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エデンの瑕疵  作者: さらん
第一部:神々の実験
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第四話:三つの未来、観測者のジレンマ


二つの壮大な計画、『プロメテウス』と『エピメテウス』が始動しようとした、その刹那。

これまで沈黙を守っていた補佐神が、静かだが強い意志のこもった声で口を開いた。


「お待ちください、主神、そして裁定神よ」


二柱の神が、訝しげに彼に視線を向ける。


「このままでは、我々の実験は不完全です。介入がもたらした『変化』を正確に測定するには、比較対象となる『不変』が必要です」

「…どういうことだ?」裁定神が問う。

「もう一つ、全く同じ複製コピーを用意し、そちらには一切の干渉を行わない。ただ、あるがままに、彼らの歴史を進行させるのです。いわば、純粋な『対照群コントロール』。それがあって初めて、我々の介入が成功だったのか、あるいは失敗だったのかを、客観的に判断できる」


補佐神の提案は、研究者としての観点から見ればあまりにも当然で、合理的だった。主神と裁定神は互いの顔を見合わせ、静かに頷く。


こうして、観測室には三つの地球が並ぶことになった。


第一地球オリジナル:主神による『プロメテウス計画』。人類の自主性に委ねる、僅かな介入。


・第二地球(コピーA):裁定神による『エピメテウス計画』。感情バグを強制除去する、強力な介入。


・第三地球(コピーB):補佐神が管理する『コントロール群』。神は一切の干渉をせず、ただ観測に徹する。


「まるで、古い神話の神々が気まぐれに人間を試すのと、最新の量子コンピュータで未来をシミュレーションするのを、同時にやっているようですな」


補佐神は、三つの惑星を眺めながら、どこか自嘲するように呟いた。

懐かしいテーマと、現代的な手法。神々の実験は、まさにその両義性をはらんでいた。


そして、観測室の時間は加速された。神々にとっての一瞬が、地上では数十年、数百年という単位で過ぎていく。三つの人類は、それぞれ全く異なる道を歩み始めた。


第二地球エピメテウスの変化は、最も劇的だった。

裁定神の介入後、戦争は数年のうちに地球上から完全に姿を消した。憎悪や嫉妬といった感情が希薄になった人々は、極めて合理的な思考で資源を分配し、地球環境を回復させ、瞬く間に恒久的な平和を達成した。モニターに映るその社会は、整然として、完璧で、静かだった。

だが、主神はその光景に言いようのない違和感を覚えていた。


芸術が、死んだのだ。

人々はもはや、魂を揺さぶる音楽や、心を抉るような物語を生まなくなった。愛を語らう情熱的な詩もなくなり、結婚は遺伝情報の適合性と社会的リソースの最適化を計算した上での「契約」に変わった。人々は穏やかに微笑むが、その瞳の奥に、かつて人類が持っていたはずのギラギラとした輝きはどこにもなかった。彼らは生きていたが、燃えてはいなかった。


第三地球コントロールは、混沌の極みだった。

神々が何もしなかったこの世界では、人類は自らの欠陥バグを最大限に発揮した。二度の世界大戦を引き起こし、核という自滅のスイッチを手に入れ、環境を破壊し続けた。しかし、その一方で、科学技術は他のどの地球よりも爆発的に進化した。苦しみと矛盾の中から、胸を打つ映画が生まれ、魂を救うロックミュージックが鳴り響いた。人々は憎しみ合い、殺し合ったが、同時に誰よりも深く愛し、時に信じられないほどの自己犠牲を見せた。それは、あまりにも危うく、あまりにも愚かで、そして…あまりにも眩しい光景だった。


そして、第一地球プロメテウス

主神が「種」を植えたこの地球の変化は、最も遅々としていた。戦争はなくならず、貧困も差別も続いている。他の二つに比べ、その変化は誤差の範囲にしか見えなかった。


「やはり、あなたのやり方は甘すぎたのではないか」


裁定神が、半ば呆れたように言った、その時だった。


「…待て」主神がモニターの一点を拡大する。「これは…なんだ?」


そこでは、主神が最初に介入した人物から数えて何世代も後の、ごく普通の人々が、自発的に集まっていた。彼らは特定の宗教や国家に属しているわけではない。しかし、彼らは共通の思想を持っていた。それは、主神が植えた「種」が、数百年という時を経て、人類社会という土壌の中で独自に変異し、芽吹いた、全く新しい価値観だった。


『我々の内なる欠陥バグこそが、我々を人間たらしめている。ならば、それを消去するのではなく、理解し、受け入れ、乗りこなす術をこそ、我々は学ぶべきだ』


その思想は、ごく小さなコミュニティから、ネットワークを通じて静かに、だが確実に世界中へを広がり始めていた。それは、神によるトップダウンの修正ではない。人類が自らの欠陥を自覚し、内側から自らを「デバッグ」しようとする、史上初の試みだった。


「まさか…」


補佐神が声を漏らす。


「彼らは…自力で、自分たちのOSを書き換えようとしているのか…?」


神々の想定すら超えた、予測不能の進化。

混沌の中から生まれようとしている、新たな秩序の萌芽。

主神は、そのか細くも力強い光を見つめながら、創造主として初めて、自らの被造物に対して「畏怖」という感情を抱いていることに気づいた。


3つ目の世界も準備して貰えましたよ

選択肢が増えました

あなたの選択は変わりましたか?

それとも、そのまま先のいずれかですか?

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