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ピクセルに散りばめられた心の色  作者: 大西さん
第6章 祖父の肖像
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第23話 決意

その夜、私は久しぶりに自分のタブレットの電源を入れた。けれど、SNSのアプリを開く気にはなれなかった。代わりに、検索窓に「湊谷活版印刷所」と打ち込む。すぐに、一つのウェブサイトが見つかった。古いけれど、手入れの行き届いた、温かみのあるサイト。そこには、金属活字を一つひとつ拾い、インクを練り、一枚一枚手作業で紙に圧をかけていく、丁寧な仕事の様子が紹介されていた。


デジタルの世界とは、何もかもが正反対だった。そこにあるのは、効率や数字ではない。時間と、手間と、そして人の手の温もり。祖父が私に伝えたかった「見えないもの」が、そこにあるような気がした。


私は、祖父の画材箱から、一本の絵筆をそっと抜き取った。使い込まれて、軸の塗装が剥げ、毛先が少し不揃いになった筆。けれど、その筆には、祖父の赤金色の温かい色が、確かに宿っていた。


もう一度、描きたい。


そう、思った。数字のためでも、誰かの承認のためでもない。ただ、自分のために。そして、この未完成の肖像画に込められた、祖父の想いに応えるために。


鏡にかけていた布を、勢いよく剥がす。そこに映っていたのは、相変わらず輪郭のぼやけた、透明な靄に包まれた私だった。けれど、その靄の中心に、ほんの小さな光が灯っているのが見えた。あのメモを見つけた時に生まれた、薄紫の予感の光。それはまだ、蝋燭の炎のように頼りなく揺らめいているけれど、確かにそこにあった。


未完成には、意味があるのかもしれない。それは、終わりではなく、始まりのための余白。誰かと出会い、何かを受け取り、新しい物語を紡いでいくための、かけがえのないスペース。


私は、黄ばんだメモを強く握りしめた。明日、この印刷所へ行こう。そこに誰がいて、何があるのかは分からない。けれど、行かなければならない。それが、空っぽになった私に残された、唯一の道しるべなのだから。


窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。けれど、私の心の中には、小さな紫色の光が、未来の方向を、静かに、そして確かに照らし始めていた。

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