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太古の爪  作者: 枝節 白草
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第2話

森、と言うのは街からそう遠くは無い位置にある。

とは言うものの、その森は広大で遠くまで広がっている。

終わりが見えない森を迷わず歩けるのもアッシュが持つ固有魔法のおかげだ。

人の手が加わっていない森、アッシュの父親はここを調べるために引っ越してきたが何も見つける事ができなかった。


アッシュも何も見つけれなければ引っ越すだろう。

アッシュの家系はそうして生きてきた、きっとこれからも。



朝一番で森に入る、奥へ。生い茂る草木をかき分けて、奥へ、奥へと。

丈夫な生地で出来た長袖の服とズボンは重い。

体を守るためには必要な装備だが風通しが悪く暑いのが難点だった。


「君のあまり近づかない場所はどこだい?」

アッシュは尋ねる、返事は無い、それもそうだろう。

相手は警戒心の強そうな小鳥だ。

「ありがとう、驚かせて悪かったね」

そして歩き出す、奥へ。

「やぁ、この辺で変わった物を見た事は無いかい?」

アッシュは尋ねる、唸るような返事が返ってくる。

相手は好奇心の旺盛な小さな山猫だ。

「ありがとう、あっちだね」

当然会話など成立していない、しかしアッシュには分かるのだ。


極めて高い空気を読む能力。漠然とした意志を読む能力と言っても良いかもしれない。

相手に意志を伝える事も出来る。それがアッシュの固有魔法だ。

とは言ってもテレパシーの類では無い。

高い言語能力に頼って生きる人間に対しては効果が薄い。

少し感の良い人、くらいでしか無いのだ。

感覚や感の鋭い野生の動物に対しては高い効果を発揮する為、動物とお喋りできる能力だと言い換えても大きな差異は無い。

クラムがメルヘンチックな能力だと言った所以がそれである。



しばらく歩くと、少し大きめな白い石が目立ち始めた。

地面に散らばる白い石には平らな面が見られる、明らかに人の手が加わった物だ。

辺りを見渡すと一見小さな洞窟が有り、内部には白い壁が見えた。

近くに寄ると、白い壁は石碑である事が分かる。

石のような物を掲げた人間と、雷に撃たれた獣人。

「媒体魔法を描いた石碑、か。珍しくも無いな」


石碑は洞窟の奥に向かって長く続いていた。

中は暗く、奥は闇に溶け込んでいて見えない。

アッシュは懐中電灯を取り出す、グリップにケーブルを生やした特注製だ。

アッシュの腰には魔石の入った袋がある、袋は銀細工で腰のベルトに固定されていて、その銀細工がそのまま媒体となり、魔石のエネルギーを電気へと変換している。

銀細工に仕込まれた端子へと懐中電灯のケーブルを接続するとライトが点いた。

本来はライト自身に魔力を変換する媒体が施されていて、普通の魔法使いであれば、グリップを握るだけで魔力が送られ点灯する。

外へ魔力を出せないアッシュには使えないため、少々不自由な使い方になってしまうがもう手慣れたものである。


石碑の続きを照らし、奥へと足を進める。

意外と深そうだ、奥の方はライトの光が届かない。

木の枝を掲げて火を出す絵、土の中から金属を

出す絵、金属から水を出す絵。


残念ながら良くある類の石碑だったが一番奥に気になる絵を見つけた。

その絵に描かれた人間は横を向いた状態で何も持っておらず、手を前に差し出しているが、差し出した手の先はもう石碑が朽ちてしまっており絵の続きは見えなかった。

「これは・・・なんだろうな。ここだけ魔法とは関係無いのか?もし固有魔法を描いた物であれば新発見なのだが・・・、惜しいな」

石碑は終わってしまったが洞窟はまだ先がある。進むか、戻るか。


「ふむ・・、そこのコウモリよ。この奥は危険かい?」

天井にぶら下がる一匹のコウモリに話しかける、アッシュを見つめ揺れている。

「なるほど。好んでは近づかないが今まで特に問題は無かった、ってところか」

動物の感情を読みとり会話する。人間の間では無能力扱いされるが自然の中では頼もしい。

意志疎通が出来る事で動物もアッシュを敵だと認識しにくい。


アッシュは奥へ進む、洞窟は段々と狭く、細くなっていく。

外からの光はもううっすらと物の形が分かる程度、懐中電灯の灯りが頼りなのだが心なしか灯りが弱くなったように感じ始める。

いや、気のせいでは無いだろう、今にも消えそうだ。

「そんな馬鹿な。魔石の魔力は充填してもらったばかりだぞ」

考えても仕方がない、アッシュはリュックサックを降ろすと奥に押し込んでいた小さな瓶を取り出す。クラムがくれた電池という道具だ。

懐中電灯のケーブルを引きちぎり、向きだしになった導線を電池の瓶の蓋についた二本の棒に巻き付けた。

懐中電灯が再び点灯する。不安定ではあるが十分な灯りだ。

「近くに魔石の大きな塊があるのかもしれないな、魔力を持っていかれたか・・・。クラムに酒の一杯でも奢ってやらんとな」


それでも電池とやらがどれだけ持続するものなのかも分からない。

「仕方ない、引き返すか・・・」

引き返そうと思った時に洞窟の奥から声が聞こえた気がした。

ただただ寂しそうな、仲間を呼ぶような。

何故かひどく気になるその声は、一瞬で途切れたにも関わらずアッシュの脳裏から離れない。


「どうせまた来ても魔石は使えない、それに一本道、・・・行こう」

懐中電灯の灯りがゆらゆら揺れる。アッシュは慎重に前に進んでいった。

一本道ではあるが足場が悪く進みづらい。

洞窟の中は静かで、たまに水滴の落ちる音だけが響いていた。


しばらく歩いたところでアッシュは足を止める。

洞窟の先が妙に明るんでいたからだ。

慎重に、極めて慎重に進む。洞窟は明るさを増してゆく。

広い空洞に足を踏み入れた時、明るさの理由を理解した。


広い空洞は大きな岩壁で支えられていたのだが、岩壁は所々に巨大な魔石が埋まっており弱々しく発光していたのだ。

魔石の発光など微々たるものだ。しかし大きな塊がいくつも点在していれば明るさは相当なもので、幻想的な空間が出来上がっていた。


そしてその空間を更に現実から遠ざける要因にアッシュは少しの間言葉を失い立ちすくむ。

点在する魔石の一つ、一際大きな魔石の中に裸の女の子が埋まっていた。

おそらくアッシュより若いと思われるその女の子は痩せ細ってはいるものの、肌の質感は生きてる人間のそれと変わらない。


赤茶色の髪、小柄な身体。そして身体に見合わぬ大きく長い腕には赤茶色の鱗。

痩せ細ってなおアッシュよりも大きな手、指の先にはまるでナイフのように鋭く大きな爪が付いているせいで更に大きく見える。

足は人間よりも太く、膝より下は鱗に覆われて、まるでブーツを履いているようだ。

太く強靱な足の爪は大地を掴むような形状、本気で走れば人間は逃げきれないだろうと思わされる。

しかし、それよりも、アッシュはその子に対して恐怖よりも・・・。

「・・・綺麗だ」


これほど完璧な状態で獣人の身体が残っているなんて事は今まで一度だって無かった。

少なくともアッシュはこれが初めてだった。

幻想的で力強い姿にただただ見とれ、小柄な体からは愛らしさも感じさせた。


流石に生きてはいないだろうが、ただ寝ているだけの様な、確かな生命力を感じる。

「掘り出す事は出来るかな・・・、いや、無理か。魔石と一緒に身体が崩れてしまうかもしれない。魔石ごとくり抜くのが得策だろうが、流石に骨が折れるな。一人じゃきつい。・・・残念だが出直すしか無いか」


アッシュは獣人の埋まった魔石にそっと手を触れる。

「名残惜しいが・・・、今は連れて行くのは無理そうだ。・・・またな」

話しかけ、立ち去ろうとした瞬間、アッシュは自分の耳を疑った。

正確には耳では無く、動物の感情を読む能力を。

「・・・まっ・・・て。・・・おいていかないで」

そう聞こえた気がして獣人を凝視する。

そんなはずは無い。獣人は大昔に滅んだはずだ、生きているはずがない。

「なっ!目が開いている、さっきは閉じていたはずだ」

鳶色の瞳がアッシュを見つめていた。


「セリアンスロープ・・・、生きているのか?魔石の影響?実は生き残っていた?分からないが、魔石の中で助かったな。食われたらしゃれにならな・・・」

安心したのも束の間、魔石に罅が入る。獣人の周りの魔石が色を失い脆く崩れていく。

体の支えを失った獣人の女の子はその場に倒れ込む。ひどく衰弱しているようだった。

その姿があまりにも弱々しく、アッシュは迂闊にも近づいてしまう。

能力のせいで普段から獣に対して警戒心が薄いのも要因だろう。


敵意を感じた時にはすでに鋭い爪が喉元を掠めていた。体制を崩し地面へと倒れるとそのまま組み伏せられてしまう。

獣人の爪が肩に食い込むが不思議とそれほど痛いとは思わなかった。

獣人は目を細めアッシュを見つめると、次の瞬間アッシュの首をめがけて噛みついてきた。

アッシュは咄嗟に腕を噛ませて首を守る。

「・・・つ」

アッシュは痛みに顔を歪ませるが頑丈な服のおかげか血は出ない。

獣人は目の前の獲物の肉を裂く事が出来ずに困惑している。

アッシュは獣人を蹴り飛ばすと距離を置く。獣人は思いの外吹っ飛んだ。

アッシュの蹴りが強かったと言うよりは自分の体勢を保てずに獣人が自滅したように見える。


「クァ・・・ァァァァ。・・・ッフ、クァァ」

獣人は苦しそうに声を発する。

思ったように声が出ずにまるで自分の声をチューニングしているようにも感じた。

「クァー、ロロロ・・・」

「集まれ?・・・まさか!他にも仲間がいるのか?」

獣人は勝ち誇った目でアッシュを見つめると・・・。

「クァァァァァァロロロロロロロロロ!」

喉を鳴らし、遠くまで響きそうな高い声。

二人の間に緊張が走る。アッシュは周りを警戒し、獣人の女の子はアッシュを警戒しながら仲間の助けを待つ。・・・・・が。

「・・・・・?」

獣人はキョロキョロと周りを見渡す、生き物の気配は無い。

「・・・クァロ?・・・クァァァロロロロ!」

「・・・なぁ、おまえ仲間いないんじゃね?」

「!・・・フシャアアア!」

「いや、だって、誰も来ないけど?」

「キュウゥゥゥゥ」

獣人は戦意を喪失し自分の負けを認め死を覚悟したようだ。半泣きで。


「良かったら、一緒に来るか?」

忘れかけていたがこれは大発見なのだ、聞きたい事が山ほどある。

「情けでは無いぞ、俺にも有益な事なんだ。飯と寝床をやる、その代わり俺に従ってくれないか?とりあえずは人間を殺さない事が俺からの指示だが、どうだ?」

「グルルルァ」

「なるほど、自分より強い者に従うと?でも俺今おまえより強いぞ?」

「キュウゥ」

「言いたい事は分かるが、おまえ放っておいたら衰弱死するぞ?」

「・・・ゥゥゥ」

「そうか、分かった。無理強いはできないな」

アッシュは立ち去ろうとするがもちろん本心ではない。

本当は拉致したいくらいのお宝でもあるのだから当然だ。

少し歩くと獣人が付いてくる、かかった。群れで暮らす生き物の様だから衰弱状態で一人は耐えられないであろう事は分かっていた。

「どうした、やはり付いてくるのか?」

「・・・ゥゥゥ」

「そうか、じゃあな」

「!・・・キュゥゥ」

「泣くなよ、いじめたい訳じゃない」

アッシュは獣人に近づくとそっと手を差し伸べた。

獣人は少し悩んだ後アッシュの手を掴む、その手はあまりにも大きく硬い、アッシュの手はすっぽりと隠れてしまう。

「契約完了、ははは、女の子の方が手が大きいのは男として少しかっこ悪いかな」

「クァロ?」

「おっと。改めて見ると目のやり場に困るな、ちょっと待ってろ」

獣人とは言え女の子が裸なのだ、人間としては照れてしまうというものだ。

獣人は服を着ないものなのだろうか、アッシュはそう考えていたのだがどうやら違うらしい。

「・・・?・・・!フカーッ!」

獣人は自分の格好を見直すと座り込んで体を隠し真っ赤な顔で威嚇してきた。

自分が服を着ていない事に気付いていなかったらしい。

加えて今アッシュを仲間と認めた事で同族に裸を見られた気持ちになっている様だ。

「待て!落ち着け!これ着ろって」

アッシュは自分の鞄から雨合羽を取り出すと獣人の女の子に被せる。

成人男性サイズの雨合羽は小柄な女の子をすっぽりと覆い、腕を隠すのにも一役買ってくれそうだ。

「・・・首にも鱗あんのか、フードも被っとけ」

「クァ?」

「ほら、こうだよ。あー、名前無いと不便だな。俺の名はアッシュ。おまえは?」

「クルルゥア」

「んー、意味的には狩る者?獲物を捕って来る役割か?固有名称無いんだな。とりあえず俺が呼び名決めて良いか?」

「クァー」

「じゃあ文句言うなよ?・・・そうだなぁ」

獣人を見つめる、やはり一番印象深いのは赤茶色の鱗を帯びた大きな手だった。

「モミジ、なんてどうだ?」

「・・・モ・・ミジ?」

「言えるのか?そうか、ここまで人間と似てれば声帯も似てるのかもしれないな」

「モミ・・・ジ・・・。ロロロロロロゥ」

「笑ってるのか、ふふ、笑うと可愛いな」

「・・・ロ?」

「そこは照れろよ、可愛げないな。はははは」

「ロロロロロロゥ」


アッシュはリュックサックをお腹側に抱え、モミジを背中に抱える。

背中に柔らかい感触が二つ、小振りだが確かな感触に照れてしまう。

しかし種族が違うのだ、気にする方がおかしいのだろうかとアッシュは自問自答する。

この時点で気にしている事は明白であることに気づき苦笑いがこぼれた。

衰弱状態のモミジは思いの外軽かった。

アッシュは元々体力には自信がある、街に着くまで体力は持つだろう。

固有魔法の能力者は自分の体に魔力が巡るため普通の人間よりも身体能力が少しだけ高い特徴があるのだ。

外に出た頃には太陽が高い位置まで昇っていた、そろそろ戻らないと夜の森を歩く事になる。

アッシュは街へと向かう、背中で寝てる新しい同居人と共に。


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