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魔王を討伐した少女は次代女神に指名されたようです  作者: 橘葵
第二章  先輩と後輩の関係は
20/24

1-2 君に届く言葉を探して


「ノ―パソどこいったー?」

 そう叫びながら、エレナは突然の呼び出しという名の仕事の通知に焦る。

 本日二度目となる廊下ダッシュを敢行し、エレナは再び女神の部屋の前にたどり着いた。



 そうして、息を整えると、少しイメージトレーニング。

 先程はソフィアと言う強力な先輩が居たのでリラックスしてできた。しかし、今度は誰もおらず、一人で仕事を行う。

 女神らしい振る舞い、どんな言葉も笑顔で返す。話を親身になって聞く――

 エレナは、相手を待たせている事を気にかけ、素早くイメージトレーニングを終えた。



 エレナはドアノブを掴み、ゆっくりと開ける。

 そこには、エレナも最初送り込まれた時と同じ部屋――真っ黒い光景が広がっていた。

 そして、先程の少年と同じ位置に一人の少女が座っていた。

 エレナは、そこに向かってゆっくりと一本の線を歩くようにしっかりと地面を踏み締める。


 そうすると、前で座っていた少女はエレナのほうを見て座ったまま少し後ずさった。

 多分、神々しい女神、エレナの姿を見て信じられないのだろう。

 その姿を見たエレナは安心感から自信を持って、胸を張り、少女の前で座る。



「――ようこそ、私の世界へ」


 エレナは先程も言った通りの言葉で少女を迎えた。


 その言葉を聞いた少女は首をかしげ、信じられないような顔でエレナを見る。確かにそうだろう。何の前触れもなく連れてこられたのだ。しかも、周りには何もない。怖くなって、警戒心を持って当たり前の状況だろう。

 しかし、少女はその顔を緩めると、すぐに、


「私に何ができるって言うのさ! 教えなさいよ、女神様!」


 少女は急に立ち上がっていきなりそんな事を言い出したので、エレナは首を傾げることしかできなかった。



* * *


「ちなみに、私の名前は柏木佐菜よ! 覚えておきな!」

「…………」


 佐菜はエレナに食い気味に突っかかってきた。

ただ、佐菜はエレナの事を女神だと知っていてその態度であるため、逆にエレナが警戒心を持たざるを得ない状況になっている。


「えっと……とりあえず私の名前はエレナです。お気づきでしょうが、一応女神やってます」

「それなら話が早い! 多分あなたは私を異世界に送り込みたいんでしょ? じゃあさっさと送りこんで私に早く第二の人生を歩まさせてよ! でも辛いのは嫌だから何かしらスキルは頂戴ね」


「えっと――……」


 佐菜の気迫があまりにも凄すぎて、エレナは思わず返答に詰まってしまう。

 こんなときに誰かほかの人が居てくれたら――そう弱気な事を考えてしまうが、今回は誰かにヘルプを求めても意味がない。自分ひとりでやってのけなければならない仕事なのだ。


 そう自分を奮い立たせてエレナはもう一度佐菜をまっすぐと見つめ、言葉を発す。


「そう思っておいてもらえると話が早いです。 しかし、私はそんな簡単にスキルは渡せませんよ。まずはあなたの人生観を聞いてから、です」


 そうはっきりと佐菜に告げると、佐菜の顔が急に真っ赤に染まる。

 佐菜の顔はどこか怒っているようで、少し怖かった。


「何でサクッと渡してくれないのよー! あなたはテンプレにのっとってさっさと送り出してくれればいいだけの話なの! 自分の役目、分かってるんでしょ?」


 佐菜はエレナに近づき、大声でそう告げる。

 ああ、これは厄介な奴だ……とエレナは感じ取り、即座に救援を求めたくなる。

 エレナは大抵他力本願でこう言う厄介な事は乗り越えてきた身であるのだ。



「あなたに、充実した第二の人生を送ってほしくて、私はこう言う手段をとらせてもらっているのです」


「別に私はそんなのいいから。正直人生に期待なんてしてない。第二の人生であっても」


 佐菜は、少し拗ねたように口をとがらせて言った。

 そんな佐菜の姿を見て、エレナはなんだかこの少女をきれいに次の世界へ導きたいという意地が生まれた。


「だからと言って、自分に合っていない事をされても嫌でしょう。私はまだ佐菜さんの事を知らないので、まずは何か語りあわないと何もできないのですよ」


「そういうのがめんどくさいんだってさっきから言ってるんだけど……」


 ただ、いくら佐菜が抵抗しようとも、エレナはプロジェクトの都合上、折れる事ができない。

というよりも、この会話だけで自分の人生の大事なところが決まってくるという自覚があるのだろうか。

 エレナにはそう見えなかった。


「ただ、せっかく自分の生きたい生き方をやり直せるチャンスなのに、それを不意にして異世界へ行くのは少し女神として見過ごすわけにはいかないんですよ……」


「…………」


 エレナは、佐菜の目をしっかりと見つめて言った。出来るだけ、佐菜に届くように。

 その言葉は佐菜にどこか響くものがあったらしく、佐菜は涙を浮かべながら叫んだ。



「私に、自分の生きたい生き方で生きる資格なんて、ないんだから!」


「――――」



 それは、覚悟を決めた者にしかできないような叫びだった。周りにある石壁に叫びが反響して、消えていく。

 エレナは思わず佐菜の気迫に押されてしまう。

しかし、それでも理由を問うのがこの仕事、ということだとエレナは考え、一息おいて言った。


「では、そうなった理由を教えてもらってもいいでしょうか……? ちょっと厳しい話だと思うのですが」


 佐菜は、何かを隠しているような笑顔を作って、


「少し長くなるけど、いいんですか?」


 その笑顔には少し苦々しさが混じっていた。

エレナはその笑顔に少し恐怖を覚えたが、そこのあたりを割り切って考えるのも仕事の一つであろう。その気持ちを押し殺して佐菜の話に臨もう――そう決意した。



「人を裏切った……私は、ずっと人を裏切り続けて生きてきたんだ。受験に失敗したときも――それこそ、病気で死んでしまうまで」


 佐菜は、ぽつりぽつりと自分の思い出を語り始めた。

それは、自分の過去に相対する恐怖からなのか――それとも、自らの過去への強い後悔の気持ちから来たものなのか――


 それを黙って相槌を打ちながら聞いていたエレナは、尚更この佐菜という少女に自分の望む生き方をしてほしいと願う。ただ、それは自分で決意しなければ、本質的には自分の生きたい生き方ではない――エレナも、はっきりと自分の考えを持ってここに望んでいるのだ。


 佐菜は、始めはゆっくりと、過去と相対するように話していたが、次第に自分の中で何かが芽生え始めてきたかのように話し方に熱量が込められていく。


「私は、あの時までは自分が人を裏切って生きてるなんて考えていなかった。せっかくもらった時間も不意にして。環境も、お金も、すべて無為にして。自分のことを優秀だなんて思い上がっていて。それに気づいたときは、もうどうしようもないほど遅かったんだよ――!」


「――――」


 佐菜の魂からの叫びには、エレナにもどこか刺さるものがあった。

自分も過去――地球にいたときは何もしていなかった。否――何もしてこなかった。

 この佐菜という少女と同じように、エレナも時間を無為に過ごし、佐那の言い方を借りると――人を裏切って生きてきた。

 しかし、ここまでそれといった苦労をしてこなかったエレナには、佐菜のように自分に本格的に向き合ったことなど、一度もなかったのだ。


 だから、ここからは自分は口を出してはいけない。ここでは、この佐菜という少女の方が人生の先輩にあたるといっても過言ではないのだから。



「それなのに、みんな病気で苦しんでた私を看病してくれて。なんでこんな私なんかにみんなかまってくれるんだろうって思いながら。感謝の言葉を伝えるにはもう遅すぎて。何もできなくなっていって。それで、やっと終わったって思った人生が、もう一度始まろうとしていて――」



 佐菜も、佐菜なりの答えを出せそうになっているのではないかとエレナは感じる。――他でもない、自分の手で。

 だから、エレナは佐菜にただこう言った。


「――もう後悔しない生き方を望みますか」


「――――」


 静寂が場を支配する。

 そこには張り詰めた空気が漂っているだけだった。

先ほどまで感じていた焦り、威圧など、そういった空気は全くと言っていいほど感じられない。


 

 ――その空気を破ったのは、やはり佐菜だった。



「後悔を糧にして、これから生きていきます」


「はい」


 叫び、そして相対した自分の過去。

そこから導き出された答えには、エレナはもう反論してはいけない。

 ここからの主導権は、もうすべて佐菜という未完成の少女に譲られた。


「では、それを踏まえて、私から――女神からの祝福は」


 わざとエレナは途中で文を切り、佐菜がどういった行動に出るかを試してみた。

 もう大丈夫。この少女は自分が後悔する生き方を自分から選びになど行かない。確信を持てたから。


 佐菜が口を開く。


「私が決めても、いいのですか」


 それは、エレナが予想していたこととそっくりそのままの返答で――


「はい」


 うれしさを込めて、エレナは佐菜にこう言った。


 さあ、ここからはこの仕事も終盤戦。エレナが口出しする場面などないだろう。

 ――それは、もう、異世界へ導くためのレールを敷く、ただそれだけでいい。


「では、最初にあなたの言っていたように、自分で能力を決めるんですね?」


「はい」


「それでは――

『嘘を見破る能力』でお願いします」


 なんとも地味な能力だな、とエレナは思った。

 さっきの決意から、本当はもっと大きな、世界に干渉するような能力を求めるのだと思い込んでいた。

 しかし、佐菜の瞳には迷いの色など一切見受けられず、ただこの何か吹っ切れたかのような、そんなすがすがしい目をしているのだった。


 ならば、いくら地味でも叶えてやらねばならない――それが、エレナの、女神としての宿命だ。








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