2-2 どうにもこうにもならない事情
ソフィアがいきなり真面目な子になった。何故だかは分からないが、いつも真面目そうなのにとエレナは思う。
とりあえず、理由を聞いてもないと分からないので、とりあえずエレナはおずおず、といった感じでソフィアに質問した。
「あの……ソフィア先輩はいつも真面目ですけど、そのあたりは大丈夫なんですか?先輩とかから、睨まれたりはしなかったんですか?」
さっきのソフィアの発言を聞いて、少し引っかかっていた部分だ。ただ、さっきのエレナへの目線を見ていると、何故か睨まれなかった理由が分からなくもないのだが。
ソフィアは、少し考えてから、何かを閃いたかのようにエレナに言った。
この状況で閃くことなど何もないと思うのだが。
「ああ、そうだ。私は確かに仕事は真面目にこなしていた。いたんだ!」
「はい?」
いた、という部分を強調してソフィアは言った。
エレナは、想定外の答えに思わずたじろいでしまう。確かに、最近はソフィアはエレナの部屋に入り浸っていて、仕事をしているという様子はあまり見せていなかったのだが――
「いやぁ……ねぇ? 私ってさ、エレナの部屋に来たわけじゃない? 住んでるわけじゃない? 仕事してないわけじゃない? だからね。先輩が私を見る目が少し生温かくなった気がするんだ」
「それ悪い事じゃないですか。というより、さぼりを推奨する職場って意味分からないですよ」
エレナは、ソフィアの発言を聞いて信じられない、といった風に返した。今さらだが。
確かに、この職場――というよりも、この女神界はかなりおかしい。まず、女神と言ったら神々しさを放って、皆の憧れの存在であるはずなのに、皆奇妙な特徴を持っている――いわば変人だ。
エレナの想像している女神なら、まず常識は持っていて当然、誰にでも暖かく接する事が出来るし、ロリコンでは絶対にない。
そういう点で違和感がいつもあったのだが。
まさかさぼりを推奨する職場――女神界っていうものは、エレナも完全に想定外だった。
「というか、さっきの真面目な雰囲気は何だったんですか。全く意味が分からないですよ。思わず後ずさってしまったではないですか」
「いや、だってだな。私はエレナを手放したくないのだぞ。位が上がってしまえば私はエレナに会いに行く事ができなくなる。ただエレナは真面目だから、このまま普段通り仕事をこなしていると、必ず昇格してしまう。それも、今までに考えられなかったくらいの短期間で」
「別に昇格してもいいんじゃないかって、今思ったところです」
ソフィアの言葉に熱がこもる。
確かに、ソフィアはこのままいくとエレナに簡単に会う事ができなくなる。ずっと一緒に居たい――ようは手放したくない存在なのだ。
エレナのほうは、さっきの件から、ソフィアの評判はかなり落ちているので、別に離れてもいいと考えているようだが。
もし位が上がって、ソフィアが上がってこれなくなってもエレナのほうから会いに行けばいいのだ。と軽く考えていた。
「でもですよ、私がくらい上がってもちょっととかはできるわけじゃないですか。それなら大丈夫じゃないんですか?画面越しになったいますけど」
「私はそれが嫌なのだ。わがままだがな」
ソフィアは、少し恥ずかしそうに言った。
確かに、この会話はあまり他人に聞かせるものではないものだろう。しかし、ここんではエレナとソフィアの二人きりだ。わがままだって恥ずかしがる事もないのだが、ソフィアの普段の思考がそうさせているのかもしれない。
「というか、画面越しってくらいが上から下へって、教育係でなかったら出来ないとか、そんな設定だったりするんですか?それなら納得いきますけど」
「いや、別にそういうわけではない。ただ、わたしはチャットが苦手なだけなのでな。まあ合っているのとは変わらないのだろうけど、私は実際に会って会話がしたい」
ソフィアは、エレナに語りかけるように話した。
正直、ソフィアがこうも実際に会う事にこだわる理由が、エレナにはうすうす感じ取れていたが。
そんなエレナの様子を気にすることなく、ソフィアは続ける。
「だって、エレナと離れてしまったら、エレナを等身大でかんさ……ではなく、成長が見られなくなってしまうではないか。私は嫌だぞ?そういうことは」
「今観察したいって言いましたよね」
「言ってない」
ソフィアはまたそうやって茶化し始めた。
こうなってしまうと、エレナにはどうする事も出来なくなってしまう。一度スイッチの入ってしまったソフィアほど厄介なものはないのではないか、と感じとってしまうほどの事をしていたのだ。
正直ロリコン、というだけどここまで忌避感を抱いてしまうのもどうかと思うが。
「というよりも、私がロリ扱いされている事が気に食わないんですけど。そのあたりはちゃんと説明してくださいよ?」
エレナは、再びソフィアに質問した。これはエレナにとって重要な問題である。確かにまだ年齢は低い方に入ると思うが、言動や行動的にはそこまでそう分類される事はないのでは……と思ってしまう。
客観的に見たらどう考えてもエレナはロリ体型なのだが。知らない男の人と一緒に歩いていると、犯罪を疑いかねないほどの。
「だってだな……お前はどう考えても背伸びしている子供にしか見えないぞ?いくら頑張って女神システムを使いこなしても胸と背丈だけは替えられん。私にはしっかり分かるのだよ」
エレナは、その言い方に少し腹が立ったので、ソフィアに詰め寄って冗談交じりの質問をした。
「……もし私が齢百とか言い出したらどうするんですか?」
どう考えても、エレナはそういった分類に属する事はないのだが、ソフィアがどういった反応をするか気になる。
ソフィアは、明るく笑って言った。
「そんなことありえないから安心しろ」
カチンときた。
エレナは、本日二度目となるキックをソフィアに喰らわせたのだった。
やはり、分かっていてもコンプレックスを指摘されるといらつくのは誰でも同じなんだな、とエレナは悟ったのだった。
* * *
ピロリロリン、と不意にパソコンが鳴った。
エレナは、急いで開くと、そこにはシスティの顔が映っていた。
「やほーいエレナ―、お仕事終わったー?暇だから話そー!」
システィは、いつものごとく軽快に話しかけてきた。
エレナにとっては心底どうでもいい話ばかりされるのだが、話していると時間を忘れるほど楽しかったりするので意外とこの時間は嫌いではなかった。
これがエレナの今迄体験できなかった『青春』なのだろうか。
少し前まではシスティの評価は地を這っていたのだが、最近は少し上がりつつある。といっても、相対的に他が下がっているだけだと思うが。
こう見えても、エレナはかなり素直ではないのだ。嫌いなものならしっかり嫌いと言えるが、好きなものまで嫌いと言ってしまう。その性格を直したいな、と思っていた時期もあったが、正直どうあがいても変われなかったので今迄も、これからもこの調子で行こうと思っていたりする。
「別にいいですよ。私も結構暇だったりしますし。多分今日はもう仕事、入らないと思っているので」
「でもエレナの仕事って結構不定期なわけじゃない? 大丈夫なの?」
システィは少し世話焼きな一面がある。こう見えてもエレナを気遣ってくれたりすることも……たまにはある。いつもは人の気持ちを考えずただただハイテンションに話しかけてくるので少し疲れる時もあるのだが。
しかし。
「さっき一応言ったと思うんですけど。人の話はしっかり聞いてもらいたいものですよ」
「いやぁ……ねぇ? 私だってエレナに逃げられたくないわけだし?」
「あなたたちって本当に女神なんですよね……」
さっきのソフィアと同じ事を言ったので、エレナはあきれた目線をシスティに送る。
女神界というものはこんなものがたくさんいるのか。エレナにとっては正直困る。大変な事態だ。
少し体が小さいだけで変な目で見られるのは勘弁してほしい。
「でもでも、私が言う逃げられたくないっていうのと、あの頭おかしい女神の言う逃げられたくないっていうのはまた違うわけだし?」
「茶化さないでくださいよ。あとソフィア先輩よりもあなたのほうが頭おかしいと思うのは気のせいでしょうか」
「いやいや、待って?」
システィは、妙に焦った様子でエレナにモニター上で詰め寄ってきた。
正直その姿をモニター越しに見ていると怖い。引いてしまう。
「まず詰め寄らないようにしましょうか。私だって怖いって思いますよ?」
「でもでも……あのロリコンと一緒にはされたくないわけだし? まあ女だからロリコンって言っていいかわからないんだけどさ。私はあいつとは違う訳。だーかーら!」
システィは、わざと言葉を切ってエレナの言葉を待つ。それは、ある言葉を期待しているようにも見えた。
正直、やめてほしい。面倒くさい。こう言う事が先輩との付き合いで嫌なところなのだ。
「そういうところであなたはソフィア先輩よりも劣っている、と」
「何でそういう解釈になるのよー!」
システィは、エレナの言葉によって涙目になりながら再びモニターへ近づいてくる。
事実を言っているまでだとエレナも思っているが、それはどうなのか。まだ双方の素性を知らない以上、現時点で評価を下すのは得策ではないはずなのだが。
「まあでも、ソフィア先輩は頼りになりますし。好き好きオーラが半端じゃないので見られていて恥ずかしいですけど」
「でも私はそういうことしないわけじゃん? そういうところもちゃんと考えてほしいって言うか……なんていうか……」
システィはもじもじしながら言葉を紡ぐ。
エレナは、そんなシスティの姿を見て、やはり自覚はしているのだと感じる。それを直そうとしているのかが謎なのだが。
「でも先輩は別ベクトルで頼れないのでなんか違います。評価を下すのは野暮ってもんだと自分でも思いますけど」
「じゃあ何でさっきは思いっきり言ったのよー? 私だって少なからずは傷ついちゃうんだからね?」
「まあ、その……何と言うか……」
システィは意外と鋭い一面があるとエレナは認識した。ただ単にエレナも変な事を口走ってしまい、言動に矛盾と隙が生まれただけの話なのだが。
「じゃあじゃあ、私はあいつよりは上だよね?」
「よくよく思い返してみると、近くにソフィア先輩が居るので言動には気を付けたほうがいいですよ? 先輩」
「それを先に言ってぇぇぇぇぇ!」
モニター越しにいるシスティの絶叫がエレナの部屋に響き渡った。それを聞いたソフィアは少しエレナのほうを見たが、すぐに目線を戻した。
どうやら、今の会話は気にしないでいる事にしておいてくれるらしい。
エレナは、それの確認が取れただけで少しほっとした。
実を言うと、エレナもかなり危ない面があったのだ。
先輩を頭おかしい呼ばわりしたり、ロリコン呼ばわりしたり……
自分が先輩で、こんな後輩が居たら絶対に嫌だな、と自分でも思う。
「いや、まあですよ。多分ソフィア先輩は目逸らしをしてくれたので大丈夫……だと思います。でもですよ。もし私が先輩をソフィア先輩と同列で語るなんて事があると思いますか? こんなときに? こんな場所で? まだ何もいいところが見つかっていないのに?」
エレナはわざとらしく煽るようにシスティへと言葉を投げる。
「いやぁ……あの先輩と一緒にされるのはちょっと困るっていうかなぁ?」
システィは、それを受け取らずに投げ捨て、ある一点だけを拾ったかのような内容でエレナに返す。
エレナは、ふとここへ来たばかりの時の会話を思い返す。
あのときはまだ、システィの言っていたように堅苦しさがあったのかもしれない。そして、まだ先輩と後輩その位置づけで過ごしていた。
しかし、今となってはそのような堅苦しさは微塵も感じられない。敬語こそ残っているものの、会話の内容は友人との会話そのものだ。
最近、もしかしたらシスティに心を委ねているのかもしれない。前まであった違和感がさっと抜けていったような感覚が、今のエレナにある。
「でもですよ? あなた初対面の時は頼れる先輩だと思っていましたけど、話を聞いているうちに頼れる感が薄れて言っている事は私の中でゆるぎない事実なんですー! 気づいてますかー?」
エレナも少しシスティをからかうつもりで軽く言ってみた。
「もー、エレナは言葉がきついよー? 私ならいいけど他の女神だと嫌われちゃうよー?」
「システィ先輩以外に言うつもりはないので安心してください」
この言葉は事実だが、エレナの中ではこう思っていた。
――システィ先輩以外に、こんな軽口叩けないっていうのが、私の本音なんですよ? 気づいてくれますか?
いつもエレナはシスティにきつい言葉を叩きつけているせいか、こんな簡単な言葉も言う事ができない。照れくさい、という感情が先行して、ついついきつい言葉が出てしまう悪循環。
それは、今後も続いていきそうで――
「別に、私は先輩が嫌いなわけじゃないんですけど。好きでもないんです。頭おかしい、そんな女神だとも思えない、私の最初の先輩女神」
エレナは、話しているうちに恥ずかしくなってきて、下を向いてぼそぼそと言った。
「え?声小さすぎだよ? もっかいいってくれないと私には理解できないわからなーい」
やはり、システィはいつもの調子だ。
だから――
「まずはその頭おかしい性格を直してから、もう一度聞きにきてくださいよー?じゃないと、私は言いませんからね? ちゃんと聞いていないのが悪いんです」
まだ自分もこの調子で居たほうがいいかな、とひそかに思うのだった。




