1-3 始まりの始まりは始まっていた
そこからは早かった。
エレナが、パソコンで地上に接続。そうして転移システムを起動し、そこに佐菜の情報を登録。そうすると佐菜の足元に転移の魔法陣が現れて――
「では、私はここでもうあなたとお別れになるというのですか。いろいろありがとうございました。なんだか、もう一度私は頑張れる気がします」
「それなら良かったです。それでは、行ってらっしゃい!」
転移の魔法陣がゆっくりと佐菜の体を包み込み、佐菜と共に消えていった。
これで確かに失敗はないはずだ。失敗はないはずなのだが――
佐菜が何故か上から落ちてきた。
「――ちょっ、まってぇぇぇぇぇ!」
とりあえず、原因解明は後回しにして、佐菜を助ける事が先決だ。これはれっきとしたエレナのミスなのだから。ただ、しっかり項目は埋めたし、何でこんな事に――と、エレナは焦りが止まらない。
「っととと、危ない危ない」
丁度お姫様だっこのような体勢でエレナは佐菜をキャッチした。一歩踏み外せば佐菜は大けがでは済まなかったかもしれない。この下は石畳になっている。実体化しているのであれ死者の世界で命を落とす――そんな馬鹿みたいな事になっていた恐れがある。
しかし、ここに居る佐菜が実体化しているか、エレナもまだ知らないのだが。
とりあえず、転移システムのやり直しをしなければならない。そう思ってエレナがもう一度パソコンに向き合う。
佐菜は、頬を膨らませてぷんすかと怒っていた。なんだか微笑ましい光景に思えるが、当の本人たちには全く笑えるような状況でない。
確かに、佐菜がこの世界でも実体化しているのであればまた死んでいたかもしれなかった事なのだ。佐菜が怒るのも当然の話であろう。
――さすがに、また転移システムが正常に作動しない、という事はないだろうが、念には念を入れないといけない。そして、後でソフィアに転移システムについて聞いておかねばならない、エレナはそう考えた。
とりあえず、こんなミスは二度としないように気をつけよう――そう決意した。
さっきの、結構格好つけたセリフも台無しにはしたくなかった。それを思い出すと、エレナはパソコンに向き合いながらも顔が真っ赤になった。
ああいうのは一回だけ、場面を考えて使うととてもかっこよく締められるのだが――そのあと失敗してしまうと、ただの変な人になり下がってしまうのは変わる事のない事実なのだ。
そうして、パソコンに必要な事を入力し、そのあと目で三回確認した後、確認のために魔法陣の詳細もチェックする。
もしかしたら、この魔法陣がおかしかったのかもしれない――エレナは、念には念を入れて確認した。
詳しく見ると、その魔法陣の中に一つだけ空白があった。
執行者名の欄が空白になっていたのだ。確かに、この魔法陣を最後に使ったのはソフィアで、エレナはまだこの魔法陣に一度足りとも触れたことがない。という事は、
――もしかして、ソフィア先輩はエレナのために名前の欄を空けておいてくれたのかもしてない。
もしこの魔法陣が、執行者がソフィアのままで使われていたとすると大問題に発展する恐れがある。だから、ソフィアはこの魔法陣の、名前のところだけ空けておいてくれていたのだろう。
そういうところがいいんだよな、と、エレナはソフィアへの好意を再確認する。
別に深い意味はなく、先輩として、だが。
まあ、それなら先に言っておいてくれた方が良かったのだが。
それならエレナはお客様の前でこんな姿をさらす事などなかったのに。ただ、ソフィアは不器用な面も持っているので、そこの表れかな、と、エレナは一人で納得しているのだった。
「それでは――今度こそできました。つっ、次は失敗しないので安心してくれていて……いい、です……」
「は、はぁ……」
気恥ずかしさと緊張のあまり、思わず語尾が下がってしまう。佐菜はどう返事すればいいのか分からなかったのか、気の抜けた返事だ。
そうさせてしまったのも、期待させてしまったのも、申し訳ない。
エレナだって凡人だ。超人的解決など望めるはずもないので、このような対応で我慢してもらうしかない。当の本人は恥ずかしさのあまり顔を覆ってしまいそうな勢いだが。
「ではっ!今度こそっ、行ってらっしゃい!」
――今度は成功しますように、そう祈って魔法陣の完成ボタンを押した。
魔法陣は、佐菜を乗せて空へ空へ高く舞い上がっていく。
しばらくたって、その姿が見えなくなった時、エレナはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
* * *
何はともあれ、仕事はこれで完了した。
失敗もあったし、これから練習していかねばならない点もたくさんあるのだが。それは、いろんな先輩方の力を借りて、覚えていけばそれでいいと思っている。
エレナは、そんな思いを胸に自室のドアを抜けていった。
「はぁーー、疲れたわー」
勢いよく椅子にすわり、エレナはため息を漏らした。
自室を見回しても、今はただ一人、エレナしかいない状態だ。
正直、こう言う時にソフィアが居てほしいところなのだが、わがままを言ってもどうにもならないし、迷惑をかけてしまいかねない。
というよりも、本当ならここまで一人で――もしくは、自分の教育係の先輩と二人でここまで持ってこなけれなならない問題だと思うのだが、頼れるものは何でも頼ってしまいたいような性格が芽生え始めているうえに、先輩に頼りきりになれる状況に身を置いていているので、エレナはだんだんと情けないような性格に変化しつつあった。
「とりあえず、またレポート書かなきゃなのかー。さっきも書いたし、まあいっか……って思いたくなるけどやらなきゃだねー。佐菜さんもちゃんと自分の生きる意味を見つけたし、私も頑張らないと」
エレナも佐菜の心変わりをする姿を見て、自分も変わっていこうとするようなそぶりを見せる。
正直、人というものはちょっとやそっとで変わらないものなのだが、自分が呼んだ人がそういう事を言うと、少しは影響されるのかもしれない――エレナ自身も気づいていないが、深層意識でそう感じ取っているのかもしれない。
本日二度目になる、レポート記入画面を開き、取り掛かっていく。
今度は書くべき事が多かったためか、かなりすらすらと書く事ができた。
そうして、一時間程経った頃、エレナは無事レポートを完成させ、再びリナに送信。
どうして教育係のシスティでなく、リナに送信しないといけないのか――それを、エレナは何の疑問も持たずに受け入れていた。
「まあ、細かい事は気にせずポチーっとね」
変な事を言いながら、嬉々としてエレナはパソコンのウィンドウを閉じた。
「で、エレナ。今度もやっていけるか?」
聞き覚えのある声が背後からした。
ここに居てもいいが、何故かエレナの事をずっと監視していたような口ぶり。何故なのか。何故、エレナを監視していたのか。
――そんな事をする人は、エレナの知っている限り、一人しかいない。
「ソフィア先輩、何で私を監視していたんですか?私、すっごい不安だったんですよ?押し殺していただけで」
エレナは、申し訳ないと思いつつも、少し責めるような口ぶりでそこに向かって言った。




