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太古の爪  作者: 枝節 白草
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第4話

クラムと別れた後、アッシュはモミジに教えないといけない事があった。

「いいか、今から買い出しに行く。必要な物を揃える必要があるからな。モミジの服や食料だ。そこで、だ。・・・これ!分かるか?」

アッシュは自分の財布から銅貨を取り出すとモミジに見せる。

「・・・・・・?」

モミジは首を傾げる、当然だろう。貨幣など知る由もない。

「お金という物だ。服や食料をもらう代わりにこれを相手にあげる必要がある。人間という生き物はこのお金を集める習性があるんだ」

「・・・ロゥ?」

「お金をあげずに物をもらうと争いになる」

「ルー、クァロ!」

「いやいやいや、その争いに勝てば良いという訳ではない。争いを起こしちゃいけないんだ」

「・・・ロォー?」

理解してくれないモミジにアッシュは頭を抱える。

「あー!もう!めんどくせぇな。そういうルールなんだよ。人間の群れの決まり事だ」

そう言うとモミジは驚く程あっさりと理解した。

「ルール、クァロゥ」

「ん?おお、そうか。モミジも群れで暮らす種族だったな。うんうん、その通りだ。群れで生活するうえで決まり事は絶対だからな」

「ルール、カネ!」

「そうだ、お金だ。覚えたな?人間は争いを避ける為にお金を使う、偉い人程たくさん持っている。お金の重要性が分かったな?」

「・・・カネ」

「ああ、モミジは持ってなくても良いんだよ。俺が払うから、一緒に買い物行こう、モミジの気に入る服とか、モミジが食べれる物を教えてくれ」


とりあえずは家にある物でモミジの服を考える。

今のままでは人間では無い事がバレバレだからだ。正に服を買いに行く服が無い。

モミジに着せたシャツの上から大きな布をかける、ストールと呼ぶにはあまりにも大きい。

そこまでしないとモミジの腕は隠すことができなかった。

布を首からかけておけば首の鱗も隠れる、顔も人間と大差が無い事も幸いだ。

しかし足はどうしようもなかった。

モミジの足は人間よりも一回り太く、鱗で覆われている上に鍵爪まである。

「・・・堂々としてれば風変わりなブーツに見えなくもない、かな。爪は装飾だと言って押し切るしか無いだろう。牙はそこまで目立たない大きさだし、腕は布から出さないようにしておいてくれれば・・・なんとかなるか」

「ルゥー、ゥー」

「窮屈なのは分かってる、すまんが我慢してくれ。・・・先に服見に行くか」



石畳の道を女の子と歩く、普通なら嬉しい事なのかもしれない。

しかしアッシュにはそんな余裕などは無かった。

モミジの足の爪が石畳を叩きカツカツと音が鳴る。

道中街中にいる鳥を見てはソワソワと体を揺する。

余所の家の番犬に吠えられては威嚇仕返して犬をびびらせる。


「なぁ、モミジ。もうちょっと大人しく、人間らしく振る舞ってくれないか?」

「・・・ルゥー」

モミジはいじけたような顔でアッシュを見る。

「ああ、すまんな。モミジの知ってる人間は俺とクラムくらいか、人間らしくって言われても分からないよな。とりあえず今は周りを無視して俺に付いて来てくれ」

文句はありそうだったがモミジは素直に付いてきた。


そして服屋まで無事に着いた事にアッシュは安堵する。

「よし、モミジ。大人しく付いて来れたな。偉いぞ」

アッシュはモミジの頭を撫でた後でハッとした。

子供扱いし過ぎたかとモミジの顔を覗き込む。

「ロロゥー」

モミジの頬は仄かに赤味を帯び、口元が緩んで笑顔になっていた。

「・・・頭撫でられるの好きなのか?」

顔を覗き込まれた事に気付いたモミジは照れ隠しにアッシュを平手で何度も叩く、これが普通の女の子なら可愛い仕草なのだがモミジの豪腕では話が違ってくる。

「痛い!ガチで痛い!あと手!出てるから隠してくれ!」

モミジにとっては軽い張り手でもアッシュには大打撃だ。叩かれる度に足下がふらつく。

モミジを宥めて手を隠させるとアッシュは周りを見渡す、見られてはいないようだった。

「頼む、もうちょっと慎重に、な?」

「ル!」


店内に入ると客がいない事に気付いた、それどころか店員もいない。

「あれ?今やってないのかな、しかし鍵は開いていたし・・・」

すると奥の方から若い女性が顔を出した、おそらく店員だろう。

「いらっしゃいませー、大丈夫、やってますー。魔石の騒動の中服見に来る人もいなくて。どんな服をお求めですか?」

「この子の服を見にきたんだ。大きくてダボッとした感じのが良いな」

店員はアッシュの隣にいたモミジを見てもう一度アッシュを見る。

「小柄で可愛らしいし、似合いそうな可愛い服も揃えてありますよ。安くしておきます」

「いや、良いんだ。実はこの子は肌が弱くてな、なるべく肌を出したくないんだよ」

もちろん嘘だ、おそらくモミジの肌は人間よりも遙かに強いだろう。

「あ、失礼しました。差し出がましかったですね」

店員は吊してある服をいくつか物色し始める。モミジもそれを真剣に見つめていた。

「うーん、フード付きの物が良いですね。・・・あ、このローブとかどうですか?」

そう言って店員の持ってきた服はベージュ色のローブで、控えめにレースのついた可愛い物だった。袖も裾もゆったりと広く十分な大きさがある。

「モミジ、あれどうだろう?・・・って聞くまでも無さそうだな」

モミジは店員の持ってきた服に見取れている様子だった。アッシュに目で訴える。

無理も無いだろう、セリアンスロープが栄えたのは二千年以上も前、綺麗な服なんて無かったはずだ、モミジが店内で大人しかったのも店内にたくさん並んだ綺麗な服に見取れていたからに他ならない。

「それにします」

「はーい、・・・あらぁ。だいぶ大きいかも」

店員がモミジの前にやってきて服を合わせてみると裾がかなり余ってしまう。

その代わり袖はモミジの腕を隠すには丁度良い長さだった。

「裾だけ合わせてもらえませんか?袖はその長さで良いので」

「・・・裾、だけ?変わった注文を・・・あら、靴も変わってますね。なるほど、そういう趣向ですか。わっかりました。任せてください。他に客もいないしすぐやりますよ」

鱗と鍵爪が付いたモミジの足を靴と判断してもらえた事にアッシュは安堵する。いや、足と判断する方が難しいのかもしれない。

「それなら店内見てますので出来たら教えてください」

「はーい」

そう言って店員はまた奥へ。


「良かったなモミジ、もうちょっと悩む物かと思っていたがすぐ決まって良かった」

「ルゥー?」

「ああ、人間の女性はこういうの時間かかるんだ。で、だいたい男は待たされる」

「クァーロ」

「はははは、じゃあモミジ、こっち来てくれ」


そう言うとアッシュはモミジをアクセサリーのコーナーへと連れていく。

煌びやかな指輪、腕輪、ネックレス、髪飾り等がショーケースに並び、細かい装飾や宝石がキラキラと光を反射している。

「クァ・・・?、ァァァゥ」

モミジは初めて見るであろう綺麗なアクセサリーの数々に目を丸くしていた。

狙い通りの反応にアッシュは思わず笑ってしまう。

「はは、その中から一つだけおまえに買ってやるよ」

一つ手に入ると知ったモミジはアッシュの顔とアクセサリーを交互に見てあたふたしている。

アッシュはその光景をいじわるな顔で見ていた。

「どうした?判断が遅いぞ?」

「クァ!・・・ルゥーゥーゥー」

「すまんすまん、いいぞ、ゆっくり選べよ」


しばらくすると店員が服を持って戻ってきた。

「お待たせしましたぁ。あら、アクセサリーもお求めですか?」

「店員戻ってきたな、モミジ、決めたか?」

「ル!」

「首飾り?あの青い石付いたやつか」

モミジが選んだのは、ラピスラズリを丸く加工した物を金細工で固定した革紐のペンダントだった、金細工と言っても純金というわけでは無いので値段はそこまで高い物では無い。

「店員さん、あのペンダントもください」

「はーい、ありがとうございます。服はどうします?着てみますか?」

「んー、モミジ、どうせならここで着替えていくか?今の格好は動きづらいだろう」

モミジはアッシュを見て小さく頷く。

人前ではできる限り声を発しないのはモミジなりの配慮なのだろう。

小さなリアクションとは裏腹に目はとても輝いていた。


「自分で着れるよな?」

モミジを試着室に入れて服を渡す。簡単な作りだし問題は無いはずだ。

何かあっても店員より早く行動するためにアッシュは近くで待機していたが取り越し苦労だったようだ、着替え終わったモミジが出てくる。

ベージュ色のローブを着てフードを深く被っているが頬が緩んでいるのがバレバレだった。

「おお、似合うじゃないか、嬉しそうで何よりだ」

綺麗な服にご満悦なモミジは嬉しいやら恥ずかしいやらで落ち着きがない。

「ほら、これも付けてやるよ。さすがにこれはおまえじゃ付けれないだろ」

アッシュはさきほど買ったペンダントの革紐をモミジの首に回して後ろで縛る。

恋人みたいな行動にアッシュは少し照れてしまったがモミジはペンダントに夢中だった。


そこへ店員がやってくる、サイズが合ってるか見に来たようだった。

「どうですかぁ?・・・良かった、裾は大丈夫そうですね。でもやっぱり袖長すぎますよね。手が使いたい時不便かなと思い勝手に少し細工しましたぁ。不要なら取りますよぉ」

そう言って店員はモミジの服の袖を持ち上げてしまった。

咄嗟の事にアッシュは対応できず、モミジもどうしたら良いのか分からずアッシュを見る。

当然店員はモミジの手を見てしまい驚いていたが、アッシュの予想していた反応とは大きく違った反応を返され気が抜ける。

「あらぁー、靴とセットで変わった手袋付けてますねぇ。わー、細かい細工。どこのメーカーですか?ああ、それで袖の長い服を?芸が細かいですねぇ、私好きですよ。こういう遊び心、えーと、この大きな手袋外すとたぶんこの辺かな」

店員は袖の裏側に取り付けたバンドを締めて一段折り曲げた状態で袖を固定した。

この店員が特殊なのか、それとも普通は獣人なんているとは思わないのか、とにかく二人にとっては僥倖と言えた。

「あ、あははは、そうなんですよ、そう、手袋なんです。こいつこういうの好きで、な?」

モミジは大きく頷く。合わせてくれて助かった、空気は読めるようだ。

「仲が良いですねぇ、で、ですね、このバンド緩めればまた元の長さまで降ろせれます。こー、ほら。どうでしょう?けっこう便利だと思うんですが」

実際かなり有り難い細工なのでそこは素直に感謝する。

「ああ、ありがとうございます。こんな事できるんですね。追加料金かかります?」

「いえいえ、サービスですよぅ」


服屋を出た二人の次の目的は食料だ。

保存の利く物ももちろん欲しいが今すでにかなりお腹が空いていた。

アッシュは朝から、と言うより昨日の夜から何も食べていない。

「なぁ、モミジ。食べれない物とかあるか?」

「・・・クァ」

「あ、ああ。骨は俺も食べないよ・・・。いや、そうじゃなくて」

「・・・クゥー?」

「え?ああ、小骨は食えるって?えーと、動物の肉以外では何か食べないのか?」

「・・・・・・・・・ク」

「ずいぶん悩んだ挙げ句に魚ときたか。どんな魚が好きなんだ?」

「クァー、ロオロゥ」

「・・・クチバシ?爪?それカモノハシだろ!魚じゃねぇよ!」

「ロ!クゥー、・・・ロゥロォ」

「それはワニだ!それも魚じゃない!」

「ロ!クォー・・・」

「肉しか食った事ないんだな・・・」


アッシュは焼き鳥を買うと路地裏へと移動する。

「ここなら大丈夫だろ。ただでさえ人少ないしな。ほらモミジ、焼き鳥だ。串は食うなよ?」

モミジは焼き鳥を一つ受け取ると肉を掴んで毟り取り口に運ぶ。

「串意味ねぇな。塩にしておいて良かった。どうよ、美味いだろ?」

「ロゥ!」

「そうか、良かった。まだまだあるからな、落ち着いて食え」


アッシュも腹拵えを済ましモミジの手を拭いてやる。

「もう腹は膨れたか?食う量は体格相応で助かったぜ。そう言えば口も人間サイズだな」

モミジの頬を指でこねて観察していると、ふいにモミジの口が開く。

気付いた時には遅く、アッシュは指を噛まれた。もちろん本気では無い、・・・が。

「いてぇ!噛む事無いだろ、うあ、血ぃ出たな」

流石に心配したのかモミジが血の出た指を舐める。

「いや、俺が悪かったんだし、大した怪我でも無いから大丈夫だよ」

それでもモミジは舐めるのを止めない。

「あのー、モミジさん?」

モミジからの返事が無い。

「・・・美味しいの?」

モミジの肩がビクッと跳ねると口を離してアッシュの顔を見た。

「・・・飲んでた?」

「・・・・ゥ」

「そうか、美味しいのか」

アッシュは指に包帯の切れ端を巻くとテープで固定した。職業柄包帯は持ち歩いているし、怪我も慣れたものだった。

「・・・ロゥー・・・?」

「大丈夫だ、嫌いにはならないさ。でも、人間は食べるなよ?我慢できないなら最初に食べるのは俺にしろ。俺は傍に居てやるから」

モミジは首を横に振る。

「ルゥロ」

「え?ああ、食べ切れないって?・・・そうか、ふふ、はははは」

アッシュは思わず笑ってしまう。モミジも一緒になって笑っていた。

アッシュはこの時思っていた、俺たちの関係はこれで良いのだと。


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