アキレスの夢
某国で死刑執行の一分前に夢を見させるという法律ができた。最新の技術によってその夢は一日に感じられ、しかもその夢の中ではどんなことでも叶えられるという。いわば「最後の晩餐」の現代版だ。死刑囚は好きなことを夢のなかで一日やって、目覚め、そして死ぬのだ。
この制度が出来て最初の死刑囚が死刑執行人に連れられてやってきた。特注の銀の寝台に乗せられた男は、ゆっくりと目を閉じた。
男が気が付くと、そこは自分の家だった。随分とリアルな夢だ。貧相な部屋、身なり、全部自分が覚えている通りだ。半信半疑の男は試しに「部屋を埋め尽くすほどの金が欲しい」と念じてみた。するとどうだろう、たちまち部屋は札束の海となった。狂喜した男は、札束を抱えて街へ繰り出した。
だが、金などもはや必要のないことにすぐ気が付いた。乗りたかった車は念じれば目の前にエンジンがかかった状態で現れたし、食べたかった物は念じれば給仕付きで目の前に現れるのだ。まさに夢の様な一日の始まりだった。
しかし、一日はあっという間だった。「時間が足りない!」男は心からそう思った。まだやり残したことが沢山ある。「時間を伸ばせ」と念じてみたが、当初の説明通り、夢の時間を伸ばすことはできないようだった。
まだ死にたくない、男は必死に考えた。すると名案が浮かんだ。男は、あの銀の寝台を使わせろと念じた。するとその通りになった。男は目の前に現れた寝台に横になると目を閉じた。
男が気が付くと、そこは自分の家だった。やった、男は叫んだ。これでまたもう一日遊べるわけだ!
男は無限に最後の一日を繰り返せることに気が付いた。一日が終わる前に、またあの寝台に横になれば良いのだ。今日も、明日も、明後日も。一分後に死ぬことになっていた自分にとって、こんなに愉快な事はない。男は高笑いをしながら再び街へ繰り出していった……。
死刑執行人は銀色の寝台に横たわる死刑囚の横に立って、顔を覗き込んだ。
「こんな幸せそうな顔をした死刑囚は見たことがないな」
傍に立っていた睡眠技師も覗き込んで、どんな夢を見てるんですかねえと言った。
死刑執行人は腕時計に目を落とす。
「時間だ」
そう言ってから執行人は、睡眠技師に尋ねた。
「起こせるのか?」
「浅い睡眠状態ですから」
「ふむ」
執行人が男の肩に手をかけて軽く揺さぶると、死刑囚はゆっくりと目を開けた……。