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チュートリアル(1)

「うわーっ! 武器が! ちょ、待って! タンマ、タンマってば!」

 耳障りな金属音と共に弾き飛ばされた鉄剣を背に、呑気な声を上げる仲間の姿を見て、紅刃は思わず内心でため息をこぼした。

「うあっ! 危なっ! ひ、卑怯だぞー、お前っ!」

 金属のような輝きを持つ体毛に覆われた剛腕を寸での所で回避しながら、友樹は叫び続けていた。

 仮にも人外の魔物と命を懸けた殺し合いをしている最中に発していい言葉ではないと思いながらも、きっとそれは余裕の表れなのだろうと納得する。 

 《勇者システム》に与えられた加護の強大さを改めて認識していると、友樹から救援を求める声が飛んできた。

「豊姉~、助けて~! ヘルプ~、ヘルプー!」

 呑気というか、無防備というか、戦闘という行為の最中であるという自覚を抱かない友樹に呆れを抱きながらも紅刃は広く状況を見渡していた。

 味方の位置と敵の位置。

 地形と環境。

 さながらゲームに映るミニマップを眺めるような視界で既存のフィールドを把握し、冷静に見極めながら思考を纏める。

 敵は変わらずに一体。

 増援の気配はなし。

 なら、このままでいいか。

 僅か数コンマで決断を下すと、ヘマをやらかした友樹の穴を埋めるために指示を飛ばす。

「アリス、交代スイッチ。古谷はそのまま三階位二節、詠唱、待機」

 長槍を持ったアリスは微かに頷くと、何の躊躇いもなく維持していた中距離を捨て、巨大熊の魔物へと距離を詰めた。

「友樹君は~、後でchastiseしないとですね~」

 恐ろしいほどに整った小顔を包む金髪の髪が風に舞った。

 アリスは友樹が剛腕を回避し、バックステップで距離を取ろうとした瞬間に、

「はっ!」

 愛らしい気合いと共に大熊の進路を阻む細やかな突きを幾度も放った。

「アリス姉、ちゃ、ちゃすたい、ず? って何! ってか、もしかして怒ってる?」

 アリスと前衛を交代し、弾き飛ばされ大地に突き刺さった剣へ向かいながら友樹が言う。

 アリスの怒りは至極当然のものだ。友樹はシステムから武の加護を与えられている。ただ乱暴に振り回されている熊の猛碗を受け流し、壁役として時間を稼ぐことは容易く行えたはずのなのだ。

 にも関わらず、武器を失うという致命的なミスを犯したのは、未熟な心構えと好奇心旺盛な年齢とが相まって、つい力比べに及んだ油断と慢心に他ならない。

 結果、その尻拭いをするのは仲間であるアリスだった。その怒りが最もであることは紅刃も理解できていた。

「ねぇってば~! 怒んないでよ、ってか豊姉~、ちゃすたいずって何?」

(知るか、私に勉学のことなど聞くな。英語なんぞ、ハローくらいしか知らん)

 そんな紅刃の内心を察したのか、

「……チャスタイズ……日本語だと、確か『折檻する』……」

 紅刃の背後で詠唱を終えた古谷がぼそりと呟いた。

「ぅえ~! ちょ、ごめんってアリス姉! 許して、もう油断しないから~!」

 必死に謝罪を重ねる友樹に、アリスは何も言わず、ただ天使のような微笑を浮かべるだけだった。

 紅刃は眼鏡をかけた暗そうな印象を受ける古谷に関心しながらも、意識は常に戦闘へと向かう。そうしている人間が一人はいなければ、安全が保障されたこんな訓練でも万が一が起きる可能性があるからだ。

 ようやく剣を握りなおした友樹を見て、紅刃は口を開いた。

「バカ友樹、あんたのドジで余計な手間と危険が生じたんだ、ケツくらい自分で持ちな」

「分かってるよ、ってか豊姉は相変わらず言葉が汚いなー。綺麗な外見が台無しだよ、アリス姉を見習ってみたらどう?」

「余計なお世話だ、そもそも、ケツを拭うに上品な言い方も糞もあるか。臀部をお拭いになりなさい、とでも言えば上品だとでも言うつもりか?」

「そうじゃないけどさー、はぁ……」

 仮にも女性である紅刃の言動に、言いようのない感情をため息で表現する友樹。

 戦闘の最中、背後の会話を聞いていたアリスはくすくすと微かに笑った。

「豊岬さんは~、言動が残念ですからね。損してるとアリスも思いますよ」

「うるさい、余計なお世話だ。それと、戦闘中だ、アリス」

「は~い。じゃあ、友樹君、後よろしくね~」

 槍という武器の持つリーチを生かし、いくつもの手傷を与えたアリスは怒りの咆哮と共に振り下ろされた一撃を迎撃し、大きな隙を生み出すと、より攻撃力の高い前衛職アタッカーに道を譲って入れ替わる。

 友樹は弾丸のように加速された勢いをそのまま鉄剣に乗せ、腕を開き無防備となった大熊の懐に潜り込むと地を踏みしめ体重を乗せた剣撃を見舞った。

 異形の怪物、全長は六メートル以上はありそうな大熊の強靭な筋肉に亀裂が走り、鮮血が宙を舞った。

 怯む大熊に友樹は近距離まで接敵すると、胸に付けた傷めがけて蹴りを放つ。

 衝撃と共に大熊は前へ、反動と共に友樹は後ろへと大きく距離を離した。

「今っ!」

 逐一戦況を見渡していた紅刃は友樹が大熊と距離を離した刹那、古谷に魔法の発動を命じた。

「求、第三階位、二節――――灼火の大鎌クリムゾンサイズ

 古谷の魔力を代償に、赤熱された猛火の大鎌が顕現した。

 煌々とした焔は、明確な破壊の意思を持って大熊の頭上から振り下ろされ、強靭な筋繊維をいとも容易く溶断した。 

「さっすが、古兄の魔法は相変わらず凄まじいや! 俺も、なんか使ってみてなー、魔法っ!」

 息絶えた大熊を背に、友樹が古谷を称賛した。

 大熊と共に溶断した大地が赤熱され、赤黒いマグマのように煮えたぎり、ゴポゴポと物騒な残響を立てている。

 確かに、魔法は見栄えも派手さも、そして肝心の破壊力も大きい。その分、三階位の魔法ともなれば発動に繊細な制御と集中力、そして時間を要する。

 それを稼いだのは友樹とアリスなのだから、一概に古谷の手柄が大きいと言い切ることはできない。

「それはそうと友樹、てめーはまた遊び半分で戦いやがって。いつまでもんなことやってると、死ぬぞ、いつかな……この世界はゲームでもなければ妄想でも、理想郷でもない。理解してんだろ、お前も」

 紅刃の言葉は体の底から相手を凍えさせるほど、ひどく冷たい。

「そうですね~、性根が腐ってそうな豊崎さんも別にいじわるで言ってるわけじゃないんですよ~、不器用ながら心配してくれてるんですよ、友樹君」

「五月蝿い、しばくぞアリス!」

 剣呑な紅刃の言葉にも、アリスは柔らかな笑みを浮かべるだけで受け流してしまう。

「照れない、照れない~」

 ひどくと整った顔にアイアンクローでもかましてやろうかと考えていると、落ち込んだ友樹が口を開いた。

「ごめんってば……分かってるけど、わくわくしたり、ドキドキしたりで……つい……でもでも、次からはちゃんと真面目に戦うよ! 僕が皆の前で戦う! それに――」

 沈痛な面持ちからすぐに立ち直った友樹は決意を新たに宣告した。そして、一呼吸を置いてから続ける。

「それに、僕等は死なない! だって、豊姉がいるんだもん! 負けるはずないし、負けそうだったらすぐに逃げろって言ってくれる、そうでしょ?」

 ただでさえ純真だと紅刃に思わせてくる少年。友樹はこれでもかと言わんばかりに澄んだ瞳で紅刃を見つめてくる。

 その絶大な信頼に、目を背けたくなる。

 別にそんなつもりは最初から無かったのだ。

 仲間を救うだの、上手く戦うだの、誰かを助けるだの、そんなこと全てどうでもいい。

 ただ私は――

「…………うん……大丈夫、豊崎さんは……すごいよ……」

 控えめながら古谷も友樹に同調する。黒縁眼鏡の奥に隠れた眼光には信頼の輝きが見て取れた。

「名前の物物しさも凄いですけどね~」

「黙れアリス、泣かすぞ!」

 紅刃は硬く握られた拳骨を容赦なくアリスに叩きおろした。

「いひゃいな~、もう……暴力反対です」

 小さな頭を撫でながら涙目で抗議するアリスの瞳も、本気で嫌がっている様子ではない。

 下らない戯れを楽しむような、そんなごく普通の交友関係。

 けれど、紅刃にとっては未知の感覚だった。

「いつまでもふざけてないで、さっさと騎士団に報告だ、行くぞ」

 各々の返事を背に受け、紅刃は逃げ出すように歩み始めた。

(――私はただあの退屈な世界を抜け出したかった、ただそれだけなのに……どうして、こうなったのか……)

 悔恨の道を歩くように、紅刃は過去の行いを思い起こしていた。

 願いは叶った筈、それなのに心の中に残る理解不能の靄。

 その答えを探るように。

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