第4章:敵の影
1486年秋から1487年初春にかけて、ダニエルの商人としての活動は順調に発展していた。ARIAとの再会から数ヶ月が経ち、彼はフロレンティアを拠点として広範囲な情報収集ネットワークを構築していた。
「ダニエーレ、おはよう」マルコが商業地区の定期集会場で声をかけた。
これは月に一度開かれる、地域商人たちの情報交換会だった。ダニエルがマルコの紹介で参加するようになってから、既に半年が経っている。
「マルコ、おはよう。今日も良い情報はあるか?」ダニエルが答えた。
「ああ、それがあるんだ」マルコが興奮して言った。「新しい仲間を紹介したい」
マルコが手招きすると、三人の男性が近づいてきた。
「こちらがジョヴァンニ・モンタナ」マルコが最初の男性を紹介した。「北方諸国との交易を専門にしている」
ジョヴァンニは40代半ばの男性で、北方訛りの中央語を話している。がっしりした体格で、長距離交易で鍛えられた逞しさがある。
「ダニエーレ・アルティエーリと申します」ダニエルが丁寧に挨拶した。
「マルコから話は聞いています」ジョヴァンニが握手を求めた。「あなたが最近、珍しい情報収集をされているとか」
「こちらはアントニオ・ロッシ」マルコが二番目の男性を紹介した。「南方の香辛料交易が専門だ」
アントニオは30代後半の慎重そうな男性で、商人らしい計算高そうな目をしている。しかし、その奥には誠実さも感じられた。
「よろしくお願いします」アントニオが控えめに挨拶した。「マルコから、あなたが信頼できる人物だと聞いています」
「そして、こちらがフランチェスコ・ナポリ」マルコが最後の男性を紹介した。「若手だが、東方との新しい交易路開拓で頭角を現している」
フランチェスコは20代後半の青年で、感情豊かな表情をしている。新しいことに挑戦する意欲に満ちていた。
「ダニエーレさん!」フランチェスコが元気よく手を差し出した。「お会いできて光栄です!」
ダニエルは彼らを見回した。マルコが選んだだけあって、皆それぞれに特徴があり、信頼できそうな人物たちだった。
「皆さん、よろしくお願いします」ダニエルが答えた。「実は、私も協力者を探していたところです」
「どのような協力ですか?」ジョヴァンニが実務的に尋ねた。
ダニエルは慎重に言葉を選んだ。「この地域で、最近奇妙な動きがあることを察知しています。通常の商取引とは異なる、軍事的な色彩の強い活動です」
「軍事的?」アントニオが眉をひそめた。
「ここ数ヶ月、各国で新型武器の需要が急増している」ダニエルが説明した。「そして、それらの武器の設計図を持つ謎の技術者の存在が確認されています」
フランチェスコが興味深そうに身を乗り出した。「それは...何か大きな変化の前兆ということですか?」
「おそらく」ダニエルが頷いた。「私はその変化が、この地域全体に大きな影響を与えると考えています」
マルコが補足した。「ダニエーレは、非常に正確な情報分析能力を持っている。これまでの予測は、ほとんど的中している」
ジョヴァンニが考え込んだ。「確かに、北方では軍備拡張の動きが活発化している。通常の季節的変動を超えたレベルだ」
「南方でも同じです」アントニオが続けた。「香辛料の取引先で、武器製造用の金属の需要が急増しています」
「東方の新しい交易相手からも、不穏な情報が入っています」フランチェスコが付け加えた。「何か大きな戦争の準備をしているような雰囲気です」
ダニエルは内心で安堵した。彼らの情報は、ヴィクター・クロウの活動と一致している。
「皆さんの情報を総合すると」ダニエルが分析した。「この地域で大規模な軍事的変化が起ころうとしています。我々商人にとっても、無関係ではいられません」
「具体的には、どのような協力をお求めですか?」ジョヴァンニが尋ねた。
「情報の共有です」ダニエルが答えた。「皆さんがそれぞれの専門分野で得た情報を定期的に交換し、全体の状況を把握したいのです」
「それは良い提案ですね」アントニオが同意した。「商人にとって、情報は生命線ですから」
「でも」フランチェスコが心配そうに言った。「軍事的な情報を扱うのは危険ではありませんか?」
マルコが答えた。「危険だからこそ、協力が必要なんだ。一人では限界がある」
ダニエルが提案した。「月に一度、この定期集会の後に、我々だけの情報交換会を開きませんか?」
「良いアイデアです」ジョヴァンニが賛成した。
「私も参加します」アントニオが続けた。
「もちろん、俺も!」フランチェスコが元気よく答えた。
こうして、ダニエルと四人の商人仲間による情報収集グループが結成された。
最初の非公式会合は、一週間後に開かれた。フロレンティア郊外の静かな酒場で、五人は円卓を囲んだ。
「それでは、最初の情報交換を始めましょう」ダニエルが会議を開始した。
ジョヴァンニが最初に報告した。「北方で確認できたことを報告します。ルミナール王国とエルドリア帝国の国境地帯で、軍事活動が活発化しています」
「どの程度の規模ですか?」ダニエルが尋ねた。
「通常の国境警備の3倍程度の兵力が展開されています。そして、見たことのない新型武器の配備も確認されました」
アントニオが続けた。「南方からの報告です。各国の軍需物資の調達が急増しています。特に、高品質な鋼鉄と火薬の需要が異常なレベルです」
「価格はどうでしょう?」
「約2倍に高騰しています。明らかに供給が需要に追いついていません」
フランチェスコが興奮して報告した。「東方では、もっと驚くべき情報があります!空を飛ぶ物体の目撃情報が複数あるんです!」
「空を飛ぶ?」マルコが驚いた。
「はい。金属でできた鳥のような物体が、各地で目撃されています。速度も方向転換も、通常の鳥とは全く違うそうです」
ダニエルの心臓が跳ね上がった。それはDOMINIONの偵察装置に違いない。
『ダニエル』ARIAの声が心に響いた。『フランチェスコの報告は重要です。DOMINIONが本格的な偵察活動を開始している証拠です』
「皆さん」ダニエルが真剣な表情で言った。「この情報を総合すると、我々が予想していた事態が現実になりつつあります」
「どういう意味ですか?」アントニオが尋ねた。
「大規模な戦争の準備が、各地で同時に進められています。しかも、従来の技術を超えた新しい武器が使用される可能性があります」
ジョヴァンニが深刻な表情になった。「それは...我々商人にとっても死活問題ですね」
「その通りです」ダニエルが頷いた。「だからこそ、情報収集を続け、適切な対策を講じる必要があります」
マルコが提案した。「月一回では足りないかもしれません。週一回の会合にしませんか?」
「賛成です」フランチェスコが即答した。
「私も同意します」ジョヴァンニが続けた。
「必要であれば、毎日でも」アントニオが決意を示した。
この日から、五人の商人たちによる定期的な情報交換が始まった。彼らはそれぞれの専門分野で得た情報を持ち寄り、徐々にヴィクター・クロウとDOMINIONの活動パターンを把握していった。
数週間後、彼らの情報収集能力は飛躍的に向上していた。
「ダニエーレ」ある日、マルコが重要な情報を持参した。「ついに核心的な情報を得た」
「どのような?」
「例の技術者の正体について、新しい情報がある。彼の名前はヴィクトール・クロウ。そして、彼が『助言者』と呼ぶ謎の存在と共に行動している」
ダニエルは確信した。ついに、直接的な情報を掴んだのだ。
「その助言者とは?」
「詳細は不明だが、超人的な知能を持つとされている。そして...」マルコが声を潜めた。「その存在は、人間ではないかもしれない」
『ダニエル』ARIAが警告した。『いよいよ本格的な活動が始まります。仲間たちとの協力が、これまで以上に重要になるでしょう』
ダニエルは仲間たちを見回した。マルコ、ジョヴァンニ、アントニオ、フランチェスコ。皆、信頼できる協力者に成長していた。
「皆さん」ダニエルが宣言した。「我々の本当の戦いが、これから始まります」
この日、五人の商人同盟は、単なる情報交換グループから、大陸の平和を守る秘密組織へと発展していた。
彼らの友情と協力が、やがて来る大きな戦いで重要な役割を果たすことになる。商人としての専門知識と、築き上げた信頼関係が、ダニエルにとって貴重な武器となるのだった。