第八話:パンドラの設計図
第三地球において、神々からの応答は「オリオン座からの奇跡」として報じられた。
人類史上初めて観測された、知的生命体からの明確なコンタクト。そのニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、人々を熱狂させた。
国境、人種、宗教――これまで人類を分かち続けてきたあらゆる壁が、一時的に意味をなさなくなった。誰もが空を見上げ、自分たちは孤独ではなかったという事実に涙し、人類という一つの家族として、見えざる隣人に思いを馳せた。
世界中の優秀な科学者たちが国籍を超えて結集し、送られてきた設計図の解読にあたった。そして、数週間後、その驚くべき内容が公表されると、世界の熱狂は頂点に達する。
「これは、我々の文明を数千年先に進める、神の叡智だ」
プロジェクトの代表は、興奮を隠しきれない様子でそう語った。エネルギー問題、環境破壊、食糧危機。人類が抱えるほぼすべての問題が、この技術によって解決されるというのだ。
争いの火種はその多くが「奪い合い」から生まれる。ならば、無限の富がもたらされれば、戦争はこの星からなくなるだろう。人類は、黄金時代の入り口に立ったのだ。誰もが、そう信じた。
しかし、その輝かしい未来像に、最初の影が落ちる。
解読が進むにつれ、一部の物理学者たちが、その理論に潜む「裏の顔」に気づき始めたのだ。
「…このエネルギーを、ほんのわずかでも指向性を持たせて解放すれば…」
ある科学者が呟いたその一言は、悪魔のささやきのように、人々の心に潜んでいた古い感情を呼び覚ました。
『兵器』
その一つの単語が、世界を再び分断した。
楽観論者たちは、これは送り主が我々の知性を試しているのだと説いた。
平和利用のみに徹することで、我々は対話の資格を得るのだ、と。
だが、猜疑論者たちは囁いた。もし、他の国が密かにこれを兵器として完成させたらどうするのだ? 我々だけが丸腰でいるわけにはいかない。「対話」のためには「抑止力」が必要だ、と。
かつて人類を熱狂させたニュースは、今や世界最大の政治問題と化していた。
統一されていた科学者チームは、各国の政府によって分断され、それぞれの母国へと連れ戻されていく。表向きは平和利用のための共同研究を続けながら、水面下では、熾烈な開発競争が始まった。無限のエネルギーか、究極の兵器か。人類は、神から与えられたテスト用紙を前に、答えを決めかねていた。
観測室で、神々はその一部始終を見つめていた。
「見ろ」
裁定神が、冷たく言った。
「これが、彼らの本質だ。与えられた力を、まず疑い、独占し、同族に向けるための牙として磨き始める。私の世界(第二地球)では、このような愚かな対立は起こらん」
彼の言葉に、主神は反論できなかった。モニターに映る人類は、黄金時代への扉を開けるどころか、自らその扉に鍵をかけ、隣人と睨み合っている。その姿は、あまりにも愚かで、見ていられなかった。
「まだだ…」
主神は、祈るように呟いた。
「彼らの中から、きっと正しい道を選ぶ者が現れる。私は、それを信じ…」
その時だった。補佐神が、険しい表情でモニターの一点を指し示した。
「主神、あれを」
そこでは、ある大国が、秘密裏に建設していた巨大な施設が映し出されていた。明らかに、エネルギー施設にしては過剰な防御システムと、指向性エネルギーの射出を目的とした構造。
彼らは、最初に禁断の果実に手を伸ばしたのだ。
そして、その動きを衛星で察知した対立国もまた、自国のプロジェクトを兵器開発へと切り替える最終承認を下す。
もう、後戻りはできない。
パンドラの箱は、開かれた。あとは、最後に希望が残っているかどうか。
モニターの中で、世界の緊張が秒単位で高まっていく。まるで、二人の拳銃使いが、互いに銃口を向けたまま、引き金を引くタイミングを計っているかのようだった。
「…我々は、彼らを救うための鍵を渡したつもりが」
主神の顔から、血の気が引いていく。
「滅びのスイッチを、与えてしまったというのか…?」
神々のテストは、彼らの想像を遥かに超える速さで、最悪の結末へと突き進み始めていた。
人類は、本当に成長しないんですか?
何回、同じことを繰り返すのでしょう?
悲しいですね