第26話 知ってた! 驚愕の告白
国立スタジアムの空気が、一瞬で「真空」になった。
先ほどまでの熱狂的な歓声が嘘のように消え、七万人の視線がステージ中央の二人に一点集中する。
桐島美玖は、隣で自分の手を握る梨乃の温もりだけを頼りに、正面のメインカメラを射抜くような目で見つめていた。
(――ああ。ついに、この時が来た。五年間、私は『氷の姫』として君臨し、完璧なビジネス百合という名の虚像を守り抜いてきた。……でも、もう限界よ。これ以上、世界を騙し続けることはできない……!)
美玖は、決死の覚悟でマイクを口元に寄せた。
その指先は、誰の目にも明らかなほど激しく震えている。彼女にとって、これは文字通りアイドルとしての「終わり」を意味する告白だった。
「皆様。……最後にお伝えしなければならない、重大な『秘密』があります」
美玖の声が、静まり返ったスタジアムに響き渡る。
「私たちは五年間、最高効率の『ビジネスパートナー』として活動してきました。……でも、それは嘘です。……私たちは、皆様を……世界を欺いてきました」
アリーナ前列のファンが、固唾を呑んで見守る。
美玖は、溢れ出しそうになる涙を堪え、魂を削り出すように叫んだ。
「私たちは……! 私たちは、ただのビジネスパートナーではありません! 五年前からずっと、ずっと、私たちは本気で愛し合っている、恋人同士なんです!!」
美玖は、叫び終えると同時に目を閉じた。
罵声が飛ぶだろうか。失望の溜息が漏れるだろうか。あるいは、裏切り者としてステージに物が投げ込まれるだろうか。
数秒の、永遠のような静寂。
そして。
「「「――せーのっ!!」」」
客席のどこからか、統率の取れた合図が聞こえた。
次の瞬間、国立スタジアムの地盤が揺れるほどの、人類史上最大級の絶叫が爆発した。
「「「「知ってたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」
七万人の声が、一つの巨大な「砲弾」となって、舞台の上に降り注いだ。
「……え?」
美玖は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を開けた。
そこに見えたのは、怒りに震えるファンの姿ではなかった。
「ようやく言ったかコノヤロー!!」
「五年待ったぞ!! おめでとう!!」
「隠せてると思ってたのか美玖様ぁぁぁ!!」
「もう婚姻届は受理したぞ(※妄想)!!」
笑顔。
涙。
そして、爆笑。
客席のあちこちから、まるで準備していたかのような巨大な垂れ幕が次々と下ろされる。そこには、『みくりの入籍記念:全人類公認』、『知ってたけど騙されたフリしてあげてたよ!』といった文字が躍っていた。
「……な、……え? 知って……? 皆様、何を仰っているの……?」
美玖は、あまりの衝撃に膝を突きそうになった。
情報格差。
彼女が信じていた「自分たちが上で、ファンが下」という情報の構図が、音を立てて逆転した瞬間だった。
「ちょっと待ってちょうだい! 私たちは完璧に隠していたはずよ! パリの夜も、楽屋の密会も、あの指輪だって『共鳴用デバイス』だと言い張ったはず……!」
「「「「無理があるわぁぁぁ!!!」」」」
七万人のツッコミが、美玖の自尊心を木っ端微塵に粉砕する。
美玖は、巨大スクリーンに映し出された自分の「間抜けな驚き顔」を見上げ、呆然と呟いた。
「……じゃあ、何? 私が必死にひねり出したあの高度な隠語も、ビジネスとしての言い訳も……全部、皆様にはお見通しだったというの……?」
その時。
ずっと隣で笑いを堪えていた梨乃が、美玖の肩に優しく手を置いた。
「ね、美玖。……世界は、私たちが思っているよりずっと、優しかったでしょ?」
「梨乃……あなた、まさか……」
「あはは。……私、知ってたよ。ファンのみんなが、私たちのこと『隠しきれてない尊い二人』として見守ってくれてること。……美玖だけだよ、本気で騙せてると思ってたお馬鹿さんは♡」
「――ッ!!」
美玖は、顔面を限界まで赤く染めた。
氷の姫のプライドが、恥ずかしさと多幸感でメルトダウンを起こす。
「あはは。美玖、大好き!! 一生、離さないから!!」
涙をいっぱいためた梨乃が、美玖の頭をその胸に抱きしめる。
ステージ袖。
マネージャーの佐々木恵は、モニターの前で腰を抜かし、泣きながら笑っていた。
「(……ああ。……ひどい。ひどすぎるわ、この光景。……本人が決死の覚悟で告白したのに、七万人に『知ってた』って爆笑されるカミングアウトなんて、前代未聞よ……)」
佐々木は、空になった胃薬の箱を放り投げ、スタッフたちに指示を出した。
「さて……隠蔽モードは完全終了。……ここからは、予定通り『全人類参加型・公開披露宴モード』に移行するわよ!!」
スタジアムの照明が、一瞬で「お祝いのピンクと白」に塗り替えられた。
美玖は、ようやく自分が「負けた」ことを理解した。
自分たちが五年間守り抜いてきた『秘密』という名の宝箱は、実はとっくの昔にガラス張りになっていて、世界中の人々がそれを温かく、大切に、壊さないように眺めてくれていたのだ。
「……。……くっ、……ふふ、……あはははは!」
美玖は、ついに観念したように高笑いした。
その瞳からは、ボロボロと大きな涙が溢れ出している。
「完敗だわ……! 皆様、最高に意地悪で……最高に愛すべき共犯者たちね!!」
美玖が梨乃の手を高く掲げると、スタジアムは今日一番の、いや、アイドル史上で最も幸福な叫びに包まれた。
「私たちは、アイドルをやめます! ……でも、早乙女美玖としての、新しい『ビジネス』はここから始まるわ! 文句あるかしら!?」
「「「「お幸せにぃぃぃぃぃぃ!!!!」」」」
絶望の淵に飛び込むつもりだった美玖を待っていたのは、七万人の腕による、最高に柔らかいクッションだった。
秘密は解けた。
隠蔽は終わった。
だが、二人の物語は、ここから「永遠」へと書き換えられる。




