第六話:創造主へのピング
『警告:被観測オブジェクトによる、観測領域への干渉を探知』
観測室に灯ったアラートは、まるで消えない烙印のように、神々の網膜に焼き付いていた。それは、彼らの絶対的な聖域が、初めて外側からノックされた音だった。
沈黙を破ったのは、やはり裁定神だった。彼の声には、焦燥と、そして
「だから言ったことか」
という苛立ちが混じっていた。
「これが、『何もしない』ことの結末だ。野放しにされた知性は、自らの分をわきまえなくなり、秩序を乱す。今や彼らは、我々の存在を脅かす『脅威』と化した。直ちに思考介入を開始し、この危険な探求に関する記憶と記録をすべて彼らの精神から消去すべきだ」
「待て!」
主神が鋭く制した。
「それは暴挙だ!自らの足でここまでたどり着いた彼らの知性を、我々の都合で踏みにじるというのか!それは、我々自身が彼らの進化の可能性を否定する、最悪の愚行だ!」
「ならばどうすると言うのだ!『やあ、我々が君たちの創造主だ』とでも挨拶に行くのか?真実を知れば、彼らの社会は崩壊する。我々が築いたこの宇宙の法則そのものが、彼らにとって砂上の楼閣と化すのだぞ!」
二柱の神の意見は、決して交わることのない平行線を辿った。片や、危険な探求を止めさせるべきという「封鎖派」。片や、彼らの到達した知性を尊重すべきという「静観派」。
議論が白熱する中、これまでデータを冷静に分析していた補佐神が、重い口を開いた。
「…もう、手遅れかもしれません」
「何?」
「どちらの選択肢を取るにせよ、我々が介入した時点で、我々は『存在する』ことを彼らに証明してしまう」
補佐神は、モニターの一画面を拡大した。そこには、第三地球の科学者たちが提唱した、ある実験計画の概要が映し出されていた。
『我々の宇宙が作為的なものであるという仮説を検証するためには、観測者がいると仮定し、その観測者に対して意図的な信号を送るのが最も有効である』
「彼らは、自分たちの理論が正しいことを証明するために、我々に『呼びかけ』ようとしています。もし我々が、彼らの探求を止めるために思考介入を行ったとしましょう。すると、特定の研究が不自然な形で一斉に停滞する。彼らほどの知性なら、その『不自然さ』に気づくはずです。『見えざる手によって、研究が止めさせられた』と。それは、彼らの仮説を裏付ける、何よりの証拠になってしまう」
神々は、自らが作った檻に閉じ込められたことに気づいた。
介入すれば、存在を肯定してしまう。
介入しなくても、いずれ存在を突き止められる。
彼らは、自分たちが生み出した知性によって、完全にチェックメイトをかけられていたのだ。
そして、神々が逡巡する、そのわずかな時間の間に。
人類は、動いた。
突如、観測室のすべてのモニターが、凄まじい勢いで明滅を始めた。第三地球の宇宙全域から、膨大なエネルギー反応が検知される。それは、自然現象ではありえない、極めて人工的で、数学的な秩序を持ったパターンだった。
彼らは、宇宙に存在する無数のパルサー(周期的に電波を放つ天体)の放射周期を、ごくわずかに、しかし意図的に操作したのだ。その周期の変化が描き出すパターンは、素数、円周率、黄金比…。宇宙そのものを楽器として奏でられる、壮大な数学の詩。
それは、嵐の海に投げ込まれた、瓶詰の手紙だった。
誰かがいるなら、これに応えてくれ、と。
観測室には、宇宙からの静かなメッセージが、アラートの光と共に降り注いでいた。
人類が、その誕生以来初めて、創造主に対して送った明確な信号。
『我々は、ここにいる。あなたは、誰だ?』
主神も、裁定神も、言葉を失ってその光景を見つめていた。
もはや、議論の時ではない。
彼らは、選択を迫られていた。
このピングに、どう応答するのか。あるいは、無視を貫くのか。
神々の実験は、創造主と被造物の「ファーストコンタクト」という、全く新しい、そして最も危険なフェーズへと突入した。
人間は、ここまで到達できるのですね
対して神は、彼らもまた成長するんでしょうかね?