第3話 逃げ場なし! 密着バラエティと嘘発見器の罠
※この番組、炎上しません。盛り上がるのは“みくりの”の心拍だけです
テレビ局のスタジオは、独特の緊張感と熱気に包まれていた。
今日は人気バラエティ番組『アイドル限界突破!』の収録日。
雛壇の最前列に並ぶのは、今をときめく『みくりの』の二人だ。
桐島美玖は、背筋をピンと伸ばし、一分の隙もない微笑を浮かべていた。
膝の上に置いた手は、指先まで完璧に制御されている。
彼女の心臓は、鉄の自制心によって一定のリズムを刻んでいる……はずだった。
「さあ、続いてのコーナーはこれだ! 『嘘発見器で本音を暴け! アイドル・ポリグラフ・バトル!』」
司会者の威勢のいい声とともに、仰々しい装置が運ばれてくる。
美玖は内心で小さく舌打ちをした。
バラエティの定番企画だが、今の彼女たちにとっては地雷原をタップダンスで渡るようなものだ。
「ルールは簡単! 指先にセンサーを装着し、質問に対して『いいえ』で答えてもらうよ。嘘をついて動揺すれば、激しい電気ショック……ではなく、この特製ハリセンが頭上に振り下ろされるぞ!」
バラエティ的な演出に観客席から笑いが起こる。
だが、美玖の隣に座る早乙女梨乃は、目をキラキラさせて装置を見つめていた。
「わあ、すごーい! みく姉、面白そうですねっ♡」
「ええ、そうね。プロとして、どんな質問にも動じない姿を見せる絶好の機会だわ」
美玖は冷静を装い、真っ先に回答者席へと座った。
逃げれば怪しまれる。ならば、完璧なポーカーフェイスで「ビジネス百合」を貫き通し、この装置が単なるおもちゃであることを証明して見せる。それが『氷の姫』の選んだ戦略だった。
指先にセンサーが取り付けられる。
モニターには、美玖の心拍数がリアルタイムで表示された。
「では、質問者は相方の梨乃ちゃんだ! 容赦なく攻めてくれよ!」
梨乃がマイクを握り、美玖の目の前に立つ。
その瞳は、子猫のような愛くるしさを湛えつつも、その奥には獲物を追い詰める捕食者の愉悦が隠されていた。
「じゃあ、いきますね♡ みく姉、準備はいいですか?」
「ええ。何でも来なさい」
第一問。
「美玖先輩は、今の衣装が実はちょっときついと思っている。はい、か、いいえ!」
「いいえ。完璧にフィットしているわ」
モニターの波形は穏やかだ。セーフ。
美玖は小さく鼻で笑った。この程度の揺さぶり、造作もない。
第二問。
「美玖先輩は、昨日の夜、私のことを考えていた。いいえ、で答えてくださいね♡」
「いいえ。昨夜は新曲の振り付けの確認に没頭していたわ」
波形がピクリと跳ねる。だが、許容範囲内だ。
美玖は脳内で「これは仕事、これは演出、私は仕事に熱心なだけ」と自己暗示を繰り返す。
そして、第三問。
梨乃が少しだけ美玖に歩み寄り、その耳元で吐息を漏らすように囁いた。
「――美玖先輩。本当は、ビジネスなんかじゃなくて、私のことが宇宙で一番大好きですよね? 愛してますよね?」
スタジオの空気が凍り付く。司会者も、スタッフも、観客も、一瞬だけ息を呑んだ。
あまりにもストレートな、そして「営業」の域を逸脱しかねない問い。
美玖の視界が白くなる。
脳裏に、昨夜の二人だけの時間がフラッシュバックした。
美玖の部屋で、同じ毛布にくるまり、梨乃の柔らかな唇を何度も貪った、あの熱い夜。
(ダメよ、美玖! これは罠よ! ここで認めたら全てが終わるわ!)
美玖はありったけの理性を動員し、鉄の仮面を貼り付けた。
そして、震えそうになる声を無理やり抑え込み、冷徹な一言を放つ。
「…………いいえ。そんなわけないでしょう。あなたは、大切なビジネスパートナーだわ。それ以上の感情なんて、一塵も持ってい……な…いわ」
一秒。
二秒。
――ビビビビビビッ!!!
モニターの波形が、まるで大地震の観測データのように激しく乱高下した。
同時に、天井から吊るされていた巨大なハリセンが、美玖の頭を目がけて猛烈なスピードで振り下ろされる。
「きゃあああああああ!?」
パコォォォン!! という景気のいい音がスタジオに響き渡った。
あまりの衝撃に、美玖の美しい黒髪が派手に乱れる。
「……っ、そ、そんな……! この機械、壊れているわ! 絶対に故障よ!」
「うわあ、すごい! 美玖様、心拍数が180を超えてるぞ! これは歴史的な嘘だぁ!」
司会者の絶叫とともに、スタジオは大爆笑と割れんばかりの拍手に包まれた。
美玖は顔を真っ赤にし、乱れた髪を整えながら必死に弁明を続ける。
「ち、違うのよ! これは、その、驚いただけよ! 梨乃があまりに突拍子もないことを言うから、心臓が跳ねただけで……!」
「えぇー、みく姉、ひどいですぅ♡ ビジネスだなんて嘘ついたから、神様に怒られちゃったんだよ?」
梨乃が「天使の顔」で美玖を抱きしめる。
その拍子に、美玖の耳元で「……この後の『会議』、覚悟しててね」という梨乃の本気の声が聞こえた。
美玖の心拍数は、さらに跳ね上がった。
***
スタジオの隅。
セットの影でモニターを見守っていたマネージャー、佐々木恵は、既に半分死んだような目で胃薬を口に放り込んでいた。
「(……あんなの、誰が見たって『図星です』って言ってるようなもんじゃない……)」
佐々木はスマホを取り出し、SNSをチェックする。案の定、タイムラインは祭りの状態だった。
『【速報】美玖様、梨乃ちゃんへの愛を否定して嘘発見器に爆破される』
『今の波形見た? もはや心停止寸前の恋煩いだろwww』
『「いいえ」って言った瞬間の美玖様の顔、完全に恋する乙女だった。尊死した』
『ビジネスだと言い張る美玖様と、確信犯の梨乃ちゃん。これぞ「みくりの」の真髄』
ファンたちは、美玖の「必死の嘘」を最高級のファンサービスとして受け取っていた。
彼らにとって、二人のガチ恋はもはや「前提条件」であり、美玖がそれを不器用に隠そうとすればするほど、萌えの供給源として歓迎されるのだ。
「(……もうダメ。プロデューサーが満足げに頷いてる……。編集でさらに強調されるわ、これ……。美玖さん、梨乃、お願いだからもう少しだけ隠す努力をして……私の胃がもたない……)」
佐々木の祈りは、誰に届くこともなく空しく消えた。
***
収録後の楽屋。
美玖は再び鍵を閉めると、震える足取りでソファに沈み込んだ。
「……梨乃、あなた、なんてことをしてくれたの……。あんなの、誰がどう見ても怪しまれるじゃない」
「えー? そんなことないよ? だってみんな、笑ってたでしょ? バラエティ的には大成功だよ、みく姉♡」
梨乃が美玖の膝の上に、当然のような顔で腰を下ろす。
美玖は「やめなさい」と言いつつも、その細い腰に腕を回してしまった。
「……でも、あの機械があんなに反応するなんて。私の自制心も、まだまだね」
「ううん、違うよ。みく姉の愛が、機械を壊しちゃうくらい大きかったんだよ」
「……お喋りね。……でも、確かに。ビジネスだなんて嘘をつくのは、心臓に悪いわ」
美玖は梨乃の首筋に顔を埋め、深く息を吐いた。
スタジオでの緊張が溶け、代わりにとろけるような甘い時間が流れ出す。
「ねえ、美玖。さっきの罰ゲームの続き……もっと『本気』でやってあげようか?」
「……望むところよ。ただし、次は鍵が開かないように、しっかり確認してちょうだい」
二人は暗い楽屋で、唇を重ねた。
自分たちの失態が、明日には「みくりの伝説・第3章」として全ファンに共有されることなど、今の二人にはどうでもいいことだった。
「完璧に隠せている」という幸福な誤認は、今日もまた、二人の愛を加速させていく。
その扉の向こうで、佐々木マネージャーが二度目の胃薬を飲み下した音にも、二人は気づくことはなかった。
そして明日もまた、世界中の観測者たちは——“完璧な隠蔽工作”の結果だけを、温かく見守るのだ。
明日も18:30更新




