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ピクセルに散りばめられた心の色  作者: 大西さん
最終章 新しい色を創る
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第46話 始動

過去の自分を赦し、現在地を確認し、そして未来への扉を開いた私たち。祖父が遺した余白は、私たち三人が出会うための、かけがえのない場所となった。創造は孤独な行為か?その問いは、もはや私の心を苛むことはない。答えは、言葉の中ではなく、これから私たちが共に過ごす時間と、生み出していく作品の中に、自ずと見出されていくのだろう。私たちの工房「色触工房」の、最初の一日が、静かに、そして確かに、始まろうとしていた。


■始動


夜がまだ街を支配している、早朝の四時。印刷所の中だけが、裸電球の温かい光に満たされている。私たちの最初の共同制作、展示会で発表する作品のための、試し刷りの日だ。ユカリが淹れてくれた濃いめの珈琲の香りが、インクの匂いと混じり合い、私たちの覚悟を静かに後押ししてくれる。


「準備、OK」


ユカリが、プロジェクターの最終調整を終えて、小さく親指を立てた。彼女の合図で、私は壁に向かって、意識を集中させる。私の目に見える「安らぎ」の色――ミナトさんの深い藍色を、プロジェクターの光を通して、白い壁に投影する。デジタルなピクセルの光が、ざらついた壁の質感と出会い、ただの映像ではない、確かな存在感を帯びていた。


「インク、練り上がったよ」


ミナトさんの声が、静かに響く。彼の手には、私が壁に投影した藍色と、寸分違わぬ色合いのインクが、インキナイフの上で、艶やかな光を放っていた。彼は、私の目を通して色を見るのではない。私の心が見ている色の波動を、その指先で感じ取り、物質として再現するのだ。


そして、儀式が始まる。


ミナトさんが、印刷機のスイッチを入れた。眠りから覚めた鉄の巨人が、重々しい心臓の鼓動を開始する。その鼓動に合わせて、ユカリがデザインした、私たちの工房のロゴマークが刻まれた、新しい版がセットされていた。


ガチャン、という規則正しい金属音。それは、単調なノイズではない。私たちの心臓の鼓動と、完璧にシンクロした、創造のリズム。


私が壁に色を投影し、ユカリがその色に合わせた紙を選び、ミナトさんがその紙に、魂を込めてインクを乗せていく。色、空間、手触り。三つの異なる才能が、一つの目的に向かって、滑らかに、そして力強く、融合していく。その時、私は確かな気づきの中にいた。私の目に見える、神様が創った感情のピクセル。SNSの画面に並んでいた、人間が作った承認のピクセル。そして今、ミナトさんの手の中にある、鉛でできた言葉のピクセル。形も重さも全く違う。けれど、そのどれもが、誰かの心を伝えようとして生まれた、かけがえのない一粒なんだ。かつて私を孤独にしたそのピクセルを、私たちは今、手探りで繋ぎ合わせ、新しい色を創ろうとしている。


創造は、孤独な行為なんかじゃない。それは、異なる魂が、互いの違いを尊重し、補い合いながら、一つのハーモニーを奏でる、セッションのようなものなのだ。カシャン、という金属音が、その真実を、何度も、何度も、肯定するように、工房の中に響き渡っていた。


■朝の光


何枚かの試し刷りを終えた頃、東の空が、白み始めていた。私たちは、手を止め、誰からともなく、窓辺に集まる。街が、ゆっくりと目覚めていく時間。新聞配達のバイクの音が、遠くで聞こえた。


窓から差し込む、朝の埃の光。その金色の筋が、室内に、神聖な道筋を描き出す。光は、私たちの足元を照らし、そして、窓辺に立てかけられた、一枚の絵へと、まっすぐに伸びていった。


祖父の、肖像画。


額装されたその絵は、朝の光を浴びて、静かに呼吸しているように見えた。私たちが生み出した淡い紫の表情に、祖父の人生を物語るインクの深みが、確かな命を宿している。


そして、その絵の隣に立つミナトさんの姿に、私は息を呑んだ。


朝焼けの、燃えるような橙色の光が、彼の全身を包み込んでいる。彼の本質である深い藍色が、その橙色と溶け合い、昨日よりもさらに深く、温かい色を生み出していた。藍と橙の融合。それは、祖父が宿していた赤金の色であり、私たちが目指すべき、未来の希望の色だった。


祖父は、肖像画の中で、優しく微笑んでいる。まるで、「それでいい。お前たちの旅は、まだ始まったばかりだ」と、そう語りかけてくれているかのように。この絵は、これからもずっと、この場所で、私たちを見守り、導いてくれるのだろう。工房の、かけがえのない守り神として。

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