第十五話 私を見て
――――燐くんが、教室に入っていきなり倒れてからどれくらい経ったのだろう。
何度揺さぶっても起きなくって、どうしたらいいかわからなくなってしまった私も、視界がゆがんで気絶してしまった。多分、私も目を覚まさないんじゃないかと思う。もし、仮にそうなっちゃったらあの二人はどうなるのかな。
(それより、私はどこに向かっているんだろう。まるで水の中に居るような感覚だわ)
波のように音を立て、流れ、私をどこかへと運んでいく真っ暗な空間。ずっとずっと身を任しているのに、何も見えてこない。音もしないし、誰もいない。だけど、自分の声を出すことは出来るし動くことも出来る。泳いで進んでみるしかなさそうな気がしてきた。
「進んでみるしかないのかしら…」
泳ぎはあまり得意ではないけれど、進めればそれでいい。そう考えた私は、足を動かそうとした。
――――カッ……
(!? …な、何!?眩しいっ…)
突然、奥のほうから白い光が見えた。それは段々と広がっていき、眩しくなって腕で顔を塞いだ。
「うう…、一体なんだったのよ―――って、え?」
顔から腕をどけると、そこは見知らぬ大都会の街の中だった。見上げると、首が折れそうなほど高いビルがいくつもあって、人も多く騒がしかった。店で宣伝をしている人、友達と話している人、何やら選挙活動している人…、とにかくまわりに人、人、人。
「一体、何がどうなっているのよ…。気絶したと思ったら、いきなり知らない大都会に…」
とりあえず歩いてみて、ここが何処なのか通行人に聞いてみよう。ワープやら何やら移動してしまったみたいだけど、私はきっとまだゲームに参加しているはずだから、いきなり現実世界に帰って来てしまったなんてありえないはずだ。私は、そこにいた大学生らしき女性に声をかけた。
「あの、すみません、ここって何処だかわかりますか?」
すると、私が話しかけた大学生は私を見て目を見開き、嫌なものでも見るかのように、すぐに後ろへと引き下がった。
「えっ?!何、誰!?誰か居るの!?」
「えっ、あの…」
「やだ~、こわーい!」
「………」
走って行ってしまった…。どうやら、私の姿は見えていないようだ。
(こんな現実味のある街なのに、私の姿が見えてないってことは普通じゃないわね……)
さて、どうしたものか。この街の人間が、私を認識することが不可能であるなら、このヘンテコな空間の出口は、自力で探すしかなさそうだ。
(……しょうがないわね…。辺りを歩いてみるしかなさそう)
街の歩道を、人を避けながら歩いていく。見えてないとわかっていても、どうやら触れたり、話しかけることは出来るらしいから、ぶつかったら大変だ。もし、ぶつかったら、「透明人間だ!」なんて、騒がれて連日ニュースで報道されて、大事になってしまうかもしれない。
「ハヤテさん!!」
「―――えっ…?」
ハヤテ?
「この間のニュース見ましたよ、やっぱり社長さんの娘の着る衣装って可愛くって豪華なんですねぇ~!」
『ありがとーございます!』
「次の活躍も楽しみにしてますね!」
なんて言いながら、ハヤテという女の子と話していたその子は、自分を呼んだ友達のところへ戻ると、「きゃ~!話しちゃった~!」なんて話しながら、人ごみの中へと消えていく。
「……どういう、…こと…?ハヤテって…」
知らない人の名前だった。街を歩きながら、頭の中を整理する。
―――此処は、ゲームの中の世界。見覚えのない名前なのだとしたら、鬼の一人なのかもしれない。確か、波也は鬼達は元々は人間だったと話していた。それがもし、本当だとしたらこの世界は、ハヤテという人の記憶の中なのかもしれない。
「…とはいったものの、どうしたらいいのかしら。このヘンテコな空間から、脱出する方法を探さないと」
とりあえず、そのハヤテという子に近づいてみることにした。運がいいことに、私の姿は誰も見えていないのだから。
*
「お帰りなさいませ、社長、ハヤテお嬢様」
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
会社に帰ってきたときに、両親と私が、黒い服を着た人たちの前を通るたびに聞こえる、「おかえりなさい」の声。まだ元気で幼かった私は「ただいま!」なんて元気よく返していたけれど、時間が経つにつれ、面倒くさくなってしまった。そしていつも一緒にいる両親。だから、二人に「ただいま」なんて一度も言った事がなかった。
私のお父さんは、IT株式総合会社の社長で、その土台となっている会社全てを纏め上げている頂点といわれているすごい人らしい。お母さんも、社長夫人としてお父さんの仕事の手伝いをしている。だから、二人は私になんて目もくれず、用があるときしか私に話しかけないし、私の話を聞いてくれない。自分から話しかけに言ったって、「忙しいからあっちにいってなさい」といつも言われる。だから、仕方ないんだ。二人は、私なんかより仕事の方が大切なんだから。
その証拠に、私はお父さんに『情報を操る方法』を強制的に叩き込まれた。お父さん曰く、情報は地面に埋まっている金と同じであって、うまく探し出さなければそれは出てこないのだという。それを覚えてしまったせいか、学生だった私はそれを使ってテスト範囲を勝手に知ることができたし、ハッキングだってできるようになった。でも、それが覚えて出来るようになったって二人は、私を見てくれない。
「お父さん」
「何だね」
「お父さんは、この技術を私に教えて何か意味があるの?」
「決まっているだろう、お前を次期社長にするためだ。なぜそんなことを聞く?当たり前のことなのだから、余計なことはするな。わかったな」
「………はい」
いつも疑問だった。どうして私は、こんな地位の人間の子供に生まれたんだろうって。歩むべき将来だって決められて、行ってみたい大学すら選べなくて、友達も作ることさえ許されなかった。しかも、こんなに学校の成績は優秀なのに、二人は喜ばないし、いつも仕事ばっかり。
「…………」
実の娘がずっとずっと寂しがっているのに、そんなに仕事がいいっていうの?
私は、ただ見てほしかっただけ。
仕事をするなんかより、私と過ごしてほしかっただけなのに、何がいけないの?
私が何をしたっていうの?
「……っ、ふ、ふふ…っ、そうだ…、いい事思いついちゃった…!っは、はははははははははははは!!」
(私にはこの『力』があるんだ、それを使ってやっちゃえばきっと、私を見てくれるんだよね!?ずっとずっと見てくれるんだよね!!?お父さん、お母さん…!きっとそうに違いない。お父さんはきっと、このためにあの『力』を教えてくれたんだ。そうだ、そうに違いない!!)
だったら早く、早く早く早く早く早くやってあげなくっちゃいけない。お父さんとお母さんを縛っているものを壊してあげなくちゃいけないんだから!
私は自分のパソコンを起動させ、お父さんとお母さんを助けるためにキーボードを叩き始めた。
「待っててね、お父さん、お母さん…!私が助けてあげる、そしたら一緒に楽しくずっとずっと過ごすの!だから、お願いだからっ…」
―――――私を、見て。