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歴史もの

蛇足

作者: しのぶ

荘周のもとを、恵施と公孫竜が訪れた時、荘周は酒と肴を出そうと思ったが、みんなに行き渡るほどの酒がなかった。

そこで荘周は言った。


「私は貧しくて、みんなに行き渡るほどの酒がありません。しかし、一人で飲むには十分です。

そこで、私達三人で蛇の絵を描いて、一番はじめに蛇の絵を描き上げた者が酒を飲めるということにしたいが、よろしいかな」


「「いいでしょう」」


そこで、三人は蛇を描きはじめたが、恵施はいち早く描き上げて、他の二人がまだ描いているのを見ると、ついでに足を描き足して、竜かトカゲのような格好にした。

そして酒を飲もうとしたが、二番目に描き上げた公孫竜は、横から杯を取り上げて、言った。


「恵施よ、蛇に足があるわけがないだろう。君の描いたのは、それは蛇ではない。竜かトカゲだ。したがって、これは私のものだな」


と言って酒を飲もうとするのを、横から取り返して、恵施は言った。


「いや、その理屈はおかしい。

君は、足がある蛇などどこにもいない、と言い切れるのか?足がある蛇がいることを証明するためには、足がある蛇を一匹見つければいいが、

足がある蛇がいないことを証明するためには、この世のあらゆるところを、すみずみまで探し回って、どこにもいないことを示さなくてはならない。これはほとんど不可能なことだ。基本だよな?

したがって、これはやはり私のものだな」


と言って飲もうとするのを、再び公孫竜は取り返して、言った。


「いや、その理屈はおかしい。

蛇という動物の定義には、“足がないこと”が含まれていないだろうか?私の知る限り、一般に受け入れられている定義には、それが含まれている。

したがって、それはやはり蛇ではない。よって、これはやはり私のものだな」


そう言って飲もうとするのを、再び恵施は取り返して、言った。


「いや、その理屈はおかしい。

君は最初の説明を聞いていなかったのか?最初の説明では、“一番はじめに描き上げた者が酒を飲める”と言われていたが、“あとから描き足してはいけない”とは言われていない。したがって、はじめに描き上げたのが私であることには変わりない。よって、これはやはり私のものだな」


そう言って飲もうとするのを、三たび公孫竜は取り返して、言った。


「いや、その理屈はおかしい。

“蛇を描き上げる”ということには、“あとから描き足して、蛇ではないものにしてはならない”ということが、暗黙のうちに含まれていないだろうか?あとから描き足して蛇ではないものにしたら、それは“蛇を描き上げた”ことにはならないはずだ。

したがって、これはやはり私のものだな」


と言って飲もうとするのを、三たび恵施は取り返して、言った。


「いや、その理屈はおかしい。

明言されたルールに、あとから“暗黙の了解”などを付け足すのは正しくないのではないか?最初に説明された時には、あとから描き足してよいとも悪いとも言われなかったのだから、むしろ明言されたことのみに従うべきだ。

したがって、これはやはり私のものだな」


「それなら…」


と公孫竜が言いかけるのを、恵施は先に制して言った。


「おっと、今さら、“描き足してよいのか、悪いのか”と問うても駄目だ。

今問われているのは、今ではなく、最初に説明された時に、どちらの意味で言われていたのか、受け止められていたのか、ということだが、今となっては、私達が本当のことを言うかどうかはわからないし、そもそも最初はどちらとも決めていなかったかも知れない。そして、今言ったことのために、私達の意見はどちらかに傾いてしまったかも知れない。

したがって、最初はどちらの意味で言われていたのか、それはもはや確かめようのないことだ」


「しかし、それなら私のほうが正しいかも知れないわけだ」


これを見て、荘周が言った。


「いや、これは容易ならぬことになりましたな。

一方か他方か、是か非か、どちらでもあり得ることについては、第三者に正してもらわなければならないが、どちらでもあり得ることについては、第三者もまたどちらでもあり得るから、どうして正してもらえようか。


一方に与する者に正してもらうとしたら、すでに一方に与している以上、どうして正してもらえようか。

他方に与する者に正してもらうとしたら、すでに他方に与している以上、どうして正してもらえようか。

両方ともに与する者に正してもらうとしたら、すでに両方ともに与している以上、どうして正してもらえようか。

両方ともに与しない者に正してもらうとしたら、すでに両方ともに与していない以上、どうして正してもらえようか。

してみると、一方も他方も第三者も、ともに知ることはできないわけで、そのうえ他の者を待つことがあろうか。したがって、聖人は是非を問わず、あるがままにまかせて、天与の平等に憩うものである。というわけで…」


と、荘周は杯を取り上げて言った。


「この酒は私がいただくことにする」


「「いや、その理屈はおかしい」」

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