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ピクセルに散りばめられた心の色  作者: 大西さん
第17章 希望のインク
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第45話 次の構想

「さて、と」


ユカリが、パン、と手を叩いて、私たちの注意を引いた。


「感傷に浸るのは、ここまで。私たちの、次の作品の話をしよう!」


彼女の言葉に、印刷所の空気が、再び創造の熱を帯び始める。私たちは、大きな和紙を広げ、その上に、これからの構想を書き出していった。


中心にあるのは、もちろん、祖父の肖像画が生まれた物語。それを核として、私たちの展示は、三つの要素で構成される。


一つ目は、「色」。私が見る、感情のピクセルの世界。印刷所の壁に、プロジェクションマッピングで、喜びの金色や、悲しみの藍色、そして、私自身の淡い紫色を、空間に投影する。来場者は、まるで私の目を通して、世界を見ているかのような体験をするのだ。


二つ目は、「手触り」。ミナトさんが生み出す、物質の世界。活版印刷の工程を、実際に体験できるワークショップを開く。インクの匂い、紙の質感、機械の振動。デジタルの世界では決して感じられない、触覚の喜びを、共有する。


そして、三つ目が、「空間」。ユカリが創り出す、物語の世界。この印刷所そのものを、一つの作品として演出する。来場者が、自分自身の足で歩き、光と音を感じ、この場所の記憶と対話する中で、自分だけの「余白の意味」を見つけ出せるような、インスタレーション。


「工房の名前、考えない?」


ユカリが、スケッチの矢印の先に、大きな丸を描きながら言った。

「ハルの『色』と、ミナトさんの『手触り』。二つを合わせるから……

色触工房しきしょくこうぼう』なんて、どうかな」


色触工房。その響きは、私たちのこれからを、完璧に言い表しているようだった。


私の胸の中心から、新しい色が、芽生えるのを感じた。それは、旅先で見た若草の黄緑よりも、もっと深く、生命力に満ちた、新緑の色。これから始まる、未来への、確かな希望の色だった。


■削除された下書き


その夜、私は、久しぶりに、自分の部屋のベッドにいた。印刷所に泊まり込む生活も、今日で一旦、区切りとなる。窓から、静かな街の灯りが見えた。


私は、もう一度だけ、スマホの電源を入れた。そして、SNSのアカウントを開く。目的は、一つだけ。


下書きフォルダを開くと、そこには、一年以上も前に書かれた、一つの文章が残されていた。


『満員電車で、すべてに諦めたような、灰青色のサラリーマンを見た。彼の魂は、もう死んでいるのかもしれない。そして、私も、いつかあんな風になってしまうのだろうか。この色は、あまりにも重すぎて、誰にも見せられない』


あの頃の、私の悲鳴。本物の色を描けず、映える色に逃げるしかなかった、弱い自分の、独白。


私は、その文章を、もう一度、ゆっくりと読み返した。不思議と、昔のような自己嫌悪は、感じなかった。むしろ、愛おしささえ、感じていた。よく、一人で、ここまで耐えてきたね。そう、過去の自分に、声をかけてあげたいような気持ちだった。


ありがとう。もう、大丈夫だよ。


私は、その下書きの、削除ボタンを、そっと押した。それは、過去を否定するための行為ではなかった。過去の自分と、きちんと対話し、その痛みを受け入れた上で、未来へと進むための、儀式だった。


画面から、私の虚像が、すっと消える。私の心もまた、最後の澱が取り除かれ、澄み切っていくのを感じた。


窓の外では、新しい一日が、始まろうとしていた。新緑の希望を胸に、私は、ミナトさんとユカリと、三人で見る、まだ誰も見たことのない色を、探しに行くのだ。

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