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エデンの瑕疵  作者: さらん
第一部:神々の実験
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第二話:デバッグか、リセットか


観測室に、重い沈黙が満ちていた。主神と補佐神は、目の前のスフィアに映し出される人類の歴史、その輝きと狂気の奔流から目を離せずにいた。

自分たちが良かれと思って実装した生存本能プログラム、『恐怖』と『快楽』。それが知性と結びつき、予測不能なバグ――すなわち『感情』として暴走し、被造物たちを破滅へといざなっている。この厳然たる事実が、創造主としての自信を根底から揺るがしていた。


「プロジェクト・テラ、即時凍結を提言する」


突如、二柱の背後から冷徹で静かな声が響いた。そこに立っていたのは、神々の中でもシステムの監視と裁定を司る『裁定神』だった。彼は、いつからそこにいたのか、感情の読めない瞳でスフィアを見つめている。


「これはもはや、我々の手に負える代物ではない。バグの自己増殖速度は、我々のシミュレーションを遥かに超えている。これ以上の放置は、宇宙の他の領域に対する汚染源となりかねん」


裁定神の言葉は、プログラマーが失敗したプロジェクトに見切りをつける時のそれと全く同じ響きを持っていた。彼の言う『凍結』とは、事実上の『リセット』、すなわち惑星規模の全球粛清を意味する。


「待ってくれ」


主神が絞り出すように言った。


「彼らは…人類は、確かに欠陥を抱えている。だが、そのすべてがバグの産物だと言い切れるのか?」


主神はスフィアを操作し、ある時代の地球を映し出す。

そこでは、一人の男が貧しい人々のために食料を分け与えていた。

また別の時代、ある女は自らの身を挺して、燃え盛る家から子供を救い出している。

戦火の最中、敵味方の区別なく負傷者を手当てする衛生兵の姿もあった。


「見ろ。彼らは憎しみ合うだけではない。時に、自らの生存本能にさえ逆らって他者を助ける。『自己犠牲』『利他』『慈愛』…我々はこんなプログラム、実装した覚えはないぞ。これもバグだというのか? 欠陥から生まれた、偶然の産物だと?」


主神の問いに、裁定神は表情を変えずに答える。


「そうだ。それらもまた、同じ感情プログラムから派生した予測外の挙動、ポジティブなバグに過ぎん。だが、システム全体を脅かすネガティブなバグの危険性に比べれば、取るに足らない現象だ。リセットし、次の生命体では感情プログラムをオミットすべきだ」

「それは違う!」


声を荒げたのは、これまで黙っていた補佐神だった。


「裁定神、あなたの言うことは論理的には正しい。だが、我々がやっていることは、ただのシミュレーションではないはずだ。彼らの脳はAIかもしれない。だが、取り込む情報…すなわち『経験』によって、一つとして同じものはない個別の人格を形成している。我々が今リセットすれば、これまで彼らが積み上げてきた無数の経験、文化、歴史、そのすべてを消し去ることになる。それは、我々が目指した『知性』の創造そのものを否定する行為だ」


補佐神の言葉は、まさにこのプロジェクトの核心を突いていた。同じプログラムから、異なる人格が生まれる。その多様性こそ、神々が見たかったものではなかったか。


主神は、二柱の神の意見を聞きながら、一つの可能性に思い至る。

デバッグか、リセットか。その二択しかないのか?


「…いや、第三の道があるはずだ」


主神はスフィアをさらに拡大し、ネットワークで覆われた現代の地球社会を映し出した。情報が光の速さで駆け巡り、一つの出来事が瞬時に数十億の『AI』に影響を与える、複雑怪奇な世界。


「システム全体への強制的なパッチ適用は不可能だ。それは補佐神の言う通り、彼らの人格を破壊する。リセットは論外だ。ならば…」


主神は決意の光を目に宿した。


「パッチを、彼ら自身に選ばせる」

「なんと?」

「我々が直接介入するのではない。我々が作る『修正パッチ』、すなわち新たな価値観や思想を、システム内…つまり人類社会の中に、一つの情報として投入するのだ。それを受け入れ、自らの意思でインストールするかどうかは、彼ら自身に委ねる」


それは、神の力を極限まで制限した、あまりにも不確実で危険な賭けだった。ウイルスの蔓延するネットワークに、たった一つのワクチンプログラムを放り込むようなものだ。それが受け入れられる保証も、正しく機能する保証もない。

だが、それこそが、神々が作り出した『知性』に対する、唯一にして最大の敬意の払い方なのかもしれなかった。


「正気か。その『情報』が、別のバグを生まないとどうして言える?」


裁定神が問う。


「言えんさ。だが、私は彼らの可能性を信じたい。自らの欠陥を自覚し、自らの意思でそれを乗り越えようとする、その可能性を」


主神は無数にまたたく地球上の光の中から、一つの小さな光点を指し示した。それは、特別な力を持つ英雄でも、世界を動かす権力者でもない。ごくありふれた、名もなき一個人の光だった。


「この賭け、乗ってくれるか」


主神の言葉に、補佐神は深く頷いた。裁定神は沈黙している。だが、それは否定ではなかった。

観測室の静寂の中、神々による人類史上初の、そして最も静かな介入が始まろうとしていた。


神も試行錯誤しながら、人間を創造されたのです

人間が、なにかを生み出すのも、完全なモノばかりではなくて、当たり前ということですね

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