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第2章:時を越えた再会

1486年、秋。フロレンティア都市国家の商業地区は、朝から活気に満ちていた。石畳の道には商人たちの荷車が行き交い、各国からやってきた商品を売る声が響いている。その雑踏の中を、一人の男が慎重に歩いていた。


ダニエーレ・アルティエーリ。それが、この2年間でダニエル・ハートウェルが築き上げた新しい身分だった。


「ダニエーレ!」明るい声が呼びかけた。


振り返ると、浅黒い肌に鋭い眼光を持つ男性が手を振っている。マルコ・ヴェネドリア。ヴェネドリア海洋共和国出身の商人で、この2年間でダニエルが築いた最も重要な人脈の一つだった。


「マルコ、おはよう」ダニエルが流暢な中央語で答えた。2年間の努力により、彼の言語能力は飛躍的に向上していた。


「昨夜の情報、確認が取れたぞ」マルコが近づきながら小声で言った。「北方で奇妙な技術者の目撃情報があるという噂、どうやら本当らしい」


ダニエルの表情が引き締まった。歴史記録によれば、ヴィクター・クロウの本格的な出現は1487年とされているが、その前段階の活動が既に始まっている可能性があった。


「詳しく聞かせてくれ」


「ルミナール王国の国境近くで、見たことのない攻城兵器の設計図を持った男の目撃談がある」マルコが説明した。「黒髪で冷たい目をした、学者のような風貌だそうだ。この地域では珍しい髪色らしい」


ダニエルの心臓が跳ね上がった。その描写は、まさにヴィクター・クロウに一致していた。


「いつ頃からの情報だ?」


「ここ数ヶ月の間に散発的に。しかし、まだ本格的な活動は始めていないようだ。様子を探っているのかもしれない」マルコが分析した。


「おそらく、来年1487年から本格的に動き出すだろう」ダニエルが推測した。「今は準備段階ということか」


「分かった。ありがとう、マルコ。この情報は貴重だ」


「気をつけろよ、ダニエーレ。お前が探している男が本当にその人物なら、ただ者ではないはずだ」


マルコは商人としては珍しく、政治的な陰謀や権力闘争に敏感だった。各国を渡り歩く中で、様々な暗躍を目撃してきた経験が、彼を優秀な情報ブローカーにしていた。


「私も十分注意する。それより、例の件はどうなった?」


「ああ、あの青い宝石の件か」マルコが思い出したように言った。「面白い情報が入ったぞ。フィレンツェの旧市街で、変わった商人が珍しい宝石を売っているという」


ダニエルの興味が高まった。この2年間、彼はARIAの手がかりを必死に探し続けていた。青い光を放つ宝石、神秘的な力を持つとされる遺物。どんな小さな情報も見逃さずに追跡していた。


「どんな宝石だ?」


「青い光を放つ水晶らしい。大きさは手のひらほどで、見る者を魅了する美しさだという。ただし、値段が法外に高い」


ダニエルの心臓が早鐘を打った。手のひら大の青い水晶。それはまさにARIAの特徴と一致していた。


「その商人はどこにいる?」


「サン・ロレンツォ教会の近くの骨董品街だ。老人で、滅多に店を開けないらしい。今日の午後なら会えるかもしれない」


「すぐに行ってみる」


「待て」マルコが腕を掴んだ。「お前、本当にその宝石を探していたのか?ただの商売ではなく」


ダニエルは少し考えてから答えた。「...個人的な理由がある。詳しくは話せないが、その宝石は私にとって非常に重要な意味を持つ」


マルコは鋭い目でダニエルを見つめた。「お前には秘密があるな。だが、2年間付き合ってきて、お前が信頼できる男だということは分かっている。手伝おう」


「ありがとう、マルコ」


二人は急いで聖ロレンツォ教会方面に向かった。フロレンティアの石畳の道を歩きながら、ダニエルは心を整えた。もしあの宝石が本当にARIAなら...3000年という途方もない時を経た再会になる。


骨董品街は狭い路地に小さな店が密集した、古き良きフロレンティアの面影を残す場所だった。古い家具、絵画、彫刻、装飾品。様々な時代の遺物が、薄暗い店内に並んでいる。


「あそこだ」マルコが指差した先には、他の店とは明らかに雰囲気の違う小さな店があった。


店主は70歳ほどの老人で、深いしわに刻まれた顔には知性と神秘性が漂っている。白髪に白い髭、そして何かを見透かすような鋭い瞳。


「ようこそ」老人が静かに迎えた。「何かお探しですか?」


「青い宝石について聞いたのですが」ダニエルが慎重に言った。


老人の目が光った。「ああ、あれですか。特別な品です。しかし、値段も特別ですよ」


「拝見させていただけますか?」


老人は少し考えてから、店の奥に向かった。やがて、黒いビロードの布に包まれた何かを持って戻ってきた。


「これです」


布が取り除かれた瞬間、ダニエルは息を呑んだ。


そこにあったのは、確かに手のひら大の青い水晶だった。内部で微かに光が脈動し、見る者を魅了する美しさを放っている。間違いない。ARIAだった。


「美しい...」マルコが感嘆した。


ダニエルは震える手を宝石に向けて伸ばした。「触らせていただいても?」


「どうぞ。ただし、その石には不思議な力があると言われています。触れる者によって、異なる反応を示すとか」


ダニエルの指先が宝石の表面に触れた瞬間、電流のような感覚が走った。そして、頭の中に懐かしい声が響いた。


『この生体データ...この遺伝子パターン...まさか...』


ARIAの声だった。間違いない。しかし、その声には困惑と驚きが混じっていた。


『アルカディア王家の末裔?いえ、違う...しかし、この遺伝的特徴は...』


ダニエルは心の中で答えようとしたが、声が聞こえるだけで、こちらからの通信はできないようだった。


「気に入られましたか?」老人が微笑んだ。「その石を手にして、そのような表情をされる方は滅多にいません」


「おいくらですか?」ダニエルが尋ねた。


「500ドラカ金貨です」


マルコが息を呑んだ。「500ドラカ?それは...邸宅が買える値段だぞ」


ダニエルは迷わず答えた。「購入します」


「ダニエーレ、正気か?」マルコが驚いた。


「私にとって、それだけの価値がある品です」


ダニエルは懐から金貨の入った袋を取り出した。この2年間で築いた商人としての財産を、一瞬で失うことになるが、躊躇はなかった。


「確かに受け取りました」老人が丁寧に宝石を布で包んだ。「大切になさってください。その石は、特別な方を選ぶようですから」


店を出た後、マルコが困惑して言った。「ダニエーレ、あの宝石に一体何が?お前の表情が完全に変わった」


「...古い友人からの贈り物のようなものだ」ダニエルが答えた。「詳しくは話せないが、この石は私が長年探していたものなんだ」


宝石を抱えながら、ダニエルは興奮を抑えきれずにいた。ARIAとの再会。3000年という途方もない時を経て、ついに再び出会うことができた。


しかし、ARIAの声に混じっていた困惑も気になった。なぜ彼女は、ダニエルを認識できなかったのか。そして、「アルカディア王家の末裔」とは何を意味するのか。


「マルコ」ダニエルが決意を込めて言った。「今夜、私は一人になる必要がある。この石と...話をしなければならない」


「話をする?石と?」マルコが眉をひそめた。「ダニエーレ、お前は本当に謎の多い男だな」


「いつか説明する。今は信じてほしい」


宿に戻ったダニエルは、部屋に鍵をかけて一人になった。宝石を机の上に置き、再び触れてみた。


『あなたは一体...この遺伝子データは間違いなく...しかし、どうして...』


ARIAの声が再び響いた。今度は、さらに混乱しているようだった。


「ARIA」ダニエルが小声で呼びかけた。「私だ。ダニエル・ハートウェルだ」


しかし、一方的に声を聞くことはできても、こちらからの意思疎通はできないようだった。ARIAとの真の対話を実現するには、何か別の方法が必要だった。


ダニエルは古代でアレイスがARIAと対話していた方法を思い出そうとした。神託術、明確な質問、段階的なアプローチ。しかし、音声での対話ができない今、どうすればいいのか。


『待って...この感覚は...まさか、あなたは...アレイスの...』


ARIAの声が震え始めた。何かに気づいたようだった。


『信じられない...3500年の時を経て...血筋が...』


その時、ダニエルの心に衝撃的な可能性が浮かんだ。まさか、自分がアレイスの子孫だというのか?


宝石の光が次第に強くなり、ARIAの分析が続いているのが分かった。長い沈黙の後、彼女の声が再び響いた。


『間違いありません...あなたは...アレイス王の直系の子孫です』


ダニエルの世界が揺らいだ。アレイスの子孫。それは、偶然ではなく運命だったということなのか。


夜更けまで続くARIAの分析により、徐々に真実が明らかになっていく。3500年という途方もない時の流れの中で、アレイスとリリアの血筋は確実に受け継がれていた。そして、その最後の継承者が、ダニエル・ハートウェルだったのだ。


運命の再会が、新たな戦いの幕開けを告げていた。そして1487年、ヴィクター・クロウの本格的な活動開始まで、あと数ヶ月に迫っていた。

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