第十一話 捜索開始
「一年前の捜索願が五件?」
「そうなんですよ~、ふわぁあ~ぁふぅ…」
大きなあくびをして、所々寝癖がついている部屋着の女性――野乃島理香は、特別な許可をもらってコピーされた捜索願ファイルを上司である竹道に見せる。その中には、高校生四人の捜索願が入っていた。
「茜 烈斗、上村冬希、上原冬花、緑川ハヤテ、デイモ・アスフェルト…」
「その五人の高校生が去年の今辺りに行方不明になっているんですよー、原因も不明ですし、手がかりは彼らが居なくなった場所に置かれていた携帯だけ。…先輩、これニオイません?」
背伸びをしながら言う部下の言葉に、竹道は「…ああ、確かにそうだな」と頷いた。まさか同じことが去年もあっただなんて信じられなかったが、これは共通点ともいえた。
「この中で帰ってきたものはいるのか?」
「いませんよ~、未だに帰ってきた子はいませんねぇ…。親御さんも、もう諦めているカンジでして。『どんな姿でもいいので帰ってきてくれればそれでいい』ですって」
「そうか、しかしこの茜烈斗という子は珍しい名前なんだな。女性だっていうのに…」
「ああ、その子ですか?一応、全員がどんな人間だったのか調べましたけれど…、特にその子はちょっと複雑だったんですよね…」
理香は茜烈斗を調べた時のことを話した。烈斗は殺人鬼に育てられた人間だったのだ。彼女の本当の家族は、烈斗がまだ6歳のときに二人の強盗に刺殺されてしまい、その窃盗犯が烈斗を誘拐し、育てていたのである。その二人の強盗は過去に何回も犯罪を犯しているようだった。
義理の父親となった強盗犯の男が「お前は俺の娘だ」と脅しを掛けるようになり、それは虐待まで発展した。それをずっと見ていたもう片方の強盗の女は、とくに助けることもなく住んでいる場所でただ家事をこなしているだけだった。
烈斗も限界にきていた。虐待をしながら殺人、強盗の方法を教える義父とそれを見ているだけで何もしない義母。こんな奴らに育てられた自分は穢れている。なら、あいつらが最初から自分の両親を殺していなければ、こんなことにはならなかったはずだ―――そう思い立った烈斗は、真夜中に二人を包丁で殺害した。そして、その後、彼女は自分だけの荷物をまとめ、その殺人鬼の家から去った。
「―――そこから、彼女は行方不明になっています。本部では道端で見つかった血痕のついている携帯が保管されています。その血痕から、二人のDNAがわかりました」
「そうか…、なら捜索願は誰が出しているんだ?」
「はい?」
「彼女には家族もいないし、その育ての殺人鬼夫婦も彼女が殺しちまったんだろ?」
「彼女の叔母ですよ。いやぁ綺麗な人だったなぁ…。私と同い年で旦那さんもイケメンで」
理香は実際に住所を調べ、彼女の叔母のいる家に訪ねたという。理香を見た彼女は驚いてしまい、真顔になっていたが、それでも家にあげてもらい、お茶を出してくれた。彼女が殺人鬼に育てられ、しかもその二人を殺害した話は既に把握していたようだった。それどころか、理香は彼女から「私と同い年くらいなのに、こんな仕事してて大変ね。頑張ってね」と応援されたらしい。それから話は少しだけ弾み、すっかり理香は二人と仲良くなってしまった。
「それで、今度夕ご飯でもどうかって誘われちゃったんですよ!娘さんや息子さんもまだ小さくて可愛かったなぁ~」
「へぇ…」
「『へぇ』ってなんですか!私がイケてないって意味ですか!?」
「いや、お前理想高いなぁって思ってさ」
「五月蝿いですね、これでも女の子なんですよ、お・ん・な・の・こ!!」
「はいはい―――って、おいちょっと待て」
ピタリ、と竹道の手が止まる。その目線の先には、デイモ・アスフェルトのファイルがあった。
「なんでコイツが行方不明になってんだ…」
「えっ、まさか先輩女子高生と知り合いだったんですか?うっわー、ありえない」
理香がベッドから身を乗り出してニヤニヤと笑う。
「そういうのじゃねえよ!!俺がまだ新米だった頃の話だ」
「それって確か数年ちょっと前ですよね?すごいなー、そんな短い間で出世するとか」
「お前も出世する努力とかしろよ?――で、こいつは俺が新米だった時に起きた事件の被害者だったんだよ」
「へえ?」
竹道はそのことを理香に話した。聞いている時の理香は驚きを隠せない顔をしていて、話が終わった後呆れた表情へと変わった。大きな溜息をつきながら、ゆっくりと身体を起こしてあぐらをかいて頭をかく。
「―――先輩、何でそれもっと早く言わなかったんですか。先輩、チョー重要参考人物じゃないですか、うーっわ面倒くさい」
「しょうがないだろ、ここら数年の前の話だぞ。そう簡単に思い出せるかっての、俺もいい年だし」
「知りませんよ、どっちみちこの事件の行方不明の三人と関わってるなんて…、あっちに話したら先輩が行方不明にした犯人じゃないかって疑われますよ」
「…だろうな」
「私、面倒くさいの苦手なんですけど。私、面倒くさいの苦手なんですけど。…大事なので二回言いました、次はありません」
理香の目つきが鋭くなる。こうなってしまった理香はもう誰にも止められないとカイカの新米の中では噂されている。題して『理香やる気モード突入』。それを悟った竹道は、「やってしまった。そうだ、こいつはこうなる時があるんだ」と思った同時に、少し考えてからそっと口に出した。
「野乃島、この事件はいちいち本部に報告せずに―――俺達で解決してみないか?」
「……単独行動ならぬ、二単独行動ですか?竹道さんはともかく、私、ヘタしたらやめさせられる崖っぷち状態なのに、バレたらやめさせられますよ?責任取ってくれるんですか?」
「それを考えての提案なんだが」
「………」
理香の表情がさらに呆れた顔になった。例えるなら「何言ってんだこのオッサン…気持ち悪い…」とでも言いそうな顔だった。
「………睡眠5時間くれれば協力します」
「よし」
理香はパソコン技術は優れているが、何より睡眠障害が激しく寝不足が酷いときは半日も仕事場に来なかったことが10回以上もあった。さすがにこれは…と思ったカイカの竹道の上司は、二人にすぐ終わるような仕事を回すようになったという。たまに徹夜するときもあったが、理香には十分な睡眠時間が与えられるので問題なかった。
「そういえば、先輩は歩ちゃんのいた孤児院に行ってきたんですよね?」
「ああ、ただ…」
「ただ?」
「孤児院でもやっかいもの扱いされていたらしいんだよ。彼女が預けられたのは、両親が死んですぐ後なんだ。家が火事になって、歩だけが助けられた。それだけじゃない、両親が死ぬ前に一緒に住んでいた、叔母も亡くなっている。随分、まだ若かったらしくて姉のような存在だったようだ。叔母が死んで、その次は両親―――そりゃあ、いい顔されないよな」
「そうだったんですか…」
「いい家に引き取られてよかったですね、あの子。で、その家が竹道さんの知り合いのあの少年の家だったとは…」
「俺も思わなかったよ、お母さん似ているなとは思ったが…。」
「世の中色々ありますねぇ、ほんっと」
理香の話に頷きながらも、竹道は頭を掻いて悩んでいた。
(なんでコイツもコイツも行方不明になっているんだよ…)
少なくとも今回の事件に自分自身が関わっていることは、まずいことはわかっていた。自分が新米だった時に知り合ったあの中学生の三人が行方不明だなんて、冗談でも笑えない話だ。
デイモ・アスフェルト、白川波也、空野燐―――…
他の行方不明者もそうだが、竹道はこの三人を絶対に見つけ出さなければ、と自分に言い聞かせた。