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14/30

第14話 密着! 彼女たちの『普通の日常』



 その日の桐島美玖は、朝から不自然なほど背筋が伸びていた。

 都内の一等地、セキュリティ万全な高級マンションの一室。

 普段は二人分の笑い声が絶えないリビングには、今、場違いなテレビカメラと数名のスタッフが入り込んでいる。


「……おはようございます。桐島美玖です。今日は私の、極めて個人的でストイックな日常を皆さんに公開することになりました」


 美玖は、お気に入りのブランドのシルクガウンを羽織り、氷の姫としての威厳を120%にまで引き上げてカメラに応対した。

 今日は、著名人の密着取材で人気のドキュメンタリー番組『トップランナーの深層』の密着取材日だ。


 今回のコンセプトは「トップアイドルの孤独と、高みを目指すプロの私生活」。


(――ふふ。完璧だわ。昨日、梨乃の荷物はすべてクローゼットの奥に押し込んだし、バスルームの歯ブラシも一本隠した。今の私は、孤高に自分を磨き続ける完璧な『聖女』にしか見えないはずよ)


 美玖は内心で勝利を確信していた。

 世界中のファンは、このストイックな姿を見てさらに私を崇拝し、梨乃との「ビジネス以上の関係」などという不埒な噂は一掃されるに違いない。


 カメラマンがリビングをゆっくりと舐めるように撮影していく。


「桐島さん、非常に整理整頓された、清潔感のあるお部屋ですね。やはりお一人で過ごす時間は、パフォーマンスの向上に欠かせないものですか?」


「ええ。孤独こそが、表現の源泉です。この部屋で、私はただ自分自身と向き合い、静寂の中で精神を研ぎ澄ませているのです」


 美玖は、淀みない口調で「正解」を答えた。

 だが、撮影隊の後方で胃を抱えながら立っているマネージャー、佐々木恵の目は死んでいた。


「(……孤独? 静寂? どの口が言ってるのよ。昨晩の深夜二時に『恵さん! 梨乃が私のチョコプリンを勝手に食べたの! これって間接キスになるのかしら!?』ってパニック電話してきたのは誰よ……)」


 佐々木は無言で胃薬を噛み砕いた。

 彼女の視界には、既に「隠蔽のボロ」がボロボロと映り込んでいた。


「おや……桐島さん。玄関に、ずいぶん可愛らしいスリッパがもう一足ありますが。これは来客用ですか?」


 カメラマンが、玄関に並んだ美玖のシックなグレーのスリッパと、その横にある、どう見ても早乙女梨乃の私物と思われる「ウサギの耳がついたピンクのモコモコスリッパ」をズームした。


 美玖の心臓がドクンと跳ねる。


「……あ、ああ、それ。それは、その。……風水です」


「ふ、風水……ですか?」


「え、ええ! 玄関にピンクの、耳がついた物体を置くことで、ステージでの『可愛い運気』を呼び込むという……北欧に伝わる古いおまじないです。トップアイドルとして、常に運気を味方につけるのは当然の嗜みですから」


「な、なるほど……さすが美玖さん、深いこだわりですね!」


 ディレクターが感銘を受けたようにメモを取る。

 美玖は冷や汗を拭いながら、これ以上の追及を避けるためにキッチンへと移動した。


「朝食は、常に自家製のグリーンスムージーだけ。身体のコンデションを維持するために、不必要な糖分は一切排除しています」


 美玖がブレンダーを回し、いかにも健康そうな緑色の液体をグラスに注ぐ。

 だが、カメラはその背後の冷蔵庫に貼られた「メモ」を逃さなかった。


『みくねぇへ。冷蔵庫の奥にイチゴ大福隠しといたよ! 撮影終わったら一緒に食べようね♡ 梨乃より』


 ――バチィィィィン!!


 美玖は、カメラがそちらを向く寸前に、超人的な動体視力でそのメモを引き剥がし、口の中に放り込んだ。


「ごっ、くん。……スムージー、最高だわ」


「……桐島さん? 今、何か紙のようなものを飲み込みませんでしたか?」


「……気のせいよ。食物繊維が、少し喉に引っかかっただけ。これもプロの喉の鍛え方の一環だわ」


 美玖の顔は既に限界まで引き攣っていた。

 だが、さらなる悲劇が彼女を襲う。


 ガチャリ。


 オートロックの解錠音が鳴り、リビングのドアが勢いよく開いた。


「みくねぇ! おはよー! 今日の撮影、もう始まってる!? お風呂、梨乃が昨日入れたままだけど、美玖先輩ちゃんと追い焚きした――あ、カメラさん、お疲れ様ですっ♡」


 そこには、合鍵を使い、ラフな部屋着姿で、自分の家のように当たり前の顔で入ってきた早乙女梨乃が立っていた。


 スタジオ……ではなくリビングが、氷点下の静寂に包まれる。

 カメラマンのレンズが、固まった美玖と、天真爛漫な梨乃の間を往復した。


「……り、りりり、梨乃!? ななな、なぜあなたがここに!?」


「えー? だって昨日からここに――」


「――ビジネス!! ビジネスだわ!!」


 美玖が、梨乃の口を塞ぐようにして絶叫した。


「梨乃は、今日。……そう! 私の『私生活の演技指導』のために、朝早くから駆けつけてくれたのよ! さすが最高のビジネスパートナーね! 私のお風呂の温度までチェックしてくれるなんて、プロの献身だわ!」


「あ……。う、うん! そうだよ! ビジネス温度チェックだよっ♡ 梨乃、美玖先輩の喉のために、湿度管理もしに来たんだぁ!」


 梨乃が察して、即座に「天使りの」のスマイルを作った。

 美玖は、肩を激しく上下させながら、カメラの方を向いて冷徹な微笑(と本人は思っているひきつり)を見せた。


「……わかっていただけたかしら。私たちがトップである理由は、プライベートのわずかな隙間すらも、こうして『仕事』として共有しているからよ。……孤独な時間は大切。でも、ビジネスパートナーとの朝の会議は、それ以上に重要なの」


 ***


 一ヶ月後。

 そのドキュメンタリー番組が放送された夜、SNSは過去最大の盛り上がりを見せていた。


『【速報】美玖様の部屋に梨乃ちゃんのスリッパ確定演出』

『スムージーの横でメモを飲み込む美玖様wwwあれ絶対「梨乃からの愛の伝言」だろwww』

『「ビジネスお風呂温度チェック」とかいうパワーワード。全みくりの民が泣いた』

『あの合鍵の開け方……。昨日今日来た人の動きじゃない。完全に「嫁の帰宅」だったぞ』

『完全に神回』


 ファンたちは、美玖が必死に隠蔽しようとした全ての挙動を、正しく「同棲の証拠」として解析し、祝祭の声をあげていた。


『本人たちが「ビジネス」って言い張れば言い張るほど、ガチ度が増すの草』

『美玖様の「風水スリッパ」の説明、素晴らしすぎた』

『隠せてると思ってる美玖様と、確信犯の梨乃ちゃん。そして全てを悟っているカメラマン。これぞ究極のエンタメ』

『#みくりの結婚しろ #というかしてる』


 ***


 放送を終えた夜、マンションのリビング。

 美玖と梨乃は、並んで録画された番組を見ていた。


「……ふぅ。梨乃、大成功だったわね」


 美玖は、梨乃に膝枕をされながら、満足げに微笑んだ。

 番組の中では、美玖がクールに「孤独」を語り、梨乃が「最高のパートナー」としてそれを支える構図が美しく描かれている(と美玖には見えていた)。


「そうだね、美玖先輩! 私たちが完璧なビジネスパートナーだってこと、世界中に証明できちゃったねっ♡」


「ええ。あなたのあのタイミングでの登場も、今思えば『献身的なパートナー』としての演出として完璧だったわ。……誰も、私たちが同じベッドで寝ていて、さっきまで感想を言い合っていたなんて、気づくはずがないもの」


 美玖は、梨乃の手を愛おしそうに握り、指を絡めた。

 自分たちの隠蔽能力が、もはや神の領域に達していると、彼女は本気で信じていた。


「ねえ、美玖。次は、もっと大胆な『ビジネス』見せちゃおうか?」


「望むところよ。……世界を欺くのは、最高の快楽ね」


 二人の唇が重なる。

 テレビの中の美玖が「プロに私情は不要です」と凛々しく語っている前で、現実の二人は糖度120%の愛を交わしていた。



 ***


 その頃。

 事務所のデスクで、番組の影響によるサーバーダウンと格闘していたマネージャーの佐々木恵は、震える手で五錠目の胃薬を飲み下した。


「(……番組プロデューサーから、『みくりのの二人は、もう隠すことを楽しんでますね! あの素晴らしい演出に感動しました!』ってメールが来てるわよ……。演出じゃないのよ……。あれ、全部素なのよ……)」


 佐々木は、モニターに映る「#風水スリッパ」がトレンド1位になっているのを見て、遠くの夜景に目を逸らした。


「(……もういいわ。このまま、誰もが知っている秘密を、彼女たちだけが隠し続けるこの茶番を、最後まで守り抜いてあげる……。それが、私のビジネスだもの……)」


 佐々木恵は、そっとスマホを置いた。

 翌朝、美玖のバッグから梨乃のパジャマが飛び出しているのを、どうやって「最先端の衣装デザイン」だと言い張るか。

 彼女の戦いは、まだ終わらない。

次回、大物俳優の眼力。見抜かれます。明日18:30。

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