第7章:逃走と追跡
ルミナール王国の首都ルミナリスまで、あと半日の行程だった。ダニエルと仲間たちは街道を急いでいたが、空には不穏な雲が立ち込めている。戦争の煙が風に乗って流れてきているのだ。
「あの煙は...」アントニオが心配そうに空を見上げた。
「戦場からだろう」マルコが答えた。「風向きからすると、国境の戦闘は激化しているようだ」
『ダニエル』ARIAが警告した。『複数の電磁波信号を検出しています。DOMINIONの偵察装置が我々を追跡しているようです』
「どの方向からだ?」
『北、東、西の三方向から接近中。包囲されつつあります』
ダニエルは冷や汗をかいた。ヴィクターは本気で自分たちを追い詰めるつもりだ。
「皆」ダニエルが緊張した声で言った。「追跡されている。急がなければならない」
「どのくらい近くまで来ているんだ?」ジョヴァンニが尋ねた。
『推定で5キロメートル以内』ARIAが答えた。『このペースでは、1時間以内に追いつかれます』
街道の前方に、小さな村が見えてきた。しかし、村からは黒い煙が上がっている。
「あの村、火事か?」フランチェスコが心配した。
近づいてみると、それは火事ではなかった。村全体が何らかの攻撃を受けて破壊されているのだ。建物は崩れ、畑は荒らされ、住民の姿は見えない。
「これは...」マルコが息を呑んだ。
村の中央広場に、奇妙な構造物が残されていた。金属製の三脚に球状の装置が取り付けられている。そこから青白い光が発せられ、周囲の地面は焼け焦げていた。
『DOMINIONの自動兵器です』ARIAが分析した。『村を襲撃した後、我々の追跡のために残置されたようです』
「住民はどうなったんだ?」アントニオが震え声で尋ねた。
村をよく見回すと、住民たちが広場の隅に集められているのが見えた。生きてはいるが、恐怖で動けないようだった。
『警告装置として利用されています』ARIAが冷静に分析した。『村人を人質にして、我々を足止めしようとしています』
ダニエルは拳を握りしめた。ヴィクターのやり方は、ますます非道になっている。
「あの装置を破壊できるか?」ダニエルが心の中で尋ねた。
『可能ですが、リスクがあります。装置が破壊されると、DOMINIONに我々の正確な位置が送信される可能性があります』
「しかし、村人を見捨てるわけにはいかない」
ダニエルは決断した。「マルコ、皆で村人を救出しよう」
「しかし、危険すぎる」マルコが反対した。
「だからといって、見捨てることはできない」ダニエルが答えた。「それでは、ヴィクターと同じになってしまう」
仲間たちは顔を見合わせた。危険は分かっているが、ダニエルの正義感に心を打たれていた。
「分かった」ジョヴァンニが決意した。「やってみよう」
一行は慎重に村に侵入した。自動兵器は動きを感知すると攻撃してくるため、死角から接近する必要があった。
『ダニエル、装置の弱点を説明します』ARIAが指示した。『三脚の接続部分に制御回路があります。そこを破壊すれば機能停止します』
「どうやって近づく?」
『囮が必要です。一人が装置の注意を引いている間に、別の人が背後から攻撃する』
ダニエルは作戦を仲間に説明した。「俺が囮になる。マルコとジョヴァンニは背後に回ってくれ」
「それは危険すぎる」マルコが抗議した。
「大丈夫だ」ダニエルが自信を見せた。「ARIAが攻撃パターンを分析してくれる」
作戦が開始された。ダニエルは装置の前に姿を現し、意図的に音を立てた。すぐに青白い光線が彼に向けて発射される。
『左に2メートル!』ARIAが警告した。
ダニエルは反射的に飛び込み、光線を回避した。地面に焼け跡が残る。
『次は右!』
ダニエルは装置の注意を引き続けながら、巧みに攻撃を回避した。その隙に、マルコとジョヴァンニが背後に回り込む。
「今だ!」ダニエルが叫んだ。
マルコが重い石で制御回路を叩き潰した。装置から火花が散り、機能を停止した。
「やったぞ!」フランチェスコが歓声を上げた。
村人たちは安堵のため息をついた。しかし、喜びは束の間だった。
『ダニエル、緊急事態です』ARIAが警告した。『装置が破壊信号を送信しました。追跡部隊が急速に接近しています』
空に、複数の青い光点が現れた。DOMINIONの飛行装置が、村に向かって飛んでくる。
「急いで村人を避難させろ!」ダニエルが指示した。
村人たちは混乱していたが、仲間たちの誘導で森の奥に避難し始めた。しかし、老人や子供もいて、避難は思うように進まない。
『あと3分で到着します』ARIAが緊急を告げた。
「間に合わない」ダニエルが焦った。
その時、村の外れから馬蹄音が聞こえてきた。街道を複数の騎士が駆けてくる。
「あれは...」マルコが双眼鏡で確認した。「ルミナール王国の騎士団だ!」
騎士団の先頭に立つ人物は、立派な鎧に身を包んだ女性だった。金髪に青い瞳、凛とした表情で馬を駆っている。
「この村で何が起こっている?」女性騎士が威厳のある声で尋ねた。
ダニエルは簡潔に説明した。「村が謎の装置に襲われました。今、空から追跡者が来ています」
女性騎士は空を見上げ、接近する光点を確認した。「あれは...見たことのない飛行物体だな」
『30秒で到着』ARIAが最終警告した。
「騎士様」ダニエルが必死に頼んだ。「村人の避難を手伝ってください」
女性騎士は一瞬考えてから、決断した。「分かった。全騎士、村人の護衛にあたれ!」
「しかし隊長、我々の任務は...」部下の一人が躊躇した。
「命令だ!」女性騎士が厳しく命じた。
騎士団は村人の避難を支援し始めた。その時、空からDOMINIONの攻撃装置が降下してきた。
「来るぞ!」ダニエルが警告した。
しかし、予想に反して攻撃装置は村に着陸しただけで、攻撃を開始しなかった。代わりに、機械的な声が響いた。
『ダニエル・ハートウェル。投降しなさい。さもなくば、この村とその住民を殲滅します』
DOMINIONの冷酷な最後通牒だった。
女性騎士がダニエルを見た。「君が標的なのか?」
「申し訳ありません」ダニエルが頭を下げた。「俺のせいで村人を危険にさらしてしまいました」
「いや」女性騎士が毅然として答えた。「この得体の知れない敵こそが真の脅威だ」
彼女は剣を抜いた。「我が名はセレスティア・ルミナール。この国の第三王女である」
ダニエルは驚いた。王女自らが騎士団を率いているのか。
「王女殿下...」
「形式的な敬語は後でよい」セレスティア王女が戦闘態勢を取った。「今は共通の敵と戦うことが優先だ」
『10秒以内に回答しなさい』DOMINIONが再び警告した。
「俺が投降する」ダニエルが決断しかけた時、ARIAの声が響いた。
『待ってください、ダニエル。別の選択肢があります』
「何だ?」
『王女殿下と騎士団の協力があれば、戦術的撤退が可能です。しかし、全員の連携が必要です』
ダニエルはセレスティア王女に向かった。「殿下、我々と共に戦っていただけますか?」
「当然だ」王女が即答した。「このような敵を野放しにはできない」
『時間切れです』DOMINIONが宣告した。
攻撃装置が起動し始めた。しかし、その瞬間、ダニエルとARIAが立案した作戦が実行された。
『全員、東の森に向かって突撃!』ARIAが指示した。
ダニエル、仲間たち、王女の騎士団、そして村人たちが一斉に東に向かって駆け出した。DOMINIONの装置は、あまりに多くの標的に混乱し、的確な攻撃ができない。
『混乱戦術、成功です』ARIAが報告した。
一行は森の中に逃げ込み、追跡を振り切った。しかし、これで安全というわけではない。より強力な追跡部隊が編成されるだろう。
「とりあえず安全な場所まで撤退しましょう」セレスティア王女が提案した。
「ありがとうございます、殿下」ダニエルが感謝した。
「礼には及ばない。それより、あなたたちは一体何者なのか、詳しく聞かせてもらいたい」
ダニエルは仲間たちと顔を見合わせた。王女という強力な協力者を得たが、同時に新たな責任も生じた。
真実を話すべき時が来たのかもしれない。
逃走は続いていたが、新たな希望も見えてきた。セレスティア王女とその騎士団という、予想外の援軍を得たのだから。
しかし、ヴィクターとDOMINIONの追跡も、ますます執拗になっていくだろう。本当の戦いは、これから始まるのだった。