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「その力は呪いだ」と婚約破棄されましたが、実は伝説の【星詠みの魔力】でした。今更戻ってきたい? もう遅すぎます  作者: 九葉(くずは)


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第4話

ヴォルフェン辺境伯の居城は、武骨な城壁に囲まれた、質実剛健な砦といった趣だった。

けれど、城門をくぐると、そこには意外なほど手入れの行き届いた庭が広がり、厳しい環境の中で暮らす人々の、ささやかな彩りを大切にする心が垣間見えた。


「ようこそ、セレスティナ様。お待ちしておりましたぞ」


わたくしたちを出迎えてくれたのは、月の光を溶かし込んだような銀の長髪を三つ編みにした、穏やかな目元の老人だった。

リアム様は、彼に親しみを込めた眼差しを向ける。


「ギデオン。彼女が、話していたセレスティナ嬢だ」

「おお、この方が。……なるほど、これは……」


ギデオンと名乗った老人は、わたくしを一瞥するなり、その目を興味深そうに細めた。

彼はリアム様の右腕であり、この領地で最高の知恵者と謳われる魔導師なのだという。


「長旅でお疲れでしょう。さ、奥へ。温かいお茶でも飲みながら、ゆっくりお話を伺いましょう」


通されたのは、書庫と研究室を兼ねたような、膨大な書物に囲まれた部屋だった。

壁一面の本棚、天井から吊るされた天球儀、そして暖炉でぱちぱちと爆ぜる炎の音。

不思議と、心が落ち着く空間だった。


「さて、セレスティナ様」


温かいハーブティーで喉を潤したわたくしに、ギデオンは優しい口調で切り出した。


「まずは、その『呪い』とやらを、わしに少し見せてもらえんかの?」


「……ですが、危険ですわ。わたくしの魔力は、触れるものを凍らせ、壊してしまいます」


また誰かを傷つけてしまうかもしれない。

その恐怖が、血の気を引かせる。


「大丈夫だ」


隣に座るリアム様が、力強く言った。


「ここには、君を傷つけるものも、君の力を恐れるものもいない。俺を信じろ」


彼の黒曜石の瞳に見つめられ、わたくしは覚悟を決めた。

ゆっくりと目を閉じ、意識を自分の内側へと沈めていく。


途端に、体内で荒れ狂う奔流のような魔力を感じた。

怖い。

でも、ほんの少しだけ、その奔流の先に意識を向けてみる。


その瞬間、部屋の空気が急速に冷え、テーブルに置かれたティーカップの縁に、白い霜が咲くように広がった。


「ひ……っ」


思わず目を開け、力を収める。

ああ、またやってしまった。


「……素晴らしい」


けれど、聞こえてきたのは恐怖の悲鳴ではなく、感嘆に満ちた呟きだった。

顔を上げると、ギデオンが興奮に目を輝かせ、わたくしの手を取っていた。


「なんと純粋な魔力じゃ……! まるで、夜空から降り注ぐ星々の輝きそのもの。……セレスティナ様、あなた様のその力は、呪いなどでは断じてありませぬぞ!」


「……え?」


「それは、『星詠み』の魔力。数百年、あるいは千年に一度、星々の寵愛を受けた者にのみ宿るとされる、伝説の希少魔法でございます!」


星詠み。

初めて聞く言葉だった。


ギデオンは興奮冷めやらぬ様子で、本棚から一冊の古びた革張りの本を取り出してきた。


「ここに記されております。『星詠みの魔力は、星の運行を読み、天候を司り、時に未来の光景すら垣間見る』と。あまりに強大で、持ち主の魂と深く結びついているため、感情の昂りに呼応して形を成す。その様が、理解できぬ者たちの目には、制御不能の『呪い』と映ったのでしょう」


ページをめくる彼の指が、一枚の挿絵の上で止まった。

そこに描かれていたのは、夜空に手を掲げ、無数の星の光をその身に集める、一人の女性の姿だった。


「……これが、わたくしの力……?」


「左様。あなた様は、呪われた令嬢などではない。星々に愛された、気高き『星詠みの姫君』なのですよ」


姫君。

その言葉は、あまりにも今の自分からかけ離れていて、実感が湧かなかった。

けれど、涙が、後から後から溢れてきた。

ずっと独りで抱え込んできた、この忌まわしいと思っていた力が、本当は祝福だったのだと。

その事実が、何よりも心を揺さぶった。


「やはり、俺の目に狂いはなかったな」


不意に、リアム様が静かに微笑んだ。

いつも険しい表情ばかり見ていたから、その珍しい笑顔に、心臓が大きく跳ねた。

まるで、悪戯が成功した少年のような、無防備で、温かい笑顔。


(ああ、この人は……)


本当に、わたくしのことを見てくれていたのだ。

うわべの家柄でも、次期王妃という立場でもなく、セレスティナという一人の人間の、その本質を。


その笑顔を見た瞬間、長い間、厚い氷に閉ざされていた心の奥底で、何かがぽろり、と音を立てて溶け始めた気がした。


---


翌日から、ギデオン師の指導による魔力制御の訓練が始まった。


「星詠みの力は、まずご自身の心を平穏に保つことから始まります。あなたの心が凪いでいれば、魔力もまた、穏やかな湖面のようになりますぞ」


書庫の隣にある、陽当たりの良い中庭。

そこでわたくしは、生まれて初めて、自分の力と正面から向き合っていた。


まずは、目の前にある小さな鉢植えの花を、凍らせずに、その蕾をわずかに綻ばせること。

それが最初の課題だった。


(大丈夫。怖くない。心は穏やかに……)


自分に言い聞かせ、そっと指先を蕾に近づける。

魔力を、絹糸のように細く、優しく流し込むイメージ。


しかし、長年抑えつけてきた力は、そう簡単には言うことを聞いてはくれない。

指先から漏れ出た冷気が、あっという間に可憐な蕾を白い氷の彫刻に変えてしまった。


「……また、だめでしたわ」


何度繰り返しても、結果は同じだった。

焦れば焦るほど、魔力は言うことを聞かなくなる。

かつて家庭教師を傷つけた時の記憶が、トラウマとなって蘇り、指先を震わせた。


「……少し、休憩にしないか」


いつからそこにいたのか、リアム様が呆れたような、それでいて心配そうな顔で立っていた。


「そんなに思い詰めていては、できるものもできなくなる」


彼はそう言うと、わたくしの隣に無造作に腰を下ろし、懐から何かを取り出した。

それは、月長石ムーンストーンがはめ込まれた、古びた銀の腕輪だった。


「これを」


「これは……?」


「ヴォルフェン家に代々伝わる、魔力安定の護符だ。気休めかもしれんが、ないよりはいいだろう」


彼はぶっきらぼうに言うと、わたくしの手を取り、その腕に腕輪をはめてくれた。

彼の指先が、素肌に触れる。

その瞬間、どきり、と心臓が跳ねた。


腕輪が、肌に触れた部分から、じんわりと温かい光を放つ。

その温もりに触れた瞬間、わたくしの脳裏に、ふっと霞がかった光景が浮かんだ。


――泣いている、小さな女の子。

その子の手に、誰かが、同じように温かい石を握らせてくれる。

『大丈夫。これはお守りだ。君の力は、きっと誰かを幸せにする』

優しい、男の子の声……。


「……セレスティナ?」


リアム様の訝しげな声に、はっと我に返る。

今の光景は、一体……?


「……いえ、何でもありませんわ。ありがとうございます、リアム様。とても、温かいです」


腕輪に触れると、不思議と荒ぶっていた心がすうっと静まっていくのを感じた。

まるで、この温もりが、ずっと前からわたくしを知っていたかのように。


「もう一度、やってみます」


深呼吸を一つ。

腕輪の温もりを感じながら、もう一度、別の鉢植えの蕾に指を伸ばす。


(大丈夫。この温もりがある)


今度は、不思議と恐怖はなかった。

リアム様が隣にいる。ギデオン師が見守ってくれている。

そして、この腕輪が、わたくしに勇気をくれる。


指先から、今度こそ、細く、柔らかな魔力が流れていくのが分かった。

冷気ではない。

まるで、月の光のような、穏やかで清らかな力。


すると、固く閉じていた蕾が、ふるふると微かに震え、ゆっくりと、ほんの少しだけ、その花びらを開いたのだ。


「……あ……!」


咲いた。

わたくしの力で、花が、凍えずに。


「やったな」


隣で、リアム様が自分のことのように嬉しそうな、優しい声で言った。

振り返ると、彼は今まで見たこともないような、満面の笑みを浮かべていた。

その笑顔が太陽のように眩しくて、わたくしは思わず目を逸らしてしまった。

頬が、カッと熱くなるのが分かる。


「すごい! 素晴らしいですぞ、セレスティナ様!」


ギデオン師も、手を叩いて喜んでくれている。


呪われた力。

そう呼ばれ、誰かを傷つけることしかできないと信じ込んでいたこの力が、今、小さな命を育んだ。

それは、わたくしにとって、世界がひっくり返るほどの大きな一歩だった。


腕に光る、温かい腕輪。

そして、隣で笑ってくれる、不器用で、けれど誰よりも優しい人。

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