第17話 激震! 撮られた二人の『決定的瞬間』
その日の朝、芸能界に激震が走った。
普段はアイドルの熱愛や不祥事を執拗に追いかける週刊誌『芸能タックル』が、ウェブ版にて衝撃的な独占スクープを放ったのだ。
『【独占】トップアイドルユニット「みくりの」に解散危機!? パリ公演の裏側で目撃された、氷の姫と天使の「氷点下」の確執!』
記事には、パリの街角で撮影された数枚の写真が添えられていた。
そこには、エッフェル塔を背景に、お互いに背を向けて別々の方向を見つめる美玖と梨乃の姿。そして、移動車に乗り込む際、美玖が梨乃を無視して先に車内へ入るような(ように見える)瞬間が切り取られていた。
『現場スタッフの証言によれば、二人はカメラが回っていないところでは一言も口を利かず、視線すら合わせないという。ビジネスとしての「仲良し」も限界か。』
この記事が公開された瞬間、ネット上は騒然……とは、少し違う空気になった。
***
事務所の廊下。マネージャーの佐々木恵は、震える手でスマホを握りしめ、胃のあたりを激しく押さえながら、彼女たちが待つ楽屋へと駆け込んだ。
「二人とも! 大変よ! 週刊誌に変な記事を書かれたわ!」
佐々木が勢いよくドアを開けると、そこには既に記事を確認したらしい二人がいた。
美玖はスマホを片手に、眉間に深い皺を寄せてソファに座っている。
梨乃は、頬を膨らませて今にも泣き出しそうな、それでいて激しい怒りを含んだ顔をしていた。
「……ええ、恵さん。読みましたわ。この記事」
美玖の声は、冬のブリザードのように冷たかった。
「……不幸中の幸い。熱愛報道じゃなくて『不仲説』よ。これなら『ただのビジネスパートナーとして緊張感があるだけ』って言い訳が立つ。最悪の事態は免れたわけ」
佐々木は、ある意味で安堵していた。
ガチ恋人であると報じられるよりは、不仲と言われる方がアイドルとしてのダメージは少なく、コントロール可能だ。彼女は必死に、どうやってこの「不仲説」を利用して二人の「秘密」をより強固に隠蔽するかを考えようとした。
だが。
「――ふざけないでください!!」
美玖が、バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。
その瞳には、絶望ではなく、プライドを傷つけられた芸術家のような、凄まじい怒りの炎が宿っていた。
「な、何よ、桐島さん……」
「この記事を書いた記者、節穴ですわ! この写真を見てください! これは私が梨乃に背を向けているのではありません! パリの美しい景色をバックに、梨乃を最も美しく引き立てるための、最高のアシストとしての立ち位置を確認していた瞬間ですわ!」
「えっ、そっち……?」
「それに、この『車に先に乗り込んだ』という写真! これは、梨乃が車内に乗り込む際、冷房が効きすぎて彼女が風邪を引かないか、私が先に中に入って温度を確認していた慈愛の瞬間ですわ! それを……それを不仲だなんて……ッ!!」
美玖は、屈辱に肩を震わせた。
彼女にとって、愛する梨乃との関係を「冷え切っている」と形容されることは、アイデンティティの否定に他ならない。
「そうだよぉ、恵さん! この記者さん、全然わかってない! 梨乃、この記事のせいで今日の朝ごはん、喉を通らなかったんだから!(※嘘。特製カツサンドを二つ完食した)」
梨乃が美玖の腕に縋り付き、悔しそうに地団駄を踏む。
「不仲なんて嘘だよ! 梨乃と美玖先輩は、世界で一番……ううん、宇宙で一番仲良しなんだもん! それなのに、なんでこんな、一番撮ってほしくない瞬間ばっかり記事にするの!? もっと、こう……バルコニーでキスしてるところとか、多目的トイレで着替えを手伝ってるとことか、地下鉄で膝上に座って抱き合うところとか、いろいろあるでしょ!?」
「――梨乃!! それはダメよ!!」
美玖が慌てて梨乃の口を塞いだが、既に遅い。
佐々木は、白目を剥いて壁に手をついた。
「(……あんたたち……。自分たちが何を守りたいのか、もう一回考え直しなさいよ……。不仲って言われてる方が、バレないで済むのよ……?)」
佐々木は、二度目の胃薬を飲み下した。
***
一方、SNSの住人……通称『観測者』たちは、この記事に対して極めて冷静、かつ好意的な反応を見せていた。
『【朗報】週刊芸能タックル、みくりのに不仲説をぶち込むも、即座に「ガチ勢」によって論破される。』
『あの記事の三枚目の写真見て。美玖様の耳の裏、梨乃ちゃんが最近プレゼントしたって言ってた限定版のピアス光ってるから。不仲なわけないだろ。』
『「視線も合わせない」んじゃなくて「視線を合わせるとその場で押し倒しちゃうから耐えてる」の間違いだろ。解釈違い。』
『むしろ、不仲説が出るくらい「表ではビジネスを装うプロ意識」が高まってるってことだよね。二人の隠蔽スキルが上がってる証拠。尊い。』
ファンたちは、捏造された「不仲」という虚像を、二人の「純愛」を裏付ける最高のスパイスとして楽しんでいた。
彼らにとって、この記事はもはや「高度なギャグ」に等しかった。
『#みくりの不仲説は無理がある #むしろ結婚してるだろ』
そんなハッシュタグが瞬く間に拡散され、週刊誌の目論見は、二人の絆を再確認させるための「公式燃料」へと姿を変えた。
***
楽屋の中。
美玖は、憤懣やるかたない様子で腕を組んでいた。
「……恵さん。決めましたわ。私たちは、この記事に対する『宣戦布告』を行います」
「……宣戦布告? まさか、裁判でも起こす気?」
「いいえ。もっと残酷な復讐ですわ。……今後の私たちの『営業』において、今までの三倍の密度で、圧倒的な仲の良さを見せつけてやります。不仲なんて言葉、二度と口にできないほどにね」
「えっ、ちょ……それは……」
「賛成! 美玖先輩、最高! よし、今日の生放送のオープニング、まずは『バックハグ』から始めちゃおうか?」
「ええ。それから、曲の途中で私があなたの指先に、誰にも気づかれないような、でもカメラには映る絶妙な角度で、愛の暗号を刻み込んであげるわ」
二人の瞳が、不敵に輝く。
彼女たちにとって、これは「隠蔽」ではなく、自分たちの愛の正当性を証明するための「ビジネス上の正当防衛」にすり替わっていた。
「(……終わった……。また、糖度が増すわ……。これ以上イチャついたら、放送事故になるって言ってるのに……)」
佐々木は、膝をついた。
不仲説を打ち消すという大義名分を得た二人の暴走を、止める術はもはや誰にも残されていない。
「いい? 梨乃。これはあくまで、記事の誤りを正すための『営業』よ。不本意だけれど、プロとして、徹底的に仲の良い姿を演じきりましょう」
「うん! 完璧な『仲良し営業』、見せつけちゃおうね、美玖先輩っ♡」
二人は、自分たちの愛が「不仲」というレッテルを貼られたことに心底憤慨しつつ、それを口実にさらなる溺愛を繰り広げる準備を整えた。
その日の夜の生放送。
番組が始まった瞬間、美玖が梨乃の腰を抱き寄せ、耳元で何かを囁いたシーンの視聴率は、その日の最高値を記録した。
ファンたちは画面の前で咽び泣き、週刊誌の記者は「……計算外だ。なぜ仲が悪くなるどころか、さらに密着度が上がっているんだ……?」と頭を抱えた。
世界で一番嘘が下手な「確執」と、それを逆手に取った「秘密(笑)」のさらなる深化。
「美玖先輩……今のハグ、ちょっと本気すぎなかった?」
「……不仲説を払拭するためよ。……次は、もっとすごいのを期待しておきなさい」
楽屋の鍵が閉まる音。
佐々木マネージャーが、本日四度目の胃薬を飲み込む音が、静かな廊下に響いた。
秘密の恋は、捏造された危機を糧にして、より強固に、より甘美に、世界を侵食していく。




