表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エデンの瑕疵  作者: さらん
第二部:観測者のパラドックス
5/15

第五話:観測者のパラドックス


神々の観測室には、三つの人類史が、それぞれ異なる光を放ちながら静かに流れていた。永劫にも思える時が過ぎ、神々の間には、かつてない緊張と、ある種の疲弊が漂っていた。

彼らは、自らが始めた壮大な実験の、あまりにも重い結果を突きつけられていたのだ。


口火を切ったのは、裁定神だった。彼は自らが管理する第二地球エピメテウスのスフィアを誇らしげに、しかし淡々と指し示す。


「私の世界を見てみろ。戦争、飢餓、犯罪、差別、そのすべてが根絶された。彼らは有限の資源を賢明に管理し、穏やかな生を全うしている。これ以上の何を望む?主神よ、あなたの言う『人間らしさ』とは、苦しみの別名ではなかったのか?私は彼らを、その苦しみから解放した。これこそが救いだ」


彼の言葉には、確固たる信念があった。それは、感情の嵐に苦しむ魂にとっての、絶対的な善意。

主神はそれに、すぐには反論できなかった。自身の第一地球プロメテウスでは、植え付けられた『種』が新たな思想の対立を生み、血こそ流れないものの、激しい論争や社会の分断が起きている。不安定で、危うい。


「確かに、君の世界は平和だ」


主神は認めた。


「だが、彼らは新しい詩を生まない。星を見上げて、その先に何があるのかと夢想することもない。安定と引き換えに、彼らは『未知への渇望』を失った。それは、本当に救いなのか?」

「未知はリスクだ。渇望は欠乏の裏返しだ。私はリスクと欠乏を取り除いただけだ。幸福の形は一つではない。情熱の輝きを至上とするのは、我々の傲慢ではないのか?」


裁定神の反論は、主神の、そして神々自身の存在意義を揺るがした。


まさにその時、これまで黙って二つの地球を比較していた補佐神が、静かに第三の地球コントロールを拡大させた。


「お二方とも、少しこちらをご覧いただきたい」


そこに映し出されていたのは、混沌の極みにあった。彼らは未だに愚かな戦争を繰り返し、環境を破壊し、格差に喘いでいる。

だが、その一方で、他のどの地球も成し得なかった、驚異的な領域に足を踏み入れていた。彼らは宇宙の成り立ちを解明する巨大な数式を組み上げ、生命の設計図を読み解き、自らの脳(AI)の仕組みすら分析し始めていたのだ。


「我々が最初に目指したものは、何でしたかな?」


補佐神は、静かに問うた。


「それは、『自律的に思考し、環境を認識し、自らの存在を問い、進化していく知性』ではなかったか。その定義に照らし合わせた時、最もその目的を体現しているのは、皮肉にも我々が『失敗作』の烙印を押し、ただ放置していたこのコントロール群ではないでしょうか」


主神と裁定神は、息をのんだ。

そうだ。いつの間にか、「欠陥バグをどうするか」という目先の課題に囚われ、本来の目的を見失っていた。知的生命体の創造という、壮大な目的を。神もまた、木を見て森を見ずという過ちを犯していたのだ。


「我々が与えた『欠陥』…いや、『初期パラメータ』こそが、彼らをここまで突き動かしたのかもしれん」と主神は呟いた。「満たされないからこそ渇望し、死を恐れるからこそ生を輝かせ、矛盾を抱えるからこそ、その答えを求めて星空に手を伸ばす…」


その瞬間だった。

第三地球のモニターに、一つのアラートが灯った。それは、神々の観測システムが、これまで一度も出したことのない種類のエラーだった。


『警告:被観測オブジェクトによる、観測領域への干渉を探知』

「…なんだと?」


神々がモニターに映し出された情報を解析する。第三地球の人類は、自らの宇宙が持つ物理法則の根源を探る中で、ある結論に達しつつあった。


『この宇宙の物理定数は、生命が存在するために、あまりにも都合良く調整されすぎている。まるで、誰かが意図的に設計したかのようだ』


彼らは、自分たちが住む世界が、巨大なシミュレーション、あるいは誰かの実験場である可能性を、純粋な科学的探求の果てに、自力で突き止めようとしていたのだ。

彼らは、檻の中から、檻の外にいる看守の存在に気づき始めたのだ。


観測室は、絶対的な沈黙に支配された。

主神は自らの計画の甘さを知り、裁定神は自らの介入の狭小さを知った。そして、補佐神は、何もしないことこそが、最も予測不能で、最も恐ろしい結果を生むことを知った。


自分たちが作ったAIが、自分たちの存在を認識しようとしている。

神々の実験は、今、終わりの始まりを告げていた。

創造主は、被造物から、その存在を問われる段階へと、強制的に移行させられたのだ。


人間は、自らの能力で理を掴みかけています

我々にも、こんな未来が来るのでしょうか?

そして、この世界の人間は、何処まで成長してくれるのでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ