第3話
日が沈む前にはなんとか街に着いた、夕焼けに染まる街を歩き家へと向かう。
モミジの姿は雨合羽で隠してはいるが人の少ない道を歩く、女の子を背負って歩いているのだから知り合いに見つかりたく無い思いもあった。
人の喧噪でモミジが起きるのではないかという心配もしていたが全く起きる気配は無い。
それにしても今日はいつにも増して街が騒がしい。
それでも起きないのだからよほど衰弱していたのだろう、生きているのか心配になるほどだ。
無事家に着いたが父親には説明せざるを得ない。
しかしそれに関しては微塵も心配はしていなかった。
父親も世間から見れば変わり者の同類だからだ。
モミジを自分の部屋のベッドに寝かし、少し迷ったが雨合羽の上から薄手の毛布をかけると父親を呼んだ。
「どうしたアッシュ、部屋に呼ぶのはめずらし・・・女の子!?おま!どうしたこの子!おまえの彼女か?結婚すんのか?」
「ちげーよ、寝てるんだから静かにしてくれ」
アッシュは毛布の端を掴むと少しずらしてモミジの腕を父親に見せた。
人間よりも長く大きな腕には鱗と鋭利な爪が付いている。
「・・・アッシュ。おまえそういう趣味があったのか、よく出来てるな」
「ちげーよ!本物だ!」
「はははは。分かってる、分かってるさ。大きな声出すな、彼女が起きるぞ」
「彼女でもねーし」
「分かってるって。・・・はぁ。セリアンスロープか、栄えた時代は二千年は昔のはずだが、何故生きているんだ?どこにいた?」
「洞窟の中で魔石に埋まってた。街からそう遠くないんだが、親父は気付かなかったのか?」
「おかしいな、五年は調査していたんだが。おまえに引き継いでまだ一月ほどだよなぁ。閉ざされた聖域だったのかもな」
極稀に、人間が踏み込む事のできない場所がある。
まるで大自然が意志を持って隠したように見つからないその場所を、父親は聖域と呼んでいた。
「聖域・・・、昔親父が話してくれた世界樹とかか?親父の作り話だと思ってた」
たどり着いた者の願いを叶えてくれる巨大な樹木、世界樹。
大昔、一組の男女がたどり着き愛を願ったという。子供の頃大好きだった話だ。
「すまん、世界樹は流石に作り話だ。俺が子供の頃持ってた絵本に書いてあった」
「・・・子供の頃わくわくしながら聞いてたのに、やっぱり作り話か」
「まぁ、流石にな、はははは。・・・しかし、だ。実は聖域は至るところに存在し、人間には見つからないように閉ざされている」
「・・・マジな話か?それにしてはすんなり見つかったぞ」
「聖域とはそういうモノなのだ。開くべき時に、開くべき相手に対し入り口が開く」
父親の真面目な声のトーンにアッシュは背筋が寒くなる。
聖域と言われても納得するほどの場所であった事は確かで、そんな場所に自分が選ばれた事に対する緊張がそうさせた。
「俺は・・・どうすれば良いんだ。何をするべきなんだ」
「ふっ、はははは。なぁに気負う事じゃない。おまえがどうしたいか決めろ」
「とりあえず、この事は他言無用で頼む」
「ああ、もちろんだ、歴史に残る大発見だが、俺は口を挟まない」
「・・・助かる」
父親が部屋を出た後、アッシュはずっとモミジを眺めていた。
どうしたら良いのか、答えは出ないが寝ているモミジの顔を見ていたら不安よりも好奇心が勝ってしまう。
「早く、起きないかな。君といろんな話しがしたいんだ。・・・はや・・く・・・・・」
一段落付いて落ち着くと、アッシュの体は疲れを思い出したかの様に重くなり、眠気に襲われ意識が途切れた。
腕・・・腕がかゆい。ちくちくする。・・・。
「痛っ!なんっ・・・ぅお?」
外が明らんで光が差し込む、朝を告げる小鳥が鳴く。
そんな爽やかな朝なのにアッシュは爽やかな気持ちになれないでいた。
「なんで俺の腕噛んでるんだよ、モミジ。痛いじゃないか、本気じゃ無くても尖った歯で噛まれたら痛いんだぞ」
「クァロロ」
「あー、すまん。モミジにもたれかかって寝てたのか、そいつぁ悪かった」
「フゥーッルル」
「まぁ、そうだよな腹減ったよな、ちょっと待ってろ・・・ん?俺の腕噛んでたのって味見してたわけじゃないだろうな?」
「・・・」
「美味しかったか?」
「・・・・・ルーゥ」
「・・・昨日風呂入らず寝ちまったからな」
一日森に居て風呂にも入らず寝てしまえば臭くて当然だ。
虫も付いていたかもしれない。森に慣れた者としては大失態だといえた。
モミジは自分の臭いも嗅いでアッシュを見つめる。
「そうだな、先に風呂入るか?あー、風呂分かるか?温かくて小さな泉だ」
首を傾げるモミジの手を引いて風呂場へ連れていく。
父親の姿は見あたらない、もう出かけたようだった。
モミジの硬くて大きな手はアッシュの手では覆う事ができず指を掴む形になる。
「はぁ、俺の手も大きい方なんだが、かっこわるいな俺。まぁ、種族も違うしかっこつける必要も無いのかもしれないけどな」
アッシュの独り言はモミジに意図が伝わらず、モミジは更に首を傾げる。
「ほら、これがお風呂だ、ここにこうやって水を入れて・・・ってこら!飲むな!」
アッシュに怒られてもモミジは水を飲む、当然だがモミジが飲む量より溜まる量のが多いからアッシュも本気で怒ってはいない。
「よし、水溜まったな。モミジも満足したか?次はこの水を温めるんだ」
アッシュは湯沸かしのスイッチを入れるがどうにも反応がよろしくない。
「っかしーな、ちょっとここに居てくれ、動力見てくる」
動力というのは魔石の事で、魔力エネルギーを熱に変換しているだけのシンプルな構造だ。
熱変換は効率が良く、今まで不具合は無かっただけに魔石の状態が気になった。
家の床下に設置された扉を開くとガラスケースに入った魔石が見える。
どの家もだいたいそういう造りになっていて、電気や熱等のエネルギーに使われる。
自身の魔力の余剰を、寝る前等に魔石に継ぎ足せば良い為、無限に使える夢のクリーンエネルギーだと言えた。
床の扉を開けてアッシュが見た物は、色褪せて光を失い罅の入った魔石だった。
「これは、モミジの入っていた魔石が崩れた時と似ているな」
魔石は大昔から利用されてきたがこのような状態は記録にない。
アッシュはとりあえずモミジの元へと戻る。
「すまんなモミジ、お風呂沸かせれないかもしれな・・・うわぁ!悪い!」
風呂場へ戻ったアッシュが見たものは、浴槽の中で裸で水面を叩いて遊ぶモミジの姿だった。
「フカーッ!」
「怒るなって、水のままだろ?入ってると思わないじゃないか」
モミジは浴槽に深く浸かり体を隠す。
「モミジは水でも良かったのか。・・そこに石鹸あるぞ。あー、石鹸分からないよなぁ」
アッシュは石鹸を泡立てると手を洗ってみせた。
「ほら、な。こうやると綺麗になる。俺は出るから、なんかあったら呼んでくれ」
風呂場を離れて少したった後、風呂場から何か重い物が落ちたような音が鳴り響く。
それと同時にモミジの悲痛な叫び声もするものだからアッシュは慌てて風呂場に駆けつけた。
「モミジ!大丈夫か!」
「ク、キュウウゥゥゥゥ・・・・」
モミジが風呂場で派手に転んでいた。床には噛み痕の付いた石鹸が転がっている。
「・・・石鹸、かじったのか?」
「・・・フ、フカーッ」
「開き直って怒るな。何度も裸見て悪かったけど、これはモミジが悪いだろ」
石鹸をかじってビックリして落として踏んだのだろうか、たやすく想像できる光景だった。
「・・・キュゥ」
「どこか痛いとこあるか?無ければ良いんだ。タオルと服、俺の服だけど、まぁ着れるだろう。ここに置いておくから。このタオルで体拭いたら服着てくれな」
アッシュはそう言って風呂場を出て行く。今度こそ大丈夫だろうか、不安しかない。
しばらくして風呂場の扉が開いてモミジが出てくる。
ブカブカのシャツを着る姿は愛らしくはあった。
だがそれよりもびしょ濡れの床に目が行ってしまう。
「ちゃんと拭いてから出てきてくれよぉ」
タオルでモミジの体と床を拭くアッシュをモミジは不思議そうな目で見つめていた。
「なんか、小さい妹を見てる気分になってきたよ」
「・・・イ・・・モート?」
「お、覚えたのか。そうだな、言葉も教えていかないとな、この時代で生きるなら人間の言葉覚えないと不便だろう」
「クァーロゥ」
「いやいや、俺とは話せれるけど、普通は会話なんて出来ないんだよ、俺のは魔法だ」
「・・・マ・・ホウ?」
「ん?魔法は魔法だよ、人間が不思議な力で自然を操ったりしてたろ?あー、セリアンスロープからしたら良い思い出じゃないか、ごめんな」
「・・・?」
「さて、俺も風呂入ってくるわ、その後飯にしよう」
アッシュは水風呂から出ると買い置きしてあった干し肉を机に並べる。
量はそれほど無い、何故こうなったのか。
答えは簡単だ、冷蔵庫も動いていないのだから中身は全て痛んでいる。
「モミジ、全部食べていいぞ。すまんな、あまり良いものやれなくて」
モミジは俺の言葉を聞く前に夢中で干し肉をかじっていた。
空腹だったようだし仕方ないだろう。
アッシュはコップに水を入れるとモミジに渡した。
「落ち着いて食えよ」
聞きやしないし何度か咽せては水を飲む。
コップは器用に使えるようだ、掴むだけの動作ならモミジの手でも問題ないのだろう。
コンコンコン。
不意に家の扉をノックする音が聞こえる。
「・・・モミジ、ここにいろよ」
アッシュはそっと扉に近づく。
「誰だ?」
「おー。良かった、居たか。俺だ、クラムだ」
とりあえずモミジの事がバレた訳では無い事に安心し扉を開ける。
見慣れた寝癖頭の男が独り、今日は無精髭まで生やしていた。
「クラム、こんな朝早くにどうした?」
「どうしたもこうしたも無いぜ、おまえの家は魔石無事だったか?昨日の夕方くらいからそこらじゅうで大騒ぎだよ。急に魔石が色褪せて割れたってな」
「そうか、うちだけじゃ無かったのか」
「まぁ、それでも自分自身の魔力流せば家具は動くからな、それほどパニックってほどじゃあないが、おまえが心配になってな」
「おお、風呂が沸かせなくてな、ちょうどさっき水風呂に入ったとこだ、冷蔵庫も全滅、勘弁してほしいよ」
「今大急ぎで他の街から魔石を取り寄せてるらしいから数日の辛抱だな」
「クラムの発明を売り込むチャンスだったのにな、数日で落ち着くならクラムにはむしろ残念だったか?」
「あー、いやぁ、それなんだけどなぁ、一度あった事はまたあるかもしれんだろう?実はすでに大手の魔具メーカーから声かけられてるんだよ」
「すげぇじゃねぇか、こんなとこ居て良いのか?クラム博士」
「ん、からかうなよ。この事はおまえに最初に言いたかったんだよ。俺の発明に真剣に耳傾けてくれたのはアッシュだけだったからな」
「そう・・・か。じゃあ俺だけ黙ってるのはフェアじゃないな。いいか、これから言う事、見るものは絶対に他言無用、それを守れるなら家にあがってくれ」
「おお、アッシュがそう言うなら拷問されたって言わねぇさ。大親友だからな!」
クラムは大げさに力強く胸を叩いて豪語する。
軽く聞こえるが実際に何があっても喋りはしないだろう。
アッシュはクラムを家に入れると玄関の鍵をかけた。
「何を見ても騒がないこと、良いな?」
「お・・・おう、そこまで言われると流石に緊張するわ」
クラムをリビングに案内した時にアッシュはすぐに異変に気付いた。モミジがいない。
「あれ?モミジ?」
静まりかえった部屋に不意に音が響く。硬い物が床を叩く音、反響して位置が特定できないが鳴った辺りを見る、・・・何もない。
「おい、アッシュ?何の音だ?」
同じ音が真後ろから聞こえた時にはもう遅かった。
クラムの体は宙を舞う様に放り投げられ、背中から床に叩きつけられる。
「っつ!いてぇ!なん・・・ぅお?」
クラムの顔は巨大な手で床に押さえつけられていた。
大きく鋭利な爪が床に刺さり顔が床に固定されている、あれでは動けない。
「モミジ!何してる!」
「フゥーッ!」
「巣に侵入者?良いんだよ、俺の友達だ。人間は殺さない約束だろ?」
「グルルル」
「まぁ、殺してはいないな。放してやれ、そいつは大丈夫だから」
「・・・クルル」
モミジの足の爪が床を叩いた刹那、一息の間にアッシュの傍へ移動した。
さっきの音の正体が分かると同時にアッシュは床の惨状に頭を抱える。
ひっかき傷や穴、モミジの鋭利な爪が家に深刻なダメージを与える。
「俺の護衛も必要ねぇよ、だいぶ体力回復してきたみたいだな、弱ってる時のが可愛げあったけど・・・、すまんなクラム、怪我はしてないか?」
「え?あ・・・ああ。え?」
クラムは状況が理解できず放心していた。
なんの反応もできなかったクラムに対してモミジは冷たい視線を送る。
「クァーロ」
「そう言ってやるなよ、これが普通の人間の反応だ」
モミジの姿を確認して人間では無い事を理解するとクラムは更に困惑した。
「え?えええええ!そいつ!え?その腕、セリアンスロープ?いやバカな、あ、ああ!分かったぞ!俺を騙してるんだな、いやぁビックリしたわぁ、良く出来てるなぁ」
「まぁ、そうなるわな」
「クァーーロ」
モミジはクラムの理解力の悪さに軽蔑の視線を送っている。
「この時代にセリアンスロープはいないんだ、クラムが狼狽えるのは当たり前の事だよ、あまり馬鹿にしてやるな」
「・・・本物なのか?なんて言ったんだ?」
「あぁ、言葉のイメージとしては愚図が近いな、状況判断が遅いから簡単に狩れる獲物だって思ってる」
「なにぃ!俺は発明では変人扱いだったけど魔法使いとしてはエリートなんだぞ、認識を改めさせてやる!表へ出ろぃ!」
クラムは携帯用の樫の杖を取り出して構える。三十センチ程の長さで簡素な杖だ。
「いやいや、落ち着け、表へ出させないでくれ。しばらくは存在を隠したいんだから」
「・・・アッシュがそういうのなら仕方ないだろう、見たところ俺のが年上だしな。大人の余裕というやつさ、・・・命拾いしたな!」
「フシャアァ!」
「ひぃ!ごめんなさい!」
「・・・何やってんだ二人とも、いい加減本題に入りたいんだが?」
「お、おう、・・・よし、話してくれ」
クラムはわざとらしく咳払いをしてアッシュを見る。モミジは相変わらずクラムを警戒していた。仲間以外への警戒心が強い種族なのかもしれない。
「まず、だ。モミジは・・・ああ、モミジってのはこいつの事で、俺が名付けた」
この時点でクラムは素早く手を挙げるとモミジを指さした。
「そんな可愛い名前に見合う性格じゃ無いように見えるが?」
モミジはクラムの言葉が分からずアッシュを見つめるが正直に教えたら話が進まない。
アッシュは面倒くさそうに頭を掻くと言葉の一部分だけを教える事にした。
「可愛い名前だとよ」
「クァロロロロゥ」
モミジは満足そうに笑う、名前をいたく気に入っているようだ。
侮辱されたと知ったらどうなっていたことか。
「話を進めるぞ。・・・モミジは巨大な魔石の中で眠っていた。おそらくは二千年間眠り続けていたのだと思う。モミジが今の時代の事を知らないのが裏付けだ」
「魔石の中?餓死するだろ、冬眠中の熊でも一年もたねぇよ」
「魔石の特性として、大きな魔石が近くにあると小さい魔石は魔力が吸い取られるってのがあるのは知ってるな?」
「ああ、だから魔石は一定の大きさに加工されてから出回る」
「モミジが眠ってた場所は巨大な魔石が集まっていて、その中でも一際大きな魔石の中にモミジが入っていた」
「あー、言いたい事は分かるぜ?この街でみんなが使っていた魔石のエネルギーが微量ずつ、点滴みたいに凶暴女に注がれて生命維持されてたんじゃないか?ってところだろ?でもそいつは難しいな。いくらなんでも遠すぎる」
「そこなんだよなぁ。そもそも魔力でそんな事が可能なのかも謎だしな。とりあえず今の段階じゃこれ以上考えがまとまらない状態さ。クラム博士はどう思う?」
クラムは少し悩んでから首を横に振る。
「・・・わかんねぇな。もしかしたら魔石の概念が変わる話になるかもしれねぇ」
「そうか、実はもう一つあってな。魔石からモミジが出てきた時、その魔石が色褪せて崩れたんだ。今の魔石騒動と同じ感じにな。昼頃だから時間差あるし、騒動と関係してるかは分からないけど」
「・・・ふむ、なるほど」
クラムはポーチから魔石を取り出す、綺麗な黄色味を帯びた飴色だ。
「それは?まだ無事なようだが」
「他の街の魔石さ、研究用に持ってたやつだ」
クラムはおもむろにその魔石をモミジに近づける。
モミジは不思議そうにそれを見つめるが特に何も起きなかった。
「関係無い、か」
「モミジが原因だと考えたのか?・・・俺らが街に着いたのは夕方、辻褄は合うが」
クラムはアッシュとモミジの顔を見た後、深く深く息をつく。
「考えたくない仮説が浮かんだ。凶暴女がここら一帯の魔石の核のような存在だとしたら説明がつく。魔石は元々凶暴女を生かす為に存在し、役目を終えた魔石が力を無くし、最後の残りの魔力もそいつが搾り取った。これで全て符合すると思うが、どうだ?」
クラムはまだまだ若輩だが科学者、教養が有り頭の出来も良い。
クラムの考察にアッシュは感心したが、その考察を受け入れるともう一つ問題点が浮上する。
「ああ、すげぇなクラム。流石だぜ。否定する要素が思いつかない。・・・だが、そうだとすると、・・・その他の街の魔石は」
「そう、だから考えたくないんだよ。頭が痛くなる話だ、これ以上は無いってレベルのやっかい事に巻き込まれた気分だぜ?親友よぉお」
「・・・セリアンスロープはまだ相当な数眠ってる事になる。ってことか」
「これが真実だとしたら魔石を使い続けるのはヤバい気がするぜ」
「そうか?モミジとは上手くやれてるつもりだし、他のセリアンスロープが起きても和解できるんじゃねぇかなぁ」
クラムは楽観的なアッシュに溜め息をつく。
「ゆるいぜ親友・・・。それはアッシュがこいつらと意志疎通可能だから出来た奇跡だ。歴史についてはアッシュの方が詳しいだろ?」
アッシュは言われて初めて人間と獣人の歴史を思い出した。
モミジと和解出来た事に浮かれていたようだ。
「いや、でも!それなら意志疎通さえできれば!」
「おまえ以外に出来る奴はいねぇぞ?」
アッシュは黙り込んでしまう。
獣人と意志疎通可能な自分が聖域に招かれた事に意味を、そして大きな意志を感じざるを得なかったのだ。
「・・・俺はどうしたら良いんだろうな」
「そいつはアッシュが決めな、俺は応援するぜ?親友だからな」
「俺・・・が。そうか、俺が決めるのか。事が大きすぎて頭がパンクしそうだよ」
「浅く考えろ。凶暴女の顔を見ろ、おまえにはどう映る?それが答えだろ?」
アッシュはモミジの顔を見つめ、モミジは不思議そうに首を傾げる。
そう、クラムが言う通り単純な事だったのだ。
「モミジ、おまえの友達とかも眠ってるかもしれないな」
「トモ・・・ダチ?」
「そう、仲の良かった人達だよ。眠ってるのがモミジの友達とは限らないけど、それでも同族はいるかもしれない。人間といがみ合ってほしくないんだ。一緒に探しに行かないか?」
「クルルゥ・・・ロゥ」
「うん、そう。喧嘩させない為の旅だ。俺とモミジならそれが出来る。それともモミジは人間と、俺と争いたいか?」
モミジはクラムを指さすと少し嫌そうな顔をした。
「ルゥーゥー」
「いやいや、クラムは良い奴だよ。先に攻撃しかけたのはモミジだろ?」
「・・・ル」
「分かれば良いよ。よし、そうと決まれば今日から準備しよう」
そんなやりとりを見てクラムは内心複雑だった。
「そうか、やはりそうなるか。行っちまうんだな親友よ」
「俺の家系は元々流れ者の考古学者だ。モミジと出会わなくてもこの街を離れる予定だったしな。それが早まるだけだよ」
「分かってたけど、寂しいものさ。俺さ、アッシュと喋ってる時が一番楽しいんだよ。アッシュに発明見せるのが俺の楽しみなんだよ」
「そう・・・か。すまんな。たぶん近日中にはモミジと二人で旅に出る」
二人という言葉にクラムは反応する。アッシュは父親と二人暮らしだったからだ。
「親父さんは?」
「ここに残るだろうな」
「俺は?」
「いや、いらんが。来てどうすんだ」
「ロロロゥ」
「お?今俺の事笑ったな凶暴女、ドヤ顔やめろや」
「喧嘩すんなし」
「あ、そうだアッシュ。これやるよ、そのために持ってきたんだよ」
クラムは研究用と言っていた他の街の魔石をアッシュに手渡した。
「おー、ありがとう。助かるよ、使わせてもらう」
すでに魔力は入っている。これで出発するまでの間家具を動かす事が出来そうだった。