外伝 『私が女神になった日』 1
天然非常識女神システィさんの過去話です。
えらくシリアスな話なので、苦手な方は読み飛ばし推奨です。
ただ、システィさんの見方が変わる話になります。
いつか女神になりたい――そう思っていた。
世界を救った女神様に、小さいころからずっと憧れていた。
システィも、百年前は普通の人間であった。
とある小国のその中の小さなさびれた町――そこで、ひっそりと暮らしていた。
「ねぇお父さん、私、旅に出たいなって思ってるんだ」
今の暮らしには満足している。しかし、システィは刺激が足りないと感じていた。
後はもう一つ、本当の理由がある。
「何でだ? 理由を聞いてからでないと何とも言えん」
「私は、立派な大人になりたいの。このまま世間知らずでいるのはちょっと嫌かな、なんて最近考えてたから」
建前はそうだ。しかし、本音を言うと、五年前に起こった大戦――それをたった一人で鎮め、去って行った一人の少女に――女神に会いたいと切望していたからだ。
女神に会いたいと願う人は多く、あこがれの目を向ける人は少なくない。システィもその一人だった。
しかし、会おうと思って簡単に会えるような人ではない。だから――とは言わないかもしれないが、この小さな世界を飛び出して、広い世界で探す旅に出たいと思っていた。
「ただ、今の生活を放り出しても大丈夫なのか?良く考えて決めろよ。あと一週間考えて、それでも冒険したいと願うなら――俺は止める事ができない」
「ありがとう、お父さん。私、しっかり考えるから」
そう言ってシスティは部屋に戻った。
父は穏やかだが、それでいて判断や決断には厳しい。
だから、システィは猛反対を覚悟で相談してみたのだが、案外あっさりと通してくれたので少し拍子抜けだ。
それから一週間たった。
しかし、システィの考えは変わらない。
「やっぱり、あのとき言ってた事、実行したいなって考えてるんだ」
「ああ。システィも立派な大人に近づいているからな。俺は何とも言えん。自分の考えを持てること――それが大事だと、俺は考えているからな」
「ありがとう、お父さん。私、頑張るから」
システィには母が居ない。――正確には、大戦で亡くなった。システィを守るために。
あのとき、あの女神様が来なかったらシスティも一緒に死んでいたかもしれない。
もっとこうやって動いていれば、もっとこうしていれば――まだ幼かったシスティは、ずっとそうやって考え、後悔していた。
何で自分は生き残ってしまったのか――それを考え出したらきりがないと分かっていても、考えずにはいられなかった。
「じゃあ、いつ出発するのか? しっかり計画を立てておくのは大事だぞ」
「出来れば明後日――友達と一緒に旅に出ようとと思うの」
「その友達も、親の了承は取っているのか」
「分からない」
と言って、システィは首をゆるゆると振る。
いつになく父は穏やかで、何かを隠しているのではないか――そう勘ぐってしまう。
しかし、それまで考えてしまうと何も出来ずに大人になってしまう。それは絶対に嫌だ。
「寂しくなるな……ついに、俺も一人になる時が来たのか」
「そんなことはないよ。たまに手紙も送るから、楽しみにしててよ」
父は寂しげに壁の一点を見つめる。
父は、何か寂しくなる時。どこか一点をボーっと見つめる癖があった。
「じゃあ、私は準備するから」
と言って、システィはくるりと身を翻し、自分の部屋がある二階に戻った。
「もう、誰も死なせたくない。だから――」
そう呟いた言葉は誰にも聞こえず、泡のように消えた。
旅に出るためにシスティは、近所のつてなどを使って近況を調べていた。
そこで知ったのは、驚くべき事実の数々だった。
まず、女神によって鎮められた大戦だが、実は鎮めた際に生態系に変化が起き、魔物が人間を蹂躙している事。
そして、この街がいまだ魔物に侵入されていない最後の街である事。
その事実を知っている者は、町の中でもごく少数であり、父はまだ何も知らないこと。
人間は、それから人類を守るために剣を持って戦ったり、魔術を生み出している事――
システィが知った時はほかの友達と一緒に驚いたものだ。
だからかどうか、システィも分からないままだったが、とりあえず旅に出て何かを、自分に出来る何かをしないと――そう思った。
「私には剣も魔法も何もない、非力だから。だからこそ、人一倍努力して、世界を救えたらいいんだけどな――」
これは誰にも言えない、ひそかな願望だ。
もし世界を救えば、女神様の目に留まるかも知れない。そうしたらあの女神様に会える――そう、信じているからこそ出る願望だ。
旅に出るための必要最低限のものをリュックに詰めていく。
替えの洋服や、薬、お金、そして簡易食料――。父も協力してくれた。
そうして、友人と話してルートを決めたり、魔物に対する対策を立てたりしているうちに、出発する日になった。
街の人々に見送られながら、システィ達は町を立ったのだった。
それから約三年経った頃だった。
システィ達はずいぶんと戦闘に慣れてきて、拠点としている街では一番強いコンビになっていた。
もしかしたら魔族を倒し、人類を救えるかもしれない――そう噂されるほど強くなっていた。
「レーナ、もしかしたらだけどさ、魔王を倒したら世界って救えるのかな。魔物なんて、いなくなっちゃうのかな」
システィは、これまでの戦闘の中でどことなく目星をつけていた事を親友かつ、パートナーであるレーナに相談した。
レーナは、少し思案して、
「魔族の王と言われているのなら、そうだと思うよ。一回行ってみる? もしかしたら何か分かるかも知れないよ」
これを街の人々に言ったら、心配はされたものの喜んで送り出してくれた。
皆、システィ達を信頼していた。
システィはレーナと二人で魔王を倒せる――そんな自信があった。
そんな勝手な自信が、後で悲劇を巻き起こすとも知らずに。
整備されていた道――それも過去の話になるが。
そこを通り、システィ達は魔王の元を目指す。
休憩を挟みながら三日ほど歩き続けた頃だろうか。
システィ達は魔物の動きがおかしいと感じ始めた。
皆、システィ達を見るとある一定の方向に向かって逃げ出すのだ。
「もしかしたらさ、あの魔物たちが逃げていくところが魔王の住処じゃない?」
レーナが突然そんな事を言い出した。
確かにこの魔物たちの奇妙な行動だ。裏に何かあってもおかしくはないだろう。
「じゃあ、確かめに行ってみる? もし襲われたら二人で逃げよう」
二人は、魔王というものをかなり甘く見ているようだった。
だからか、こうも慎重にならずに行動できるのだろう。
そうして、ゆっくりと、気配を殺しながら二人は魔物の足跡をたどる。
しばらく経った頃だろうか。急にふと魔物の気配が消えたように二人は感じた。
「ちょっと気配が消えたし、ここで一回休憩する?」
と、声を殺してレーナは提案した。
少し気を張っていて疲れたと感じていたシスティも、その提案に乗り、その場で座り込んだ。
その時、
「レーナ危ない!」
後ろから槍のようなものが飛んできた事に気付き、システィはレーナに叫んだ。
しかし、油断しきっていたレーナが伏せるよりも早く、槍はレーナの体へと到達する。
先のとがった一本の棒が、少女のまだ発達途中の体へと突き刺さる。
「ちょっと……システィ……助けて……!」
レーナは苦しそうに声を上げる。しかし、システィは必要最低限の治療薬しか持っていない。
という事は――
「ごめん……私、何も、出来ないよ……」
思わず目から涙が零れおちた。
見捨てたくはないが、システィには本当に何も出来ない。
こんな時に、何も出来ない非力さを痛感させられるのか。――また、守れないのか。
「ん――……」
レーナの声が途絶えた。
もう、手遅れだという事を、この時システィは実感した。
いったい、どれだけ泣けば済むのだろうか。
もう、この世界の自分に生きる資格なんてあるのだろうか。
「もう……道は一つしかないじゃない……」
光をなくした目が、表情をなくした顔が、強張ってうまく動かない口が発した言葉は、そんな暗い考えだった。
この外伝、後ちょっと続きますけど、次の話の最後は普通に本編のノリに戻ると思います。安心してください。




