第8話
教会はすぐに見つかった、というよりは常に見えていた。
周りに教会よりも高い建物が無いのだから当然の事ではある。
教会は魔法の起源を神聖視している為、獣人であるモミジが見つかると都合が悪い。
アッシュはモミジに外で待っているように告げた後教会の敷地に入った。
教会の扉を開き中の様子を確認する。
質素な机と椅子があるだけで飾り気の無い内装が見てとれる。
正面の壁には真っ白な眼球の女神の絵が描かれていた。
人類に魔法を与えた神だとされており、アッシュが子供の頃に聞いた童話「世界樹の涙」に出てくる女性もこの女神がモチーフだ。
とはいえ信仰する者は極少数だったりする。
大多数の人間は、魔法を経済的に利用する便利な力として開発しているのだから神聖視されるはずもない。
よって教会に寄付されるお金は少なく、教会は廃れていく一方だった。
「すみません、人を探しているのですが」
アッシュが声をあげると高齢のシスターが近寄ってくる。
「私はここを管理している者です。誰をお探しですか?」
「半魚人を退治したという人に会いたいのです、ここにいると聞いたもので」
「ああ、テーキスの事ですね・・・、今は池の手入れをしているはずです、残念ながらここにはいませんね・・・」
「では申し訳無いのですが池までの道と・・・、あとテーキスさんに何か変わった様子はありませんでしたか?」
「・・・教会の脇の道を真っ直ぐ。テーキスは・・・最近物思いにふけていることが多いですね。ああ、池の水質を熱心に調べていました・・・、言える事はこれくらいです」
「そうですか、ありがとうございました」
アッシュは教会の机に銅貨を三枚ほど置くとシスターに一礼して出ていく。
「・・・あなたに祝福があらんことを」
外で待っていたモミジと合流し二人は池へと向かう。
道中背の低い草花が多く、日差しを遮る物も無いため気持ちよく体を暖めてくれた。
そしてそんな日差しを受けてキラキラと輝く池にたどり着く。
水は限りなく透明で、綺麗な水草と色鮮やかな魚が優雅に泳ぎ、まるで一枚の絵画の様だ。
「やぁ、あなたがテーキスさんかい?」
アッシュは池の周りの雑草を抜いていた男に声をかけた。
腕には包帯を巻いている、間違いないだろう。
男は少し面倒くさそうにアッシュを一瞥する。
「ああ、そうですが?あなたは?巡礼者では無さそうですが」
「失礼、教会の人は礼を重んじるものでしたね、歳が近そうなのでつい。私はアッシュ、考古学者です。半魚人の話を聞きにきました」
「・・・はぁ、いや、いいさ。気軽に話してくれ。俺も少々教会の教えに疑問を持ち始めたところだからな。・・・で、なんだ?半魚人の事だったか?」
「テーキスさんが退治した、と聞いてきたんだけど、その時の状況を教えてほしい」
「・・・あれは、他の巡礼者と一緒にここに来た時だった、もう日が落ちてきた時だったな。池の中に女がいたんだ。ここは聖地だから注意しようと近づいたら下半身が魚だったんだ、鱗がキラキラと綺麗に光っていた」
テーキスの言い回しにアッシュはひっかかるところを感じた。
教会の教えでは獣人は悪のはずだがテーキスに敵意を感じない。
「その半魚人が襲ってきたのか?」
「いや、こっち見てただけだが、教会は人類に魔法を与えた女神を祀ってるのは知ってるだろ?教徒にとってはセリアンスロープは悪だからな、俺らは半ばパニックさ」
「・・・それで、全員で攻撃を?」
「いや、他の奴らは恐怖のあまり逃げ出した。俺だけが残り、魔法で炎を出したよ。唯一使える攻撃魔法さ。そしたら炎の明かりでそいつの顔が・・・、あ、いや、初めて生き物に攻撃魔法撃ったもんだから制御をミスってな、自分の腕も焼いちまってこの様ってわけだ」
「・・・その半魚人はどうなったんだ?」
「ん、・・・村の人からはどう聞いてる?」
「殺したけど死体は見つかってない、と」
「じゃあその通りさ、これ以上は聞かれても何もないよ」
それはおかしい、こんな透き通った池のどこに死体が隠れるというのだろうか。
テーキスが何かを隠しているであろうことは明白だった。
しかしここでテーキスを問いつめても意味は無いだろう。
「そうか、分かったよ。貴重な話をありがとう。・・・考古学者としてはとても興味深い話だった。私も独自にここの池を調査したいのだけど、かまわないかい?」
「・・・ああ、良いだろう。見ての通りただの綺麗なだけの池だけどな」
「いやいや、この周辺には池が他にも存在すると聞いたし、全て見て回りたい。それぞれの水質や生物の調査をね」
それを聞いたテーキスは明らかに挙動不審となる。
「ま、まってくれ!それは許可できない!」
「何故?」
「神聖な池だと言っただろ!教徒でも無い者に勝手なことをされるのは納得いかない!」
「それはこの池でしょう?さっき調査しても良いと言ったのはこの池のはずだが?他はただの池だろ?かまわないはずだ」
「・・・あ、ああ。・・・良いだろう。しかしもう遅い。日を改めた方が良いぞ」
確かに日は沈もうとしているところだった。
「それもそうだな。明日の朝また来るよ」
そう言い残しアッシュは池を離れる。
来た道を戻るがアッシュは村に戻る気など無かった。
「モミジ、テーキスの匂い覚えたか?」
「ル!・・・ロ?」
「おそらく今晩動くはずだ、テーキスが移動したらこっそり後を追うぞ」