SS21 「暗箱」
以前に投稿した話(SS13)とつながりのある話です。
連作にしようかとも思ったのですが、今のところ続編はこれだけです。
以前の話と合わせて読んでいただければ幸いです。
理科室の隅に暗室がある。
暗室といっても広さ2畳分ほどの組み立て式のもので、鉄パイプの骨組みに黒い布が張られた外見は、祖父の家にあった丈の長い衣服用ケースの親玉といった感じだ。今は存在しない写真部が理科室を部室にしていた頃の名残らしいが、今は理科室の物置として使われている。
春先、まだ生物部の部員が僕一人であった頃、暗室の中の備品を整理して、一応使える形にした。写真が趣味の先生から引き取らせてくれないかと話があったそうだ。
「このデジカメの普及した時代に自分で写真を現像したい人がいるなんてね」
生物部顧問の菜原先生が言った。
暇な人だねえ、と先生は言ったが、学校一変わり者のこの先生に言われたら、お終いだ。
生物部と言っても部員は一人なので活動内容は決まっていない。帰る時は鍵をかけておいてくれ、と先生は言って去っていった。
無責任な人だな。
この後、この先生には色々と世話になるけど、基本的にこの評価は変わっていない。
そんな訳で僕は暗室の中に腰掛けた。掃除するまではわからなかったが、暗室の中には机と小さな椅子があった。未使用の印画紙や細々とした器具、引き伸ばし機など写真部が活動していた頃の名残が残っていた。
幕を下ろして椅子に座ると、視界は闇に包まれた。当たり前だが密閉性は高く、軽く閉めた入り口から細く光が入る以外はのっぺりとした闇が中を満たしている。
夏になったら耐えられないだろうな、と自分の体温だけでも次第に熱くなる空気を感じながら思った。ただ、学校の中にこんな個人的なスペースを見つけられたことには満足していた。学校の設備は税金と授業料で賄われているが、生徒が一人になれる場所は滅多にない。その点、今の理科室は僕一人だし、この暗室は現在、僕一人だけの空間だ。周囲には誰もおらず、心の中の暗箱も一人。悪くないな、と思った。
その時、一人の女子生徒が理科室に入ってきた。
隙間から覗くと、女生徒はいきなり服を脱ぎ出した。こちらが驚く暇もなく、彼女は手際よく服を脱いでいった。下着も脱ぎ捨て、ため息をつく。長い髪の毛の隙間から、形のよい乳房が覗く。
少し躊躇した後、靴下と靴も脱ぎ、彼女はそのまま理科室の中に佇んでいた。
しばらく経って、彼女は再びため息をつき、服を丁寧に着て出て行った。
それが彼女との最初の出会いになる。数日後、菜原先生が新入部員だと言って彼女を連れてきて、生物部の部員は二人に増えた。その後、色々とあって彼女とは友達になり、今は恋人同士になっている。先日、キスもした。場所は理科室。だが、未だにあの時のことは聞けずにいる。彼女の中の暗箱には触れられないままだ。
暗室は結局、今も理科室の隅にある。