第二十三話 しあわせ
「いっくぞおおおー!復讐軍は目の前の敵を殺すのだー!」
「………」
今回もまた、主催者はおもちゃで『戦争ごっこ』をしていた。彼女はこの遊びが好きだ。これで私と戦争して全て勝利している。彼女の国はどんな策を練っても、負けることはない。これで0勝10敗だ。私が動かしていた国は、ほぼ壊滅状態だろう。それを決定付けるかのように―――主催者はジェンガで立てられた私の国を両手で押し倒し、破壊した。ガシャーンと音を立てて、私の国は主催者によって滅ぼされた。
「どーぉしたの、デイモ。まただんまり?あの役立たずを片付けたときは喋ってたのにさあ~。あゆむ、つまんなーい!」
「…………」
「なあに?それとも喋りたい時と喋りたくない時があるの?すごく面倒くさい、そんなのただの壊れた人形―――」
―――人形。
その言葉を聞いた瞬間、私は光の速さのごとく、懐から彼女から配布された銃を取り出し、額に突きつけた。ふーっ、ふーっ…と息があがっている私は、彼女が鬼達を生かしている『主催者』であるにもかかわらず、物凄い目力で睨みつけていた。
「…ふっ、きゃっはははははははは!!あゆむねーっ、デイモのそういうところ好きだよぉお~!自分の価値を認めてもらえない人間はこの世にはいらないもんねえ!?それが例えどんな大切な人であっても!
殺してしまいたよね!?ねえ?ねえ!?デイモ!」
「っ…」
それでも銃を向けた彼女の威圧に負けて結局は銃――リボルバーを下げる。彼女は私が銃を向けたことは期にしていないようだ。それだけ、手下の中で気に入られているということだろうか。嬉しいようで、嬉しくない…。
「ねえ、あゆむは知ってるよ?デイモは人形なんかじゃないってこと。だって、ねえ?初めて会った時に証明したじゃない、あの日に…」
*******
それは私が、まだフランスにいた頃の話だ。普通に暮らしていた私は、共働きの両親と久しぶりに出かけた先でテロ事件に巻き込まれるなんて思ってすらいなかったんだ。
そのテロを起こした男女数人らは、今の市長のやり方が気に喰わなかったようで爆破予告を出したにも関わらず無視して勝手に爆発させた。警察の調査によると日本のドラマでよく見るC4爆弾で、犯行グループの中に元・軍人をしていた人がいて辞める時に盗んできたのだという。
………その話は、巻き込まれた私が耳にした話でこれより詳しいことはわからなかった。
被害者である私の事情聴取をするために何度も警察がやってきた。毎回毎回、その話をされて気がめいりそうになった。助かってよかっただとか、ご両親の事は残念だった、とか似たような話ばかりでいつのまにか私は面会謝絶をするようになって心も閉ざすようになっていった。
「………もう、やだ……死にたい……」
病室のベットに座ってそんな事を呟いた。ふと顔をあげると鏡があって自分の暗い表情が写っていて、見るのも嫌だった。
眼帯で隠された火傷の跡―――幸い失明は免れたが、目の周りの火傷の跡は消えることは無い。それが、自分が何もかも失ったという『証』のようで消えない契約を交わしているみたいだった。
それから流れるように時は流れ、退院した私は父方の親戚の家に預けられることになった。アシュネット家はどうやら少し裕福な家庭のようで、見た目も大きさも相当だった。
「今日からあなたは私たちの【娘】よ。だから遠慮しなくていいからね」
「は、はい―――」
「それと、近々日本に引っ越す予定なのよ。それまでに慣れないといけないわね」
「そう…ですね…」
日本―――確か、文化が他の国と違って特別でとてもいいってテレビでやっていたな。どんなところなのだろう、と想像しているといつの間にか目的地についていたようだった。
「ここよ、降りて」
「わあ…」
そこに広がっていたのはとても大きな庭。ここにわずか5人家族だなんて信じられないほどだ。すると玄関から少し太めの男性とすらりとした体型の若い男女が出てくる。
「連れてきたわよ、この子が私の姪っ子よ」
「やあやあ、我がアシュネット家へようこそ。私が主人のグラッド・アシュネット、そして君を
ここに連れてきたのがアメイル。そして息子ハイエル、妹のカッツェルさ」
「よ、よろしくお願いします。デイモ・アスフェルトといいます、お世話になります…」
あまりの顔の整いが良すぎて見ていられなかった。深く深くお辞儀をすると「やだ、そんなかしこまらないでよ。やりづらいわ」とカッツェルはデイモの頭を上げさせる。
「私たちに可愛い妹が出来たのよ、こんなに嬉しいことはないわ!今日はお祝いよ!パパ、ママ!」
「………」
カッツェルと違って彼女の隣に立つ長男のハイエルは自分を突然やってきたよそ者と見ているのか、睨んで目もあわせようとしてくれない。
「あ、あの…」
「フン、また厄介者が増えたな」
そう言いながらハイエルは家の中へと入っていってしまった。ハイエルの態度にカッツェルは口を尖らして「何よもう…」と愚痴を零した。彼女の気持ちもわかるが、ハイエルの気持ちもわからなくもない。いきなりこんな眼帯をした気味の悪い女の子が自分の義理の妹になるだなんて自分だったら嫌だ。
「ごめんなさいね。ハイエル、本当はいい子なのよ。気にしないでね」
「は、はい…。すみません」
「ふふ、じゃあ家に入りましょ」
少し年上のきょうだいが居なかった私にとって、それは嬉しいものであった。前の家族は共働きで一緒にすごす時間が少なかったため、私は家族の「愛」というものに飢えていた。朝、目覚めても両親の姿はないし会えるとしたら夜中だけだったのだ。だから、あの時のお出かけは本当に楽しみにしていたんだ。
なのにどうして――――
「どうしたの?」
「……私が、私なんかが幸せになっていいのかな」
ある日、ボーっとしていた私にカッツェルが心配そうに話しかけてきた。そこにハイエルとお義母さんたちの姿は無く、私はカッツェルと二人でリビングで過ごしていた。
「どういうこと、デイモ?」
「……姉さんは、私があの時に爆破テロに巻き込まれたのは知ってるでしょ、私のお父さんもお母さんも死んでしまったこと」
「…ええ」
「でも、私だけ生き残ってしまったから。私だけ幸せになっていいのかな、って。お父さんとお母さんは、私が幸せになることを恨んでいるんじゃないかって」
「デイモ」
カッツェルが私を包むように、優しく抱きしめる。
「あなたは幸せになっていいのよ? 今まで家族と過ごす時間が少なかったその空白の部分を、私たちが埋めてあげるわ」
「………うん」
このとき、私は確信を持っていた。きっとこの家族なら寂しさを忘れられるんだって。
もちろん、本当の家族だったお父さんとお母さんが嫌になったわけではない。願うならもう一度、両親に会って今まで伝え切れなかったことや感謝の言葉を伝えたい。でもそれは叶わなくなってしまったけれど、この先の未来、この家族達なら出来る気がしたのだ。
この家族たちとなら、きっと幸せになれると思った。
この時だけは。
「……無理だよ」
「何度言えばわかるんだ、お前は。私たちのあの子が帰ってきたんだぞ、これは神様が与えた奇跡に違いないじゃないか」
「そうよ、私たちのあの子が帰ってきたのよ。だからたっぷり愛してあげなくちゃね」
「二人の言うとおりにしたほうがいいわ、これはきっとそうしなきゃ駄目」
「…ああ」