外伝 『私が女神になった日』 3
ずっと下を向いていた重い頭を上げると、そこは漆黒の部屋だった。
しかし、壁が発光しているからか、中では一応物は見えるくらいの明るさであった。
一体、私が何をしたのだろうか。
システィは思わず目を擦った。
「ようこそ『私の世界』へ。さぞかし混乱していることでしょう。もう少しで到着しますので、今しばらくお待ちくださいね」
再び頭に声が響いた。
やはりさっきと変わらず、システィにとって忘れることのできない少女――女神様の声だ。
とりあえずは話を聞いているだけで事は進みそうだ。今から何が起こるのか、てんで見当もつかないが。
しばらくすると、ヒールで地面を踏む音が近づいてきた。いったい誰がやってくるのか。
そうしてシスティが後ろを振り返ると、そこにいたのは――
「初めまして――と言いたいところですが、どうやらそんなわけではなさそうですね、システィさん」
あのときの女神様は、システィの目を見てにこっと笑った。
私を救ってくれて、戦争を終わらせてくれた――ずっと憧れていた女神様だった。
システィは、まるでそこの時間が止まっているかのように一点を見つめ、硬直している。
――魔王を倒したから自分は呼ばれたのか。でも自分は人に誇れるような戦いなど一度たりともした事がない。じゃあ何故、何故、ここにいるのか。憧れの女神様との対面が許されたのか。
そんな事を考えると、システィの目線は思わず下に行ってしまった。
とにかく、目を合わせてはならない、システィは自分でそう決めつけてしまった。
「何故目を逸らすんですか。別に目を合わせてもいいんですよ?」
なんだか考えを読まれていたような気がして、システィははっと頭を上げた。
そうして、じっくりと女神様の容姿を観察した。
あのときと変わらない、美しい銀髪だった。そうして、煌びやかと言うほどではないが、見る者のすべてを惹きつけるような上品な薄青のワンピース――システィは、思わず引き込まれてしまった。
「ようやく暗かった顔が明るくなりましたか。私の名前は――そうですね、シュリ、とでも名乗っておきましょうか。会話がややこしくなってしまうもので」
女神様――シュリのその一言を聞いて、システィの顔から思わず笑みがこぼれてしまう。
女神様の前に立っているんだ。だから、もっと落ち着いていないと――理性ではそう自分に言い聞かせていたが、どうやらそういうわけにはいかなかった。
「あの、女神様――シュリ様、私はこれからどうしたらいいんですか?」
女神様に話しかける時――というシチュエーションはなかなか想像し辛いものだろう。
まず、一生で一度でも会えた事が奇跡なのだ。
「――そうですね、あなたには私を継いでもらいたいのですよ」
「どういう事ですか?」
言葉の意味が分からず、システィは視う一度聞き返す。
それが失礼なことだと分かっていても、そうせざるを得ないような――耳を疑うような言葉だったからだ。
「あなたは、次代女神に天から指名されました」
「えっと……意味が分からないんですけど?」
シュリは、シュリ自身も困惑しているようで、言葉に確信が持てておらず、少し不安げに余話よわ市区話す。
それは、それを聞いたシスティも同じだった。
「上からのお達しで行くと、私はもうすぐ地上に降りる事になっています。だから、手早く概要を説明しないといけない――そう言われているんですけど、自分でも何も分からないんです。ごめんなさい」
このままだと、システィはあこがれの女神様、シュリの跡継ぎという事になる。
何故女神が魔王を倒した人に引き継がれるのか――システィは勇気を振り絞って質問した。
「あの……! 私が何で女神様になるんですか? シュリ様は、何で女神の仕事を――引退するんですか?」
シュリはそんな必死に食いついてくるシスティの姿に困惑する。
シュリ自身も分かっていないのだ。何で自分が女神を引退し、再び地上で生活を始めるのか。
そして、何故女神の引き継ぎというものが行われるのか――。
「残念ながら、私にもわかりません。……おっと、後三分で終わりですか。質問は後回しで、先に概要を説明させてください」
「……貴重な時間を潰してしまい、すみません」
「別に大丈夫ですよ。多分他の人ならもっと混乱されていたでしょうし」
システィは、時間が迫っているのに質問をしてしまった自分に罪悪感を覚えた。
「じゃあ、手短に説明します。
まずは、あなたはこれから世界の監視をしてもらわないといけません。と言っても、普通に自分の目で視る事ができるので心配いらないです。
そして、次に世界の平和を守るために何かしらのプロジェクトをしてもらいます。
私は、地上に降りて誰かを――世界を助ける事をしたんですけど、計画を固めすぎてかえって自由度が狭まってしまったので、緩くでいいです。」
そこまでで一旦シュリは言葉を区切った。
多分、システィの理解が追いつかないと判断したのだろう。
世界を守る――自分はそれが出来るのだろうか。自分の周りの人さえも守れなかった、自分に。
システィは少し不安の気持ちを抱く。
シュリはそんな様子のシスティを心配そうにに見つめたが、如何せん、時間がないので一旦間を置いて、再び話し始めた。
「後は――そうですね。あなたのは先輩の女神様がいろいろ教えてくれるでしょう。
本当は私が全部説明してしまいたいんですけど……時間がないので、後はその先輩になった女神に聞いてください。多分そのうち頭に声が響いてくると思います。ちなみに、あなたも念話、出来るのでご安心を」
と言い終わったとき、シュリの体は半分消えかかっていた。
「シュリ様――! もう行っちゃうんですか?」
シュリの体は薄くなる。どんどん薄くなる。
システィが引き留めようとシュリの腕を掴んだが、どういう事がすり抜けて、バランスを崩したシスティは手前に転びそうになる。
「ごめんね。本当はもっと話したかったんだけど」
そう言ってシュリの声は、体は消えていった。
システィは寂しげにぽつり。
「――憧れの女神様に、再び会える日なんて来るのかな」
そう、呟いた声は、誰にも聞こえることなく消えていった。
* * *
しばらくシスティはその場でうずくまっていると、突然脳内に声が響いた。
「あなたに話したい事が。私、もう少しでそっちいく、です」
かわいらしい少女の声だった。
あれが、シュリ様の言っていた先輩女神なのか。
到着する前に、とりあえず自身の決意を固めておこう。
これ以上人を、世界を傷つけないために。
まずは、人と話す時はできるだけ明るく接する。
暗さを見せた時、自分の心は沈んで行ってしまうと思うから。
次に、ルールを外れない程度に緩さを持っていく。
これまでは緊張しすぎて失敗していた事が幾度となくあった。だから、これからは柔軟で、何事にも対応できるような柔軟性――緩さを持つ。
最後に――鬱陶しいと思われてもいいから楽しませようとする。思わず本音を引き出せるような、そんなコミュニケーション能力を付ける。
だから、私が思う楽しさを発揮できるようにしていきたい。
憧れられるような女神様になるために。もし私が後百年、二百年と女神として生きていく事になっても、これは絶対に守っていく。
出来るだけ、真意を悟られないように――自分を、欺いて、いっそのことそれと一体化してしまえばいい。自分が楽になれるのならば。
「……入っていい、です?」
「どうぞ―」
あえて軽薄に。常識がなっていないと思われてもいい。皆に、迷惑をかけつつも堅苦しい日常でなくなるのならばそれでいい。
システィは歯を出してにかっと笑った。
「んじゃ、これから宜しくお願いします、先輩!」
さあ、ここから頑張っていこう。
皆が笑える世界にするために。
〈了〉
こんな素晴らしい決意をしたのに今となってはあの残念っぷり……ですね。
これで外伝完結です‼




