見ると、フィーネは何か思うところがあるのか、エレナの服の裾をぐいぐいと引っ張って、
「……あの人、フィーネの手に負えなくなってきた。仲良くなってあげて」
「……」
そっと、耳打ちしてきた。
どうやら、フィーネはラフィーナに振り回されて疲れてきているらしい。
それなら、もっと早くにラフィーナから離れておくべきだった、と思ったのだが、そこまで求めるのは酷な話だろう。
エレナは無言で頷き返し、ラフィーナのほうを向く。
「まあそれはそれと置いておいて、ね……私、もう四十年くらいいるのに上がる気配が一向に感じられないんですけどー!」
「「……」」
まさか、とは思ったが、この女神は四十年もこの一階層に身を置いているままなのか。
さすがに十年くらいここに居るままで会ったのならば擁護する余地はあったが、四十年となるとそれも、ない。
フィーネも知らなかったのか、驚いている。
どうやら、このフィーネも、ラフィーナには見切りをつけ始めているようだ。
もしかしたらフィーネはもうすぐ上の階層に上がれるのかもしれない。それならば、仲良くなって欲しい、という言葉にも納得がいく。
エレナは、悲しいものを見る目でラフィーナに言った。
「それはあなたの性格が原因なのでは?だってですよ、うちに住み込んでいる先輩女神が言ってたんですけど、ここでは真面目に仕事をする人は少数派なんですよね。じゃあ、ちょっと真面目に仕事をしたら普通に位が上がれるもんだと思いますけど、って新入りが言うのも変な話ですが」
エレナが思わずまくし立てた。
それにラフィーナは思うところがあったのか、反論してこない。
「エレナさん、フィーが真面目に仕事している所、フィーネは見た事ないんです。まあそっとしておいた方がいいんじゃないですかね」
「あなたも結構冷酷な事言いますよね……」
フィーネが珍しく普通の声の大きさで、自己主張した。
イメージとは裏腹に、フィーネもかなり残酷な事を言う。それは、長く付き合ってきたことから出る軽口の類なのか、それとも、本心なのか。
まだ出会って一時間ほどしかたっていないエレナには、分からないままだった。
「でもさーエレナって何のプロジェクトしてるの?私も手伝ってポイント稼いじゃっていい?」
「お断りします。っていうか。私は普通に若くして死んだ人を転移、もしくは転生させてあげる事が仕事なんです。何でこんな事をしているのか理由が思い出せないんですけど」
エレナは、ふとこの部屋に来た理由を思い出した。
そういえば、記憶の中に何かが足りないからここに来たんだっけか、と目的を思い出す。
「エレナの性格が分かってないから詳しく言えないんだけど、黒幕を倒すためとか、魔王を倒すためとか、そんなかっこいい、中二病みたいなことでしょ?多分」
「大体あたってるんで反論できないのが辛い!」
「でしょでしょー、ふふん」
ラフィーナが何故か得意気に鼻をならした。
確かにラフィーナの言葉にはどこか取っ掛かりがあるように思える。あと一歩、手掛かりが見つかれば――
悩み事というのは、分かりそうで分からない時が一番、もどかしい。
エレナはまさにその状況だった。
「フィーネが思ったんですけど、まさか復活の魔王、みたいなやつですかね?最近、巷で話題の」
フィーネがぼそっとこぼした。
「そう、それだぁぁぁ! ありがとう、フィーネ!」
エレナは、すべてを思い出してすっきりした顔で、フィーネに感謝の言葉を述べた。




