プロローグ
馬車に揺られて七日、小窓から差し込む光が薄っすらと橙色に染まる頃、紅刃一行は勇者の街――グランフィリアへと足を下ろした。
街を上空から見渡せばグランフィリアはほぼ六角形の様態を取り、整備された町並みに放射状の街路が広がっている。歩み行く人々がふと空を見上げれば、道の終着点には日々の生活に『時間』の概念を与える魔宝具、《時刻みの鐘》が天を目指し聳え立っていた。
街の何処からでも見渡せる時計塔の下――その場所こそがこの街が勇者の街と呼ばれる所以なのだ。
王国、帝国、神聖国、それら全ての勇者が集い、学び、巣立つ学び舎。
通称――――箱庭。
広大な領域に、ぽつりと立つ一棟の建物に案内された紅刃達は中で待機するように言われ、談笑に興じていた。
「僕達を担当する命って人、どんな人なんだろー、楽しみだね、皆」
紅刃達のパーティでは最年少である友樹が楽しげに声を発した。
「……何でも、《最古の勇者》とか《勇者王の右手》とか言われる生きる伝説の人らしいけど……」
それに、答えたのは古谷だ。
眼鏡の奥に感情を隠し、控えめな声量で申し訳なさそうに言うその姿は一見頼りないが、古谷の言うこと、あるいは伝える情報はいつも的確だった。
「え~、でもでも、《勇者王》って御伽噺に出てくる千年くらい前の人ですよね。今も生きてるって、それどんだけお爺ちゃんなんですか~、アリス加齢臭漂う教師とかいやだな~」
失礼極まりない発言をアリスがしたと全くの同時。
前方に仕立てられた木製のドアが音をたてて開くと共に、一人の男が足を踏み入れた。
「おい、そこの糞ビッチ、誰が爺だって? もう一回言ってくれよ、お兄さんちょっと年を取っちまって耳が悪いんだわ」
威圧の篭る重い声。
殺気や敵意は全く篭っていないが、目つきの悪い眼光を向けられたアリスが震える。
ただ睨みつけられただけ。
だが、命の視線はそれだけで人をどうしようもない恐怖の底に落としてしまう。
アリスの傍にいた友樹は思わず腰に帯びた剣の柄に手をかけているほどだ。
「いや……あの、えっと……アリスは別にビッチじゃ――」
「あぁ?」
「その、ごめんなさい……」
その中で紅刃はただ一人だけ状況を正しく認識し、珍しく余裕のないアリスを内心で笑った。
「謝ればよし。ったく初対面の人間に適当な予想をつけるんじゃねー。相手がその上を行った時、あっさりと死ぬぞ、全く……」
紅刃はアリスの暴言を咎める男の視線に真剣さを感じていた。
だからこそ、友樹のように警戒することなくただ傍観を決め込んだのだ。
珍しいものが見れたと思いながら命を観察してみる。
身長は百七十近くある紅刃より少しだけ高い。外見は二十歳をやや越えたくらいに見え、全体的に細身だが、その肉体の密度は人の領域を超えているようにも思えた。黒衣に身を包み腰や胸、様々な場所に魔宝具が仕舞われていることを紅刃の《感覚》が知覚した。腰には刃渡りの短く重厚な黒鉄のナイフと白色のナイフがそれぞれホルダーに収められている。RPGで言えば盗賊や暗殺者といった職種だろうか。
そこまで紅刃が分析すると、
「へー」
命が微かに視線を向けた、ような気がした。
他の仲間には悟られないほんの一瞬、だが鋭い視線を紅刃は確かに感じた。
「さてと、まあ俺がお前ら新米勇者の担任になる予定の命だ。たった数年だが、どうなろうとそれなりに付き合うことになるだろう、よろしく」
紅刃は命の言葉に違和感を覚えた。
予定。
つまり、まだ誰が担任になるか決定していないのか。
そう思った紅刃の言葉はすぐに否定される。
「まあ、新学期が始まるのは来週、火の月からだがその前に――」
――お前ら、勇者なんて止めちまえ――
それが、新米勇者豊崎紅刃、その物語の始まりである。
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