第十七話 目を逸らした犯罪者
あれから何があったのか、全く覚えていない。気がつくと私は両手に手錠をかけられていて、一台のパトカーへと屋敷から歩いていたような気がする。歩いている途中、それを見に来た人々が私に怒声や罵声を浴びせたり、何かを私に向かって投げていた。警官はそれに対して怒っていたけれど、私は何の感情も抱かず、ただうつ向いたままパトカーへ乗った。
「緑川ハヤテさん。貴女は自ら両親が経営している会社を潰した、間違いありませんね?」
「……………………はい」
「貴女のしたことの罪は大きい。恐らく、死刑は免れないでしょう。もう、元には戻れませんよ」
「……………………はい」
警察官の話など、全く耳に入ってこなかった。私はまるでロボットのように「はい」とだけ答え続けた。
警察署に到着してから、どれくらいの時間が経ったのだろう。暗くて冷たい牢屋の中で、私はあの日のことを思い出していた。あの日、あの時―――てるてる坊主となっていた両親。まさか、首を吊って自殺をするなんて、1ミリも思っていなかった。
「……どうして、死んだんだろう……。二人が死ぬことは正しかったって言いたいの?…ううん、違う。間違っていたんだ、二人が死ぬなんてそんなの望んでなんかいなかった、じゃあ私が間違っていた?全部、全部、やってきたことの全てが間違っていた?」
私はただ、ただ、二人に自分を見てもらいたかっただけなのに。だって、だって二人はいつも仕事ばかりで、私のことなんて全然見てくれなかった。私よりも仕事を優先して、会社を大きくしていった。憎かった。二人を奪う存在が。だから、壊したのに。壊したら、今度は自分を見てくれるって、そう信じていたっていうのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう?
(私が全部、間違っていたっていうの…?私はただ、二人に自分を見て欲しかった―――愛して欲しかっただけなのに)
―――違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う違う違う違う違う間違ってない違う違う違う違う違う違う違う…!!!!
私は間違ってなんかない!間違っているのは、間違っているのは私なんかじゃない!私は悪くない、悪いことなんてしてない!正しい!!正しいんだ!!!こんなの認めない、認めるもんか!間違っているのはこの世界だ、この世界が一番間違っているんだ、私が、私が一番正しいの、こんなの変だ、変だおかしい、腐ってる、腐ってる!!私が正しいんだ、悪いのはこの腐った世界だ。嗚呼、なんて愚かなんだろう。どうして私はこんなおかしくて間違った世界に生まれてしまったんだろう?こんな世界なんか無くなってしまえばいいのに!!こんな世界がなくなったら、もし無くなったら、私の思い通りの世界になればいいのに。私だけが正しくて、みんながそう思ってくれる世界が欲しい……!!!
「っは、はは…、はははははは!あっははははははははは!!」
「!?」
突然、真後ろから子供の笑い声が聞こえた。その小柄な身体を持つ子供のその声は、女の子だった。どうして子供がこんなところに居るのだろう。まさか、私と同じ犯罪者?
…いや、もしそれなら罪を犯したとしても、その保護者が罪に問われるはずだ。親が裁判にかけられていて、その子供がここで待たされているのだろうか。
「そぉだよねえ~!認めたくなんか無いよねえぇ~!?自分の思い通りにならない世界なんて、さ!」
「は…? …何…言ってるの、あんた…?」
「わかるんだよぉ、お姉ちゃんの気持ち!」
「え…?」
クスクスと笑う一人の女の子。ブカブカで袖の余っている洋服、大きくすぎて目が隠してしまっている茶色い探偵帽子。そこからチラリ、と見えた赤い瞳が私の背筋を凍らせた。
「この世界は決して平等なんかじゃない。自分が正しいと思っていた発言や主張や行動が、相手にとっては不都合で、時によって罪だとも言われてしまう」
「……!」
「可哀想だよね、自分の行いが認められないなんてさ」
「……あんたに何がわかるっていうのよ!!こんな見ず知らずの私の事なんてっ…!」
「わかるよ?だってお姉ちゃん、心が真ーっ黒!心が真っ黒な人を探していたんだぁ~。そうしたら思い通りの世界を作れるから」
「思い通りの―――世界……?」
私はその女の子が言った「思い通りの世界」という言葉に反応した。だって、私も心のどこかでそれを思い描いていたから。何もかもが平等で、誰もが認められて、理想の家族が作れる――そんな世界だ。だけど現実は違う。不平等で、争いが耐えず、犯罪ばかり起こる腐ったこの世界だ。そんなのいらない。私が望む世界だったらいいのに、そうだったらどんなに楽か。
「―――成程ね…。ねぇ、お姉ちゃん。あゆむのところにおいでよ、そうしたら一緒に『思い通りの世界』を作れるよ」
「……ホンとうニ?」
「うん!あゆむは嘘付かないよ。それにお姉ちゃんの他にも仲間がいるよ!それに思ったとおりの真っ黒な心の持ち主だから、仲間に入れたげるよ! …あ、嘘じゃないよ?本当なんだからっ!
だから、お姉ちゃんも嘘を付かないでね―――…?」
気が付けば私は、彼女の差し出された小指に、自らの小指を絡ませていた。
≪ 指切り拳万♪ 嘘付いたら、針千本飲ーますっ♪ ≫
『 「 ――――指切った♪ 」 』
そう、これも間違っていなんかいない。
間違っているのはあいつら、外の世界の人間なんだ。あいつらは重い罪を持っている。だから断罪してやるの。正してやるの。主催者さまに言われたとおり、このゲームの参加者を犯罪者として殺してやる。疑ったりなんてしない、だって主催者さまが一番正しいから。彼女は間違ったことなんて言わないし、間違った行動もしない。これだけは絶対だから。
だって、指きりしたもの。主催者さまに『嘘はつかない』って。
「何人くらい犯罪者を『仕掛け』で殺しただろうなーぁ~、もしかして他の子たちより多くて新記録出しちゃってたりして…。クククッ…」
【僕】がしたことは、完璧に正しくて、決して間違ってなんかいないんだ。
僕は主催者さまと一緒に思い通りの世界を作る。何も間違ったことなんて起きない、清く正しい世界を。だから、興味本位で入ってきた犯罪者や、主催者さまが招待して、殺してほしい犯罪者を連れてくるのであれば遠慮なくそいつを断罪して、殺してやるんだ。主催者さまの思い通りの世界づくりを邪魔するのであれば、原型なんてわからなくなるほどに殺してやる。
だから、主催者さま。今しばらく待っていてください。
「さぁて……、間違った奴らはどこかな~」
あの4人を断罪したら、私と一緒に『世界』を作りましょう――――…
『指切リゲンマン♪嘘ツイタラ、針千本 呑ーマスっ♪
―――――指切っタ。』