第十話 違反者
俺の姿を見たデイモは、目を見開いた。そして次の瞬間、奇声をあげた。突然の事で周りの人間が落ち着きを無くす。予想していたことだったが、やっぱり、俺を見て怯えたのかと思うと少し落ち込む。
「動いたら駄目だ!傷が…」
「やだ!やだ!!やだあああぁぁ!!」
「……っ」
どうすればいいのだろう。彼女にとって此処には見知らぬ人たちばかりだし、それに、俺を見て怯えているなら、俺が落ち着かせても怖がらせるだけで意味がないんじゃないかって思ってしまう。一番、安全な方法を考えてみたが、一つしか思い浮かばなかった。どうなってしまうかはわからないが、試してみるしかないだろう。
「デイモ!」
俺は、彼女の手を取って、優しく握る。
「やっ…、や!やあぁ!!」
「燐、やめろ怖がらせるだけだ――――」
そして、一呼吸置いて――――…
「好きな『漢字』は?」
「っ…!!」
その質問を聞いたデイモは動きを止め、奇声を発するのをやめた。どうやら俺の言葉は届いているようだ。彼女は俺の目を見る。まだ怖いのだろうか、息は荒い。人差し指だけを挙げた手を恐る恐る動かして、もう片方の俺の手に当てる。俺はその手のひらを彼女に見せると、彼女はゆっくりと『人』の字を描いた。
「――――そうか、俺もその漢字が好きだよ」
「っ……」
デイモはそのまま、泣き崩れてしまった。それから時間は刻々と過ぎていった。デイモの身体の回復はさほど問題はなく、全治二ヶ月で退院できるらしい。ただ事故のショックが大きいのか、喋ることに恐怖を感じているらしい。だから、見舞いに来たとき、彼女と会話するときは常に『筆談』だった。「筆談じゃなくても大丈夫になれば、自ら話すようになるといいんですが、彼女にとっての問題でしょうね」と担当の医師は言った。
そして、俺と白川先輩は逮捕された二人の証人として裁判に出た。そこにはデイモの両親も来た。白川先輩と俺は、全てを一つ残らず、この冷え切った箱のような場所で全てを白状し、両親に謝罪した。危害を加えたのはあの二人だが、仲間として、責任は俺たちにある。そもそも、喧嘩をふっかけたのは俺だ。俺が、優しく「やめてやれ」と止めてあげられたら、デイモは事故に遭うことなんてなかったのに。そう白川先輩に言うと、彼は苦笑いした。「そりゃ『嫉妬』だな」なんて。
ただ、彼女の両親は俺に対して、「もうあの子に会わないでくれ」と言われた。それは、予め予想していたことだった。当然だ。自分の娘に危害を加えた人物の仲間と娘を会わせるなんて、俺でもしない。俺はそれを了承し、最後に、彼女宛に手紙を書いた。『今まで、ありがとう』と、ただそれだけ書き残して。
(………結局、告白は出来なかったな)
俺は、デイモのもとを離れ、そのまま疎遠になった。俺の世界に、彼女はもう何処にも居ない。居なくなってしまったのだった。
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「どう?これが君の罪だよ」
映像を見せ終わり、姿を現した緑鬼のハヤテがまるで、「くだらない」とでも言いたげに俺を嘲笑う。その手には、どこぞの将軍が持っていそうな日本刀のようなものがあった。相変わらず、この風は止んでくれない。
「ほんっと人間って愚かで貪欲で醜い生き物だよねぇ。君のその『感情』も、僕が憎くて出てきたんでしょ?わかりやすーい」
「お前が言えることか!! ……知っているんだからな?お前たち、鬼が元・人間だったってな」
「!…なぜ、それを参加者が知っている。それはこの世界の『秘密事項』だったはず…」
ハヤテは俺が知っているという事実に戸惑いを隠せなかった。すると、風が少し弱まった気がした。もしかして、奴らの能力は集中力が途切れると弱まるのだろうか。これは使えると考えた俺は、笑みを見せる。
「風が弱まったな」
「…!」
「おいおい、さっきの勢いはどうしたんだ?俺の罪が……何だって?クククククッ」
「黙れ、このクズが!!僕は面倒ごとが大っっ嫌いなんだよ…、それに『秘密事項』を知った以上、お前はチリ一つなくめちゃくちゃにして殺さなきゃならなくなったよ!!お前のせいでねっっ!!」
「っ…!!」
ハヤテが日本刀を構える。その目は『殺意』があった。今すぐにでも憎いあいつを殺してやる、という目だ。行く手を阻む風が、ハヤテと遭遇した時よりもさらに強くなった。そして俺は飛ばされる。もう、竜巻といってもおかしくはない。そして、空中に飛ばされた俺は、運悪くハヤテの近くまで来てしまっていた。彼女はもう、目の前だ。しかも――――日本刀を構えて、今でも振り下ろせる体制だった。
(しまっ…!!)
「死ねええぇぇ!!」
ハヤテが鬼の形相で日本刀を振り下ろす。それを見て、俺はもう駄目だと諦めた。
(白川先輩、歩先輩、九川先生。ごめんなさい、俺――――もう、駄目なのかもしれない。最期に、皆でゲームでもしたかったっす…)
頭の中で、走馬灯が駆け巡る。そして俺は、心の中で別れを告げると、覚悟を決めて目をゆっくりと閉じたのだった。
―――――ダアアアアンッ…!!
その刹那、一つの悲鳴と、一つの銃声が聞こえた。一体何が起きたのかと俺は、閉じた目をばっと開く。
「がッ!!…な、あっ、ううっ…!!」
「な、何だ!?」
ハヤテは、その銃弾を受けて悲鳴をあげる。銃声は続く中、なんとか刃を向けて身を守り、しばらくの間やり過ごした。闇が少し晴れて、薄暗かったが見えなくは無かった。持っている銃は二丁。両手で撃っているその人物は、露出の激しい服装をしていて、まるで軍隊にいる女性のスパイような格好で、顔は着ている上着のフードのせいでよく見えなかった。
一体、これはどういうことだ?武器を持っているといなら、俺たち参加者を殺す鬼の仲間のはず。その銃は仲間のハヤテではなく、参加者である俺に向けるはずなんじゃ…?
「げっほ!げほ…ごほっ!!うえっ…!!ちょっとどういうつもり?血、吐いたんだけど。まさか僕を殺す気?」
「………」
「―――あっそう、参加者くんは私がやる…とでも言いたいわけ。やだねぇ、せっかく引っ掛かってくれた獲物を横取りするんだ、ひどいね」
「……」
「それとも何?その人間が気に入ったの?或るいは―――――人間だった君の知り合いとか?黙ってないで、答えなよ」
「………彼は」
聞き覚えのある声に俺は目を見開く。その人物は、喋りながらフードを脱いだ。現れたのは長い金髪、水色の瞳。そして何よりも、俺が知っている綺麗な顔。
「私の、大切な人」
デイモだった。
「デイモ!?なんっ…で…!!」
「やっぱりね、どうりでおかしいと思っていたんだよねぇ。仲間を攻撃するなんて違反行為なんじゃなかったけ、デーイモちゃん?」
「違反者はどっち?」
デイモは歩きながら、血まみれのハヤテに銃を構えて近づいていく。その目はまるで、百獣の王の獅子のように鋭い。
「―――違反?何の事?」
「殺し方。ハヤテが行った違反は次の通り二つ。一つは『主催者の目の届かないところで参加者を殺しにかかっているということ』。私たち、鬼は主催者の目の届くところで参加者を殺さなければいけない。このゲームはすべて主催者に監視されていることを忘れたの?」
「五月蝿いなあッッ!!!!忘れてるわけないじゃん!!ちゃんと『仕掛け』も動いてるでしょ?何、僕の『仕掛け』にケチつけるっていうの!?」
「その『仕掛け』だけど、空間ごと“仕掛け化”して真っ暗闇にしたよね。仕掛けに関わる者しか認識できないんじゃ、主催者も見えないんじゃないの?」
「っっ…!!」
ハヤテの顔が歪んだ。少し意味がわからなかった俺は小さな声で「…どういうことだ?」と呟いてしまう。その呟きが聞こえたのか、見知らぬ場所から声が聞こえた。
『教えてあげよっか?おにいちゃん』
それはまるで、幼い少女のような声色だった。
「…!」
「主催者さま…っ」
デイモは少女の声に驚き、ハヤテは怯えるような声で震えながら少女を呼ぶ。
「『主催者』!?」
『ま、ながいこと生き延びてるからね!おにいちゃんだけトクベツだよっ?』
「どういう意味っすか…、違反者ってのは」
『ふふふふ~ん♪さっきもデイモがいってたよね、ソレの続き話してよ』
そう言われたデイモはずっと黙っていたが、間を置いて話し始めた。
「……二つ目、『参加者の罵倒』。私たち鬼は参加者を狩るとともに、このゲームのStaffでもある。だからお客として扱わなければならない。例えていうなら、大きな遊園地の敷地内を使った謎解きアトラクションのスタッフといえばわかりやすいのかもしれない。参加者を狩るのは、ただの『ゲームとしての役割』であって、狩られたら本当に死ぬっていうリアルがあるだけ。だから罵倒してはならない」
『青鬼のフユカも約束をやぶっちゃっているように見えるけれどあの子は例外。もともとそういう『性格』に設定してあるからね~』
「ハヤテはそうじゃない。だから違反。主催者に設定された性格でも、違反は違反。お客には楽しんで死んでもらうのが鬼達の喜びだというのに、不快な思いをさせて殺して。怨みでも持って、この世界に留まってしまったら…、どうするつもりだったの?ハヤテ」
「っ…め、なさ…」
『はあぁ?』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ…っ」
『つーまんなぁ~い!あゆむ言ったよね?『約束は絶対守ってね』ーって。
―――――噓つき』
「っっ…!!」
ハヤテが何か恐ろしいものを思い出したかのように突然目を見開き、さらに震えが大きくなる。歯はカチカチと音をたてて、止まらなくなってしまう。
『指きり拳万♪』
「っっあ…、ああああぁぁぁっっ!!」
「!?」
突然、歌いだした主催者にハヤテは嘆き始めた。何だ…?一体、何が起こっているんだこれは?
『嘘付いたら針千本飲ーますっ♪』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
『指切った♪』
――――――やがて主催者が最後のフレーズを口にした、その時だった。
突然見えない『何か』がハヤテを殴りはじめた。素早く止む暇もなくただただ『何か』はハヤテを殴るのを止めない。ぐちゃぐちゃと鈍い音と枯れた声で悲鳴をあげるハヤテ。彼女の周りはすでに返り血で真っ赤になってしまっていた。そして殴り終えたのか『何か』は気配を消し、身体中血まみれになったハヤテは倒れてぐったりしていて、殴られすぎて顔は歪み、手や足は有り得ない方向へ曲がり、所々、肌の皮が破裂していた。
「あっ…、あ、あ…っ」
身体の震えが止まらない。さっきまであんなに綺麗な顔をしていたのに原型すら留めていなかった。これで終わりかと思えば大間違いかとでも言いたげに、今度は上から無数の巨大な針が彼女に向かって振ってきて首と胴体にぐさぐさと突き刺さった。
「うわあああああああああああッッ!!!!」
「っ……」
彼女の身体から血があふれ、針を赤く染めた。勢いがすごかったのか、俺は返り血を浴びて悲鳴をあげた。ここまでするだろうか。間違いなんて誰でもするのに。そんなことはお構いなしだとでも言いたげに、主催者は満足そうに微笑む。
『ふふふふっ♪噓つきな役立たずなんていらない。そんなもの、壊してポイなんだよ?ねぇ、二人とも?』