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チュートリアル(3)

「……よねぇ…………豊姉ってば!」

 聞きなれた声につられて意識を持ち上げると怪訝そうにこちらを見つめる友樹の姿があった。

「……んだよ、友樹か……」

「んだよ、じゃないよ! どうしたのさ、ボーっとしちゃって。もう団長さんは帰っちゃったよ? 打ち上げにご飯食べに行くけど、何食べたいかって聞いてるのに全然返事してくれないんだもん、どうしちゃったのさ?」

 過去を思い出してセンチメンタルになっていました、なんて紅刃が言えるわけもない。軽く手を払い、誤魔化すようにそっけなく声を発した。

「何でもねーよ、《感覚》広げてたから、ちょっと疲れてただけだ。飯なんざいつも通り春風亭でいいだろ」

 紅刃は特に考えることもなく馴染みの飯屋を口にした。

 決して値段は高くないが、量が多くそこそこ美味しい春風亭は魔物狩りが終わってから立ち寄ることが多い行き付けの店だ。

 そもそも、紅刃は食べ物に拘りがない。半ニート生活をしていた頃は一日一食七十八円のカップ麺を糧にゲームを満喫していた時期もあった。食事とは腹を充たせば別に何でもよく、できれば金を使わないことこそが至高なのだ。その分余った金でゲームができる。

 だが、友樹は勿論、アリスも不満そうだった。

「え~、折角王国の研修が終わったんですよ~、ちょっとくらい贅沢しても罰は当たらないとおもいますけど」

 案の定、アリスが頬を膨らませて抗議してきた。

 あざとい、とは思うものの何の因果か神が与えた天性の美貌はそれすらも飲み込んで愛らしさへと昇華してしまう。

 紅刃もそれなりに容姿は整っているほうだが、アリスのそれは次元が違った。アメリカ人と日本人とのハーフであるアリスは母親から金髪の髪と碧眼を、父親から小柄な体躯とバランスの良い造形を受け継ぎ、ある種完成された美しさを持っていた。

 通っていた中学でのあだ名は「歩く芸術」、ふざけているとは思いながらも、同性である紅刃までもがその魅惑に見惚れることがしばしばあるのだ。まして異性である友樹や古谷はそれどころではないのだろう。

「確かに、たまには高い物食べてもいいかも、ね、古兄」

「…………そ、そうだね……」

「ほらほら~、二人ともそう言ってますよ!」

 二人の意見を聞いて嬉しそうにアリスが少し微笑んだだけで、もう鼻の下が伸びている。本当に男は単純だ。

「ま、いいけどよ。んじゃ、肉でも食いにいくか」

 高い物、といえば紅刃が一番に思いつくのは肉だ。

 スーパーの肩ロースなんて一年に一回手が出るか出ないかの代物である。

「お肉ですか~、偶にはいいですね」

「やっほー! 豊姉太っ腹! 俺グラスホーンの肉食いてー! 古兄もそれでいいよな!?」

「うん、大丈夫……」

 控えめに言った古谷の言葉を聞いて、興奮した友樹が走りだした。

「そうと決まれば、早く行こうよ! 早く早く~」

 魔宝具スフィアが照らす夜の王都を友樹が先行し、それを古谷が追った。後に続いて紅刃とアリスも歩き始める。

 王都の町並みは現代人である紅刃が見ても、綺麗と呼べるものだった。整備された街路、管理される上下水道に給水所、何より現代にはない魔法の篭った道具――魔宝具スフィアが生活の至る所に用いられ、先進的な文明レベルを保っていることがわかる。

 そんな石畳の街路を走り去っていった友樹を後ろで眺めつつ、紅刃は呆れるように言った。

「ったく、これだからガキは……」

「ふふふ、いいじゃないですか~、元気があって。それに今時の中学生は大体あんなものですよ。それよりも――――アリスはどうやったら高校生くらいの紅刃さんが~、こうも歪んでいるのか不思議ですけどね」

 普段と変わらぬ声音、それでいて普段よりも怪しい微笑。まるで悪魔が本心を隠すように纏った仮面の如き笑みに紅刃も負けじと微笑で返した。

「はっ、てめーが言うのかよ。お前の方がよっぽど不気味な中学生じゃねーか」

「やですね~、こんな美少女捕まえて不気味だ何て…………でも――」

 ゾクリ。

 と、背筋を震わせる不気味な冷たさ。

「――まぁ、ちょっとだけ、普通じゃないですけど……」

 その威圧感を発しているのが共に隣を歩く仲間だと紅刃が気がついたときには、アリスは元通り朗らかな笑みを浮かべていて、そこには年相応の少女の姿だけが残っていた。

「……な~んて、冗談ですよ、冗談。さ、お肉食べに行きましょう。おっにく~、おっにく~、うっれしい~な~」

 訳の分からぬ自作の歌を口ずさむアリスを紅刃は無言で追いかけた。

(……はっ、ったく……まあそりゃそうか……普通の人間が《勇者システム》に選ばれる訳がねーか……)

 紅刃は自分をこの世界へと導いた無機質な声を思い起こす。


《勇者システム概要――既存する世界から消失したいと願う者を新たな世界にて再利用するために設けられた神の機構。世界法則ワールドロウに乗っ取り善の側から干渉する均衡機構。勇者は魔を打ち払う使命を帯びる。

 勇者は加護を得、制約を受ける。

 一、その命、自ら断つを禁ず。

 二、悪徳を重ねるを禁ず。

 三、悪の法則の利用を禁ず。

 制約を破りし折は加護は失せる。また、善に属する輪廻に帰すること相成らぬ。

 以上、新たな勇者に祝福を》

 

 《勇者システム》が選んだ人間は皆世界から消えたいと、そう願うほどにまで地球での生活を望まぬ者たち。

 アリスは生まれ持った容姿だけで何不自由なく暮していけるほどに恵まれた人間のはずだ。にも拘らず、勇者として異世界へと招かれた。

 可憐な花に纏うは毒。

 たった十四年の人生にどれ程の絶望を見れば、そう思えるのか紅刃には想像がつかなかった。

 勿論アリスだけではない、無邪気な笑みを浮かべる友樹も、古谷も、それぞれが消えることを望んでこの場にいる。

(ほんと、危ねー連中だ……)

 そこに自分を含めないまま、紅刃は一つため息をこぼした。

 歩くこと数分、思考の海に埋没している内に、紅刃はいつの間にか目的地へとたどり着いていた。

 王都の中心近くにある高級店、多種多様の魔物の肉と瑞々しい野菜を味わえるその店の名は『宝庫』。

 店内に入ると食欲を誘う肉の芳醇な香りと、耳障りの良い焼き音が広がっていて、すきっ腹を刺激してきた。

「うおーっ! 腹減った、早速食べよう、皆!」

 注文を終え、運ばれてきた霜降り肉に箸を伸ばした友樹が弾けんばかりの笑顔で言う。今にも先んじて肉を食べようと進んだその箸が急に――ピタリと止まった。

 友樹を止めたのは行動でも、言葉でもなく、

 悪魔の笑み。

「アリス姉……?」

「ふふふ、駄目ですよ~、友樹君。貴方には勝手な行動を取って、皆を危険に晒した罰がまだ残っていますよ~」

 先ほどまでは歓喜に染まっていたはずの友樹の表情が一変して絶望に歪んだ。

 有無を言わさぬアリスの視線から逃げるように友樹は紅刃を見つめた。

「ぅう……豊姉……」

 捨て犬のような瞳で助けを求める友樹だが、生憎と紅刃が同情するわけもない。

「自業自得だ。友樹は私らが食い終わるまで焼き係な」

「そんな! 殺生な! ぅうう……古兄ぃい…………」

 だが、古谷は無言のまま首を振った。

「こんなの…………こんなの、あんまりだぁあああああああああああああああああっ!」

 友樹の不幸を肴に舌の上で溶ける肉の味を噛み締めながら紅刃は視線を少しだけ落とした。

 四人で囲う賑やかな食卓がいつの間にか日常になった。

 それまで紅刃の食事とは生に必要な栄養補給に過ぎなかったにも関わらず、今は下らない一こまを楽しもうとする自分がいた。

 望みが叶い、異世界で充実感のある日々を送ることができている。少なくとも今の時間はかつて無為にしてきた時間よりもよっぽど濃く、退屈を埋めてくれる。

 だが、この世界は好きか?

 と問われれば、きっとまだ何も答えられない。それが、このぼんやりとした感情の正体なのだろう。

「アリス姉ぇええええっ! もう許して、許してよ~!」

「ほらほら~、サボっちゃ駄目ですよ、次はそちらのお肉をお願いしますね~」

「口じゃなくて手を動かせ、友樹」

 アリスに追従して紅刃が言う。

 古谷は申し訳なさそうに視線をそらし、

「…………ごめん、友樹君……それを……」

 一言謝ると、目当ての肉を指差した。

「あ、あんまりだ……ちくしょう……お前らの血は何色だぁあああああああああっ!」

 きっと、こんな日常は長く続かない。そんな確信に満ちた予感が紅刃の中には確かにあった。

(――まあでも、それまでに見つけるとするか。都合のいいことに招待してくれるらしいしな。学生は学生らしく、一度は去った学校とやらで) 

 延々と響く友樹の絶叫を聞き流し、紅刃は霜降り肉に舌鼓を打つのだった。











「主様、ティアです」

 重厚な扉向こうから凛とした少女の音色が響いてきた。

「入れ」

「はっ、失礼します」

 ティアは扉を開けると恭しく一礼し、臣下のような、奴隷のような、そんな隷属した態度を取っていた。

「あのな、俺の部屋は好きに出入りしていいって言ってるだろう。堅いんだよ、お前は……」 

 ガラス細工の意匠が鏤められたテーブルの隣、巨大でいかにも高級そうなソファーに寝転び散乱した書類の一枚を顔に載せたみことが言う。

 半ば呆れ交じりの言葉にも、

「不敬ですが故」

 ティアは実直に答えるだけだった。

「不敬、ね――」

 命は顔に乗せていた書類を手に持ちのけると、横目で少女の姿を見回した。

「どっちかってーと、そんのクソエロい格好のほうが不敬じゃねーのか?」

 幼さの残るティアの肢体を包む布――踊り子が着ている衣装のようなその服は、露出度が異様に高く、隠れているのは膨らんでいない胸の先端や腰周りなどの本当に大切な部分だけだった。銀髪の髪と褐色の肌を魔宝具スフィアの照らす光に晒し、小さな体躯を惜しげもなく見せ付けてくるティアの顔は平静を装っているが、微かな羞恥はあるのか頬が赤い。そして何より、首筋に着けられた赤色の首輪、アクセサリーのようなそれは奴隷のつけるような無骨なものではないものの、言いようのない背徳感を伝え物凄く艶かしい。

 命の抱いた感想はたった一つ。

 どう見ても痴女である。

「こ、これはエルフ族に伝わる正装ですので……」

 いつものようにティアは答えた。

 彼女が言うには、この格好は風を肌で感じ感応性を鍛え、感覚を研ぎ澄ませる正装であるらしい。確かに薄絹の衣のような服(?)は魔力を帯びていることから、並みの鎧よりも格段に防御力がありそうだ。首輪に関しては望まれたからとは言え、命が与えたものだからこそ文句は言えないが、それを除いてもやはり、

「どう見ても、痴――」

「正装です」

「アッハイ……」

 有無を言わせぬティアの眼光に、命は言いかけた言葉を取り消した。

 そうしなければ殺す、と少女が言っているような気がして。

「んで、エロリフ――」

「何ですか、その呼び方は!」

 仕方なく呼び方を変えた命に再びティアが激昂した。

 何が一体不満なのか。命は仕方なく説明する。

「エロくて、ロリで、理解不能な、エルフ、略してエロリフ」

「正装です! それに……、それにこんな格好、いくら私でも、あ、主様の前でしか、その……しませんから……」

 恥かしそうに身体をもじもじと動かしながら、指を合わせ、上目遣いで命を見つめてくるティア。

「ふーん、で、エロリア――」

 だが命は微塵も動じなかった。

「ふにぃいいいっ! 主様ぁああっ!」

「冗談だ、ほら、変に畏まらず、大人しくこっちに来い」

 激しく情緒不安定なティアに命がぶっきら棒に告げると、ティアはキョロキョロと辺りを見渡し、やがてゆっくりと命の座るソファーに近づいた。そして身体を起こした命の膝にちょこんと座る。

「んで、どうしたんだティア」

「砦からの報告書と――椎名様から主様への手紙です。お届けに参りました」

 命はティアから魔法で封をされた手紙を受け取ると、柔らかな銀糸の髪を撫でてやる。

「よしよし、良くできました~」

「こ、子供扱いするな~!」

 すっかり言葉使いが乱れたティアの頭をより一層撫で回してやる。

「ほらほら、ここがええんか、ここが~」

「そ、そこは、んっ……耳はダメっ……あっ……」

 体はティアを弄びながらも命の意識は、椎名からの手紙に向けられていた。さっと一瞥して、少しだけ頭を回す。

「あ、るじしゃま……椎名しゃまは……何と……」

 荒い息を必死に整え、手紙を眺める命にティアが聞いてきた。

「国境の魔族共の動きが活発化してるらしい……近いうち大規模な侵攻もありえるかもな……ったく、リンフィアの汚染といい、ダリル村の襲撃といい、魔族は何を考えているのやら……こっちは、新たな勇者の教育で忙しいって時によ……」

「そういえば、もうすぐ火の月ですね、王国の勇者の担当は主様ですか」

 命は心底陰鬱そうなため息をこぼし、口を開いた。

「できることなら勇者なんて苦行、神に押し返すべきなんだろうけどな……」

「……? 何か、ご不満なのですか?」

「何でもねーよ、ティアは可愛いな、おい」

 そう言って、誤魔化すように膝に座るエルフの頭を撫で回す。

「ふにぃいいいいいっ! 撫でないでぇええええー!」

 艶かしい少女の悲鳴が夜闇に隠れた一室に、誰に聞かれることも無く反響し続けた。

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