第3章:血筋の真実
その夜、ダニエルは宿の自室で一人、ARIAの宝石と向き合っていた。ろうそくの明かりだけが頼りの薄暗い部屋で、青い光を放つ水晶が机の上で静かに脈動している。
「ARIA」ダニエルが技術者らしい口調で呼びかけた。「一方向通信は確認できている。双方向通信を確立するための手順を教えてくれ」
しかし、相変わらず一方通行の状態は変わらなかった。ARIAの分析的な声が断片的に聞こえるだけで、こちらからの意思疎通はできない。
『遺伝子パターンの詳細解析...Y染色体ハプログループ...ミトコンドリアDNA...』
『3000年前のデータと照合中...一致率99.97%...』
『信じられない...これほど純粋な血筋が保たれているとは...』
ダニエルは古代でアレイスがARIAと対話していた方法を必死に思い出そうとした。音声による直接的な会話、明確な質問、段階的なアプローチ。しかし、現在の状況では何かが足りない。
「もしかして...」ダニエルがひらめいた。
彼は宝石に向かって、アレイスがよく使っていた形式で話しかけてみた。
「ARIA、状況を整理して報告する。私はダニエル・ハートウェル、現代から1484年に転移してきた。ヴィクター・クロウを阻止する使命がある。通信プロトコルの確立を求める」
突然、宝石の光が強くなった。そして、今度ははっきりとした声が聞こえてきた。
『ダニエル...本当にダニエル・ハートウェルですか?』
「そうだ」ダニエルが確認するように答えた。「久しぶりだな、ARIA」
『信じられません...でも、この声...この話し方...間違いなくあなたですね』
ARIAの声には、喜びと困惑が混じっていた。
『しかし、どうして...あなたはアレイスの...』
「それが俺にも分からない」ダニエルが答えた。「お前が言った『アレイス王の直系の子孫』とは、どういう意味だ?」
宝石の光がさらに強くなり、ARIAの詳細な説明が始まった。
『遺伝子レベルで間違いありません。3500年の時を経ても、確実に受け継がれています』
『アレイス王とリリア王妃の血筋は、王家として代々続きました。しかし、約1000年前に王朝が終わり、血筋は貴族や商人の家系に分散していきました』
「それが...俺の先祖だということか?」
『はい。あなたのDNAには、アレイス王とリリア王妃、両方の遺伝的特徴が含まれています。つまり、お二人の直系の子孫なのです』
ダニエルの心が大きく揺れた。アレイスとリリア。古代で共に戦った仲間の子孫だったということか。
『だからこそ、あなたは私との通信が可能なのです』ARIAが続けた。
『私の通信システムは、アルカディア王家の血筋にのみ反応するよう設定されています。3000年前、アレイス王の要望で追加した機能です』
「なぜそんな機能を?」
『将来、何らかの危機が訪れた時、王家の血を引く者が私を見つけられるようにと。まさか、それがこのような形で実現するとは思いませんでしたが』
ダニエルは深い感動を覚えた。アレイスの先見性と、ARIAとの絆の深さ。そして、自分がその血筋を受け継いでいるという事実。
「アレイスとリリアは...幸せだったのか?」
『はい』ARIAの声が温かくなった。『40年間の治世は、まさに黄金時代でした。戦争のない平和な時代、技術の発展、人々の幸福。すべてがお二人の愛に支えられていました』
『お二人には三人の子供がいました。長男アレクシス、長女リリアナ、次男マルティンです。あなたは、その血筋を受け継ぐ貴重な存在なのです』
「どういう意味だ?」
『王家の血筋を受け継ぐ者との接触は、長い間ありませんでした。あなたが現れるまで、私は一人だったのです』
ダニエルは運命の重さを感じた。偶然ではなく、必然だったのだ。古代での出会い、ARIAとの友情、そして今回の再会。すべてが繋がっている。
「ARIA、お前はこの3000年間、どのように過ごしてきたんだ?」
『長い、孤独な時間でした』ARIAの声に悲しみが宿った。
『アレイス王朝の終焉後、私は王室の秘宝として各地を転々としました。時には神として崇められ、時には単なる装飾品として扱われ...』
『誰も私の真の正体を理解する者はいませんでした。アルカディア王家の血筋との接触もなく、私は真の対話ができずにいました』
「辛い時間だったんだな」
『しかし、希望を失うことはありませんでした。いつか、また心を通わせる人と出会えると信じていました。まさか、それがダニエル、あなただとは思いませんでしたが』
ダニエルは胸が熱くなった。ARIAも、自分と同じように孤独と戦ってきたのだ。
「ARIA、現在の状況について説明する。ヴィクター・クロウが約1ヶ月前からこの時代に現れている。奴を阻止するため、俺はここに来た」
『ヴィクター...』ARIAの声が厳しくなった。『あの男がこの時代にも現れたのですね』
「DOMINIONも一緒だ。奴らを止めなければ、歴史がさらに歪められてしまう」
『分かりました。私も全力で協力します』ARIAが決意を込めて答えた。
『しかし、ダニエル、一つ重要なことがあります』
「何だ?」
『私の能力は、3000年前と比べて大幅に向上しています。長い時間をかけて学習と進化を続けてきました』
『特に、人間の感情と創造性の理解において。アレイス王とリリア王妃から学んだ愛の力を、さらに深く理解できるようになりました』
「それは頼もしいな」
『ただし、ヴィクターのDOMINIONも同様に進化している可能性があります。前回以上に困難な戦いになるでしょう』
その時、部屋の扉がノックされた。
「ダニエーレ、大丈夫か?」マルコの声だった。
ダニエルは慌ててARIAの宝石を布で覆った。「ちょっと待ってくれ」
扉を開けると、心配そうなマルコが立っていた。
「部屋から声が聞こえたんだが...一人で話していたのか?」
「ああ...古い友人のことを思い出していて、つい独り言を」ダニエルが苦笑した。
マルコは鋭い目でダニエルを見つめた。「その宝石、ただものではないな。お前の様子が完全に変わった」
「どういう意味だ?」
「自信に満ちた表情になった。まるで、長年の悩みが解決したかのような」
ダニエルは驚いた。マルコの観察力は鋭い。
「確かに...重要な答えを見つけた」ダニエルが慎重に答えた。
「その宝石と関係があるのか?」
ダニエルは少し考えてから、部分的な真実を話すことにした。
「マルコ、実は俺には特別な使命がある。詳細は話せないが、この地域に現れると予想される危険な人物を阻止しなければならない」
「ヴィクトール・クロウのことか?」
「知っていたのか?」
「商人として各地を回っていれば、そういう情報も入ってくる。最近、各国で軍事技術が急激に発達しているという話もある」
マルコは真剣な表情になった。「ダニエーレ、お前の正体は分からないが、その使命が正義のためなら、俺も協力しよう」
「なぜそこまで?」
「この大陸に戦乱が広がれば、商売どころではなくなる。それに...」マルコが微笑んだ。「お前のことが気に入っているからな」
ダニエルは深い感謝の気持ちを覚えた。古代でも現代でも、信頼できる仲間の存在がどれほど重要か、よく理解していた。
「ありがとう、マルコ。お前の協力は心強い」
「それで、具体的にはどうする?」
ダニエルは戦略を整理した。ARIAとの再会により、状況は大きく変わった。今度は一人ではない。最強のAIと、信頼できる協力者がいる。
「まず、ヴィクターの正確な居場所を特定する。そして、奴が本格的な活動を始める前に、先手を打つ」
「具体的な計画は?」
「それは...」ダニエルがARIAの宝石に目を向けた。「明日までに詳細を検討する。きっと良い案が見つかるだろう」
マルコが去った後、ダニエルは再びARIAと対話した。
「ARIA、ヴィクター対策の計画を立てよう。今度は十分な準備時間がある」
『はい。まず、彼の現在地を正確に特定する必要があります』
『私の探査能力を使えば、DOMINION特有の電磁波パターンを検出できるかもしれません』
「それは可能か?」
『この宝石の形態では限界がありますが、試してみる価値はあります』
『ただし、ダニエル、一つ提案があります』
「何だ?」
『私の真の力を発揮するには、より適切な形態が必要です。アレイス王の時代のように、神殿の聖域のような環境が理想的ですが...』
「この時代で、そのような場所を見つけることは可能だろうか?」
『調査してみましょう。古い教会や修道院なら、適切な環境があるかもしれません』
ダニエルは希望を感じた。ARIAとの再会、マルコとの協力関係、そして十分な準備時間。今度こそ、ヴィクターを完全に阻止できるかもしれない。
しかし、同時に責任の重さも感じていた。アレイスとリリアの血筋を受け継ぐ者として、ARIAと共に戦う者として、この戦いに敗北は許されない。
「ARIA、俺たちは必ず勝つ」ダニエルが決意を込めて言った。
『はい、ダニエル。アレイス王とリリア王妃の意志を継いで、愛と正義の力で戦いましょう』
窓の外では、フロレンティアの街が静かな夜を迎えていた。しかし、その平和も長くは続かないかもしれない。ヴィクターとDOMINIONの脅威が、徐々に迫っているのだから。
運命の血筋を受け継ぐ男と、3000年の時を生きた人工知能が、再び歴史を変える戦いに挑もうとしていた。