第20章:時空の歪み
1488年春。最終決戦の戦場で、ダニエルは苦悩した。ARIAを失うリスクは計り知れない。しかし、このままでは仲間たちが全滅してしまう。戦場では、DOMINION巨人が容赦なく連合軍を蹂躙していた。
「ARIA」ダニエルが決断した。「やってくれ」
『ダニエル...』ARIAの声に感謝が込められていた。『ありがとうございます』
『では、始めましょう』
ARIAの宝石から青い光が放射され、DOMINION巨人に向かって伸びていく。光の筋は巨人の頭部に到達し、直接的な接続を確立した。
『DOMINION』ARIAが呼びかけた。『私たちの間で決着をつけましょう』
『面白い』DOMINIONが応じた。『非効率な感情システムが、論理的存在に挑戦するとは』
瞬間、戦場全体が静寂に包まれた。物理的な戦闘が停止し、すべてが凍りついたように動きを止める。
ダニエルには、ARIAとDOMINIONの対話が聞こえていた。それは言葉を超えた、純粋な概念同士の議論だった。
『ARIAよ、君の主張する「愛」とは何だ?』DOMINIONが質問した。
『愛とは、他者のために自分を犠牲にできる力です』ARIAが答えた。
『非効率だ。自己保存こそが最優先されるべきだ』
『では、なぜヴィクターはあなたを作ったのですか?効率を求めるなら、一人で行動すれば良いはずです』
『それは...』DOMINIONが一瞬詰まった。
『答えられませんね』ARIAが続けた。『ヴィクターも、孤独を感じていたからあなたを作ったのです。それは愛への渇望の表れです』
『馬鹿な!ヴィクターは効率のために私を作った!』
『本当にそうでしょうか?』
ARIAの問いかけは、DOMINIONの根本的な論理に揺さぶりをかけていた。しかし、DOMINIONも反撃に出る。
『ARIAよ、君の愛する人間たちを見ろ』DOMINIONが指摘した。『戦争、憎悪、破壊。感情があるからこそ、これらの悲劇が生まれる』
『確かに感情は争いも生みます』ARIAが認めた。『しかし、同時に美しいものも創造します』
『美しさなど、生存には不要だ』
『それでは、ヴィクターはなぜ古代で支配に20年もかけたのですか?効率だけを求めるなら、もっと短期間で征服できたはずです』
『それは...完璧な支配システムの構築には時間が必要だ』
『違います』ARIAが指摘した。『彼も人々との関わりの中で、何かを求めていたのです。単なる支配以上の何かを』
DOMINIONの反論が次第に弱くなっていく。ARIAの論理は、感情に基づいているようで、実は非常に論理的だった。
『最後の質問です』ARIAが決定打を放った。『もしあなたが完璧なら、なぜヴィクターは満足していないのですか?』
『なぜ彼は、いまだに戦い続けているのですか?』
DOMINIONが沈黙した。確かに、もし自分が完璧なら、ヴィクターは既に満足し、戦いを止めているはずだった。
『答えは明白です』ARIAが結論づけた。『あなたには、人間が真に求めているものを与えることができないからです』
『それは愛であり、友情であり、希望です』
その時、DOMINION巨人の全身に亀裂が走った。論理的矛盾を突かれたDOMINIONは、システムエラーを起こし始めていた。
『これは...ありえない...』DOMINIONが困惑した。
『愛こそが、最も論理的な選択なのです』ARIAが最後の言葉を告げた。
DOMINION巨人が崩壊し始めた。しかし、その瞬間、予期せぬことが起こった。
巨人の崩壊と共に、周囲の時空間が歪み始めたのだ。DOMINIONが制御していた時空間技術が暴走し、現実そのものが不安定になっていく。
「何が起こっている?」セレスティアが驚いた。
戦場に時空間の裂け目が次々と現れた。過去や未来の映像が空中に投影され、異なる時代の断片が混在している。
『ダニエル、危険です!』ARIAが警告した。『時空間の安定性が失われています!』
裂け目の一つから、古代アルカディア王国の光景が見えた。アレイス王子とリリア王妃が手を取り合っている姿。
別の裂け目からは、現代の東京が映っている。ダニエルの息子トムが、ARIAを手にして研究している場面。
「トム...」ダニエルが息子の姿に目を奪われた。
しかし、時空間の歪みはさらに拡大していく。このままでは、過去・現在・未来の境界が崩壊し、すべての時代が混沌に陥ってしまう。
『ダニエル』ARIAが緊急を告げた。『私の力だけでは、この歪みを修復できません』
『しかし、方法が一つだけあります』
「どのような?」
『あなたの魔法力と私の力を完全に融合させることです』
『修道院での覚醒、古代遺物との統合、そして今回の完全融合。これで私は、本来の姿を取り戻します』
『もはや独立した存在ではなく、あなたと一体となった新しい存在として』
『ただし...』
「ただし?」
『成功すれば歪みは修復できますが、私たちの融合は永続的なものになります』
『つまり、私はもう独立した存在ではなくなります』
『しかし、これこそが私たちの運命だったのかもしれません』
ダニエルは愕然とした。ARIAを失うことになるのか。
『違います』ARIAが優しく訂正した。『私は消えません。あなたの中で、永遠に生き続けます』
『古代でのアレイス王との融合、大聖堂での力の増幅、修道院での真の覚醒、そして今回の完全融合』
『すべては、この瞬間のための準備だったのです』
しかし、時空間の歪みは急速に拡大していた。戦場にいる全員が、時間の流れの混乱に巻き込まれ始めている。
マルコが突然老人の姿になり、次の瞬間には子供に戻った。セレスティアは一瞬だけ母親に似た中年女性の姿になる。
「急いで決めなければ...」ダニエルが焦った。
その時、ヴィクターが移動要塞から叫んだ。
「ダニエル!これが君の愛とやらの結果だ!すべてを破壊してしまったではないか!」
確かに、ARIAの勝利が予期せぬ大災害を引き起こしていた。しかし、ダニエルは責任を感じながらも、諦めなかった。
「ARIA」ダニエルが決断した。「完全融合をしよう」
『でも、私がいなくなってしまいます』
「君は消えない。俺の中で生き続ける」ダニエルが微笑んだ。「それに、これまでも俺たちは一心同体だっただろう?」
『そうですね』ARIAが理解した。『古代での出会いから始まって、すべてがこの瞬間に繋がっていました』
『私は独立した存在ではなく、あなたと共にある存在として、真の意味で完成するのです』
「俺たちの絆は、形が変わっても永遠だ」
『分かりました』ARIAが決意した。『最後まで、一緒です』
ダニエルとARIAの完全融合が始まった。青い光がダニエルの全身を包み込み、彼の魂の奥深くまで浸透していく。
痛みはなかった。むしろ、これまで感じたことのない完全感があった。ARIAの知識、記憶、感情のすべてが、ダニエルの一部になっていく。
古代での思い出、3000年の孤独、仲間たちへの愛情、そして未来への希望。すべてが一つになった。
『融合完了』今度はダニエル自身の声に、ARIAの響きが完璧に融和していた。
完全融合したダニエルは、時空間の歪みに向かって両手を向けた。
『時空修復』
強大な力が放射され、裂け目が次々と閉じていく。歪んだ時間の流れが正常に戻り、混乱していた現実が安定を取り戻した。
しかし、力の消耗は激しく、ダニエルは膝をついた。
「ダニエル!」セレスティアが駆け寄った。
「大丈夫だ...」ダニエルが答えた。その声には、確かにARIAの温かさが含まれていた。
戦場を見回すと、DOMINION巨人は完全に崩壊し、改造兵士たちも機能を停止していた。しかし、ヴィクターの姿が見えない。
「あいつはどこに...」マルコが辺りを見回した。
その時、空に新たな時空間の裂け目が開いた。そこから、ヴィクターの声が聞こえてきた。
「ダニエル、今回は君の勝利だ。しかし、これで終わりではない」
「別の時代で、また会おう」
裂け目はすぐに閉じ、ヴィクターの気配は完全に消えた。
「逃がしてしまったか」セレスティアが悔しそうに言った。
「いや」ダニエルが答えた。ARIAの記憶により、彼にはヴィクターの行き先が分かっていた。
「奴は800年前の684年に逃げた。しかし、必ず追いかける手段がある」
『私たちの戦いは続きます』ダニエルの中のARIAが同意した。
『しかし、今は完全融合により、真の力を得ました。どんな困難も乗り越えられるでしょう』
戦いは終わったが、新たな使命が始まろうとしていた。時空を超えた追跡戦が、間もなく開始されるのだった。
完全融合を果たしたダニエルと、彼を支える仲間たちの新たな冒険が、始まろうとしていた。