第十話:連鎖的崩壊(カスケード・フェイリャー)
光の槍が惑星に着弾した瞬間、神々の観測室は、音のない衝撃に揺れた。
それは、人類が想像したような、巨大なキノコ雲や衝撃波ではなかった。
着弾した大陸の中心から、漆黒の『球体』が生まれ、爆発的に膨張したのだ。それは光すら飲み込む、絶対的な『無』。その球体に触れた大地、海、大気、すべてが、データが消去されるかのように、この宇宙からその存在を抹消されていく。
街の灯りが、瞬時に吸い込まれ、消えていく。
悲鳴を上げる時間すらなかっただろう。
「報告を」
主神が、絞り出すような声で言った。
補佐神は、モニターに表示される異常な数値を、信じられないという表情で読み上げた。
「…理解不能です。これは、単なる破壊ではありません。着弾点の時空連続体が、完全に崩壊しています。彼らが兵器として転用したエネルギーは、この宇宙を成り立たせている物理法則そのものを、根底から破壊する『バグ』を内包していたようです」
裁定神の顔から、初めて、あの氷のような冷静さが消え失せた。
「…なんだと?兵器利用のリスクは予測していた。だが、世界の『理』そのものを破壊するなど…!これは、彼らの欠陥が引き起こしたのではない。我々が与えた技術、そのものに予測不能の欠陥があったというのか…?」
そう、これはもはや、人類の愚かさだけの問題ではなかった。
神々が与えた『鍵』は、扉を開けるだけでなく、その家の土台ごと崩壊させる、呪われた代物だったのだ。
そして、最悪の事態は、まだ終わらない。
漆黒の球体は、惑星の半分を飲み込んだところで、その膨張を止めた。だが、その影響は、惑星全体に、まるで致死性のウイルスの如く広がっていた。
大地はヒビ割れ、空の色は不気味に変色し、惑星の自転軸すら狂い始める。
それは、ゆっくりとした、しかし確実な、惑星そのものの『死』だった。生き残った半球の者たちも、もはや滅びを待つことしかできない。
さらに、補佐神が絶望的な報告を続けた。
「警告!当該宇宙の崩壊は、自己増殖的な性質を持っています。このまま放置すれば、因果律の汚染が他の実験領域(コピー地球)にまで影響を及ぼす可能性があります!」
「なんだと!」
「この『失敗』は、もはやこの宇宙だけの問題ではありません。我々の観測室そのものを脅かす、システム全体の致命的エラーと化しつつあります!」
神々の間に、初めて、本当の『恐怖』が走った。
自分たちが、自分たちの手で、宇宙を破壊するウイルスを作り出してしまったのだ。
「…隔離しろ」
裁定神が、厳しい声で決断を下した。
「第三地球を、我々のタイムラインから完全に切り離し、封鎖する。宇宙ごと、消滅させるのだ。これ以上、汚染を広げるわけにはいかん!」
それは、非情な、しかし唯一の選択肢だった。
主神は、何も言えなかった。彼が最も信じ、最も期待した世界。混沌の中から、神の存在にまで手を伸ばした、愛すべき子供たち。そのすべてを、自らの手で葬り去らねばならない。
主神は、ゆっくりとスフィアに近づき、震える手で、第三地球に触れた。
彼の脳裏に、この星で生まれた、数えきれない命の輝きが、走馬灯のように駆け巡る。彼らが作った詩、彼らが奏でた音楽、彼らが抱いた愛と憎しみ。そのすべてが、今、無に帰る。
「…すまない」
創造主が、自らの創造物には聞こえるはずのない、謝罪の言葉を呟く。
そして、第三地球を覆うように、光の壁が形成された。それは、この宇宙を他のすべての宇宙から切り離す、絶対的な壁。
壁の内側で、惑星は最後の輝きを放ち、そして、ゆっくりと光を失っていく。
やがて、完全にその姿を消し、観測室に浮かんでいた三つのスフィアの一つが、プツリと音を立てて、漆黒の闇に変わった。
モニターには、冷たいシステムメッセージが表示されるだけだった。
INSTANCE "TERRA_CONTROL" TERMINATED.
主神は、何も映さなくなったその闇を、ただ、立ち尽くして見つめていた。
神々の、最も壮大で、最も愚かな実験は、一つの宇宙の完全な消滅という、最悪の形で、その幕を閉じた。
残されたのは、二つの地球と、創造主の心に刻まれた、永遠に癒えることのない傷跡だけだった。
人類だけではなく、神の情報にさえ、バグがあったのでは、人類の責任だけではなさそうですね
しかし、破滅を選んでしまったのは、やはり人類の選択ということを忘れられません




