第11話 夜の独白
その夜、私は自分の部屋のベッドに横たわり、天井の隅に走る細い亀裂を、ただじっと見つめていた。昼間に観たモノクロ映画の残像が、まだ瞼の裏に焼き付いている。静かで、穏やかで、安全な世界。それに比べて、この現実はなんて残酷なのだろう。
天井の亀裂が、まるで私とユカリの間にできた、修復不可能な断絶のように見えた。一度入ってしまったひびは、もう元には戻らない。
どうして、私だけがこんなものを見なければならないのだろう。
この能力は、呪いだ。祝福なんかじゃない。人の心の裏側を、本人が望まないのに覗き見てしまう。そのせいで、たった一人の親友を失った。クラスにも居場所がなくなった。いつも、灰青の孤独に包まれて、体の芯から凍えている。
もう、見たくない。
心の底から、そう思った。金色の喜びも、淡桃色の親愛も、もういらない。それらを知ってしまったからこそ、濁った緑や、燃えるような赤を見た時の絶望が、何倍にも深くなる。美しい色を知らなければ、醜い色に苦しむこともなかったはずだ。
目をぎゅっと閉じる。意識を、自分の内側の、一番深い場所に集中させる。
消えろ。消えろ。消えろ。
心の中で、何度も念じた。色の洪水を引き起こす、この忌まわしいスイッチを、自分の意志で切りたかった。白黒映画の世界のように、この世界から色という情報を消し去ってしまいたかった。感情を、光と影だけで認識できたら、どれだけ楽だろう。
もちろん、そんなことができるはずもなかった。目を開ければ、そこには相変わらず、私の体を包む灰青の粒子が、静かに漂っている。天井の亀裂の周りには、家の古い木材が放つ、疲れたような茶色のオーラが見える。
でも、その時から、私は無意識のうちに、色から心を閉ざす術を覚え始めていたのかもしれない。感情の色が見えても、それを見ないふりをする。感じないふりをする。自分の周りに、分厚い心の壁を作り上げ、色の情報をシャットアウトする。それは、世界を意図的にモノクロに変換しようとする、悲しい自己防衛だった。
真実を見ることは、残酷だ。少なくとも、十四歳の私にとっては、そうとしか思えなかった。もし、真実が人を孤独にするのなら、私は喜んで嘘の世界に逃げ込もう。色のない、静かで、誰も傷つかない世界へ。
天井の亀裂の先にある暗闇を見つめながら、私は、これから始まる長い孤独の季節を、静かに予感していた。