表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/30

第26話 知ってた! 驚愕の告白



 国立スタジアムの空気が、一瞬で「真空」になった。

 先ほどまでの熱狂的な歓声が嘘のように消え、七万人の視線がステージ中央の二人に一点集中する。


 桐島美玖は、隣で自分の手を握る梨乃の温もりだけを頼りに、正面のメインカメラを射抜くような目で見つめていた。

 

(――ああ。ついに、この時が来た。五年間、私は『氷の姫』として君臨し、完璧なビジネス百合という名の虚像を守り抜いてきた。……でも、もう限界よ。これ以上、世界を騙し続けることはできない……!)


 美玖は、決死の覚悟でマイクを口元に寄せた。

 その指先は、誰の目にも明らかなほど激しく震えている。彼女にとって、これは文字通りアイドルとしての「終わり」を意味する告白だった。


「皆様。……最後にお伝えしなければならない、重大な『秘密』があります」


 美玖の声が、静まり返ったスタジアムに響き渡る。

 

「私たちは五年間、最高効率の『ビジネスパートナー』として活動してきました。……でも、それは嘘です。……私たちは、皆様を……世界を欺いてきました」


 アリーナ前列のファンが、固唾を呑んで見守る。

 美玖は、溢れ出しそうになる涙を堪え、魂を削り出すように叫んだ。


「私たちは……! 私たちは、ただのビジネスパートナーではありません! 五年前からずっと、ずっと、私たちは本気で愛し合っている、恋人同士なんです!!」




 美玖は、叫び終えると同時に目を閉じた。

 罵声が飛ぶだろうか。失望の溜息が漏れるだろうか。あるいは、裏切り者としてステージに物が投げ込まれるだろうか。


 数秒の、永遠のような静寂。

 そして。


「「「――せーのっ!!」」」


 客席のどこからか、統率の取れた合図が聞こえた。

 次の瞬間、国立スタジアムの地盤が揺れるほどの、人類史上最大級の絶叫が爆発した。


「「「「知ってたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」


 七万人の声が、一つの巨大な「砲弾」となって、舞台の上に降り注いだ。

 

「……え?」


 美玖は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を開けた。

 そこに見えたのは、怒りに震えるファンの姿ではなかった。


「ようやく言ったかコノヤロー!!」

「五年待ったぞ!! おめでとう!!」

「隠せてると思ってたのか美玖様ぁぁぁ!!」

「もう婚姻届は受理したぞ(※妄想)!!」


 笑顔。

 涙。

 そして、爆笑。

 

 客席のあちこちから、まるで準備していたかのような巨大な垂れ幕が次々と下ろされる。そこには、『みくりの入籍記念:全人類公認』、『知ってたけど騙されたフリしてあげてたよ!』といった文字が躍っていた。



「……な、……え? 知って……? 皆様、何を仰っているの……?」



 美玖は、あまりの衝撃に膝を突きそうになった。

 情報格差。

 彼女が信じていた「自分たちが上で、ファンが下」という情報の構図が、音を立てて逆転した瞬間だった。


「ちょっと待ってちょうだい! 私たちは完璧に隠していたはずよ! パリの夜も、楽屋の密会も、あの指輪だって『共鳴用デバイス』だと言い張ったはず……!」


「「「「無理があるわぁぁぁ!!!」」」」


 七万人のツッコミが、美玖の自尊心を木っ端微塵に粉砕する。

 美玖は、巨大スクリーンに映し出された自分の「間抜けな驚き顔」を見上げ、呆然と呟いた。


「……じゃあ、何? 私が必死にひねり出したあの高度な隠語も、ビジネスとしての言い訳も……全部、皆様にはお見通しだったというの……?」


 その時。

 ずっと隣で笑いを堪えていた梨乃が、美玖の肩に優しく手を置いた。


「ね、美玖。……世界は、私たちが思っているよりずっと、優しかったでしょ?」


「梨乃……あなた、まさか……」


「あはは。……私、知ってたよ。ファンのみんなが、私たちのこと『隠しきれてない尊い二人』として見守ってくれてること。……美玖だけだよ、本気で騙せてると思ってたお馬鹿さんは♡」


「――ッ!!」


 美玖は、顔面を限界まで赤く染めた。

 氷の姫のプライドが、恥ずかしさと多幸感でメルトダウンを起こす。


「あはは。美玖、大好き!! 一生、離さないから!!」


涙をいっぱいためた梨乃が、美玖の頭をその胸に抱きしめる。




 ステージ袖。

 マネージャーの佐々木恵は、モニターの前で腰を抜かし、泣きながら笑っていた。


「(……ああ。……ひどい。ひどすぎるわ、この光景。……本人が決死の覚悟で告白したのに、七万人に『知ってた』って爆笑されるカミングアウトなんて、前代未聞よ……)」


 佐々木は、空になった胃薬の箱を放り投げ、スタッフたちに指示を出した。


「さて……隠蔽モードは完全終了。……ここからは、予定通り『全人類参加型・公開披露宴モード』に移行するわよ!!」


 スタジアムの照明が、一瞬で「お祝いのピンクと白」に塗り替えられた。

 

 美玖は、ようやく自分が「負けた」ことを理解した。

 自分たちが五年間守り抜いてきた『秘密』という名の宝箱は、実はとっくの昔にガラス張りになっていて、世界中の人々がそれを温かく、大切に、壊さないように眺めてくれていたのだ。


「……。……くっ、……ふふ、……あはははは!」


 美玖は、ついに観念したように高笑いした。

 その瞳からは、ボロボロと大きな涙が溢れ出している。


「完敗だわ……! 皆様、最高に意地悪で……最高に愛すべき共犯者たちね!!」


 美玖が梨乃の手を高く掲げると、スタジアムは今日一番の、いや、アイドル史上で最も幸福な叫びに包まれた。


「私たちは、アイドルをやめます! ……でも、早乙女美玖としての、新しい『ビジネス』はここから始まるわ! 文句あるかしら!?」


「「「「お幸せにぃぃぃぃぃぃ!!!!」」」」


 絶望の淵に飛び込むつもりだった美玖を待っていたのは、七万人の腕による、最高に柔らかいクッションだった。


 秘密は解けた。

 隠蔽は終わった。

 

 だが、二人の物語は、ここから「永遠」へと書き換えられる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ