第16章:愛と友情の試練
夜明けと共に、ルミナリス王都の城壁に警報の鐘が鳴り響いた。見張り台から、地平線を埋め尽くす敵軍の姿が確認されたのだ。エルドリア帝国とガリア王国の連合軍、総数約4万が王都に迫っている。
「ついに来たか」ダニエルが城壁の上で双眼鏡を覗いた。敵軍の様子は明らかに異常だった。通常なら疲労で動きが鈍るはずの長距離行軍の後だというのに、兵士たちの動きは機械のように正確で力強い。
『ダニエル』ARIAが警告した。『敵兵からは通常とは異なる生体反応を検出しています。明らかに何らかの薬物による影響です』
「やはりな」ダニエルが確認した。
セレスティア王女が隣に立った。「敵の様子はどうだ?」
「予想以上に危険です、殿下」ダニエルが答えた。「通常の兵士ではありません」
城壁の下では、ルミナール王国軍、ヴェネドリア義勇軍、そして各国からの援軍が迎撃態勢を整えている。総勢約2万5千。数的には不利だが、ARIAの力と新たな仲間たちの連携に希望を託していた。
「全軍、配置につけ!」セレスティア王女が命令を下した。
戦闘が始まった。しかし、開戦から30分で状況は絶望的になった。
敵兵の動きは人間離れしていた。疲労を知らず、痛みを感じず、恐怖もない。通常なら致命傷となる負傷を負っても、戦い続ける。
「くそ!」オラフが巨大な戦斧を振るいながら叫んだ。「こいつら、本当に人間なのか?」
イザベラもARIAから授かった光の魔法で応戦していたが、苦戦していた。「数が多すぎます!このペースでは...」
マリア・アウグスタが戦術分析を続けていた。「敵の動きにパターンがあります。おそらく薬物による制御で、個々の判断力は低下している」
『その通りです』ARIAが確認した。『しかし、現在の戦力では押し切られてしまいます』
ダニエルは苦悩した。ARIAとの融合状態でも、この数と異常な強化を相手にするのは困難だった。
その時、戦況がさらに悪化した。敵軍の後方から、巨大な移動要塞が現れたのだ。DOMINIONが開発した新兵器で、城壁を軽々と破壊する威力を持っている。
「あれは...」セレスティア王女が青ざめた。
移動要塞から太いエネルギー光線が発射され、城壁の一部が崩壊した。瓦礫に巻き込まれた兵士たちの悲鳴が響く。
「殿下、危険です!」レオナルド騎士が王女を庇おうとした瞬間、二発目の光線が放たれた。
レオナルドに向かって飛んでくるエネルギー光線。間に合わない。
その瞬間、ダニエルの中で何かが弾けた。
「させるか!」
ダニエルの全身から青い光が爆発的に放射された。今までとは比べものにならないほど強烈な光が、エネルギー光線を完全に相殺した。
『ダニエル!』ARIAが驚いた。『あなたの魔法力が急激に向上しています!』
ダニエル自身も驚いていた。仲間を守りたいという強い感情が、眠っていた力を覚醒させたのだ。
「みんな、下がってくれ」ダニエルが静かに言った。「今度は俺が本気を出す」
ダニエルは空中に浮上し、両手を移動要塞に向けた。
『マギカルバースト』
巨大な光の柱が移動要塞を包み込んだ。装甲が溶解し、内部のシステムが次々と破壊されていく。
「すごい...」イザベラが感嘆した。
しかし、力の消耗も激しかった。ダニエルは膝をついた。
「ダニエル!」セレスティア王女が駆け寄った。
「大丈夫です...少し疲れただけ」ダニエルが苦笑した。
しかし、戦いはまだ終わっていない。移動要塞は破壊したが、薬物で強化された敵兵はまだ大勢いた。
その時、予想外の変化が起こった。
敵兵の一部が突然倒れ始めたのだ。薬物の副作用が現れ始めていた。
「あれを見ろ!」マリア・アウグスタが興奮して叫んだ。「敵兵が勝手に倒れています!」
『分析結果です』ARIAが報告した。『薬物の効果時間は約6時間が限界のようです。その後、極度の疲労と体力低下が発生します』
「つまり...」ダニエルが理解した。
「時間が経てば敵は自滅する」セレスティア王女が確信した。
戦況は劇的に変化した。薬物の副作用で倒れる敵兵が増え、残った兵士も動きが鈍くなっている。
「全軍、反撃開始!」セレスティア王女が剣を掲げた。
ダンドロ提督の艦隊が港から砲撃を開始し、オラフたちが地上で突撃する。イザベラとマリアもARIAの力を借りて敵を撃破していく。
2時間後、戦いは終わった。敵軍の大部分は薬物の副作用で戦闘不能になり、残りは撤退していった。
戦場の後片付けをしながら、ダニエルは深い疲労を感じていた。新しい魔法力の覚醒は大きな消耗を伴う。
「ダニエル」セレスティア王女が隣に座った。「大丈夫か?」
「はい、何とか」ダニエルが答えた。
王女はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「ダニエル、お前には何度も命を救われている」
「それは...」
「いや、聞いてくれ」王女が真剣な表情で続けた。「今日の戦いで改めて思ったのだが、我々はもう戦友だろう?」
ダニエルは頷いた。「そう思います」
「それなら」王女が微笑んだ。「もう堅苦しい敬語は必要ないのではないか?我々の間に、そんな形式的なものは不要だ」
ダニエルは驚いた。「しかし、殿下は王女で...」
「細かいことは気にするな」王女が手を振った。「それより、私のことも『セレスティア』と呼んでくれ。今更、他人行儀もあるまい」
「それは...よろしいのでしょうか?」
「当然だ。お前が敬語を使うたびに、距離を感じてしまう」王女が率直に言った。「我々は友達だろう?」
ダニエルは感動した。セレスティアの温かい人柄と、真の友情への誘いを。
「ありがとう...セレスティア」ダニエルが初めて名前で呼んだ。
「その方が良いな」セレスティアが嬉しそうに微笑んだ。「これからは対等な友として、共に戦おう」
二人は固い握手を交わした。身分を超えた、真の友情の始まりだった。
その夜、王宮では勝利の祝宴が開かれた。しかし、皆の心には複雑な気持ちがあった。勝利はしたが、敵の薬物強化の恐ろしさを目の当たりにしたからだ。
「今日の戦いで分かったことがある」マリア・アウグスタが分析結果を報告した。「敵の薬物には明確な弱点があります」
「どのような?」国王が尋ねた。
「効果時間の限界と、副作用の深刻さです。短期的には強力ですが、長期戦では不利になります」
『それに』ARIAが補足した。『薬物に依存した兵士は、個々の判断力が著しく低下しています。連携や戦術的思考ができません』
ダニエルが提案した。「つまり、敵の弱点を突いた戦術を立てれば勝機がある」
「そうだな」セレスティアが同意した。「時間を味方につけて戦えば良い」
ダンドロ提督も頷いた。「海軍としても、長期戦なら有利です。補給を断つことで、敵の薬物供給を妨害できます」
希望が見えてきた。敵は強力だが、その強さには大きな代償がある。それを活用すれば、必ず勝利できる。
『皆さん』ARIAが全員に語りかけた。『今日の戦いで、愛と友情の力を改めて確認できました』
『ダニエルの魔法覚醒も、仲間を守りたいという純粋な気持ちから生まれました』
『この力こそが、我々の最大の武器です』
深夜、ダニエルとセレスティアは城の庭を歩いていた。
「今日は疲れた」セレスティアが率直に言った。「でも、良い一日だった」
「同感だ」ダニエルが微笑んだ。「君との友情が確認できて、嬉しい」
「私もだ」セレスティアが振り返った。「これからも、対等な友として、よろしく頼む」
「こちらこそ」
二人の友情は、この日の試練を乗り越えて、確固たるものになった。身分や立場を超えた、真の絆がそこにあった。
戦いはまだ続くが、強い友情と新たな仲間たちがいれば、どんな困難も乗り越えられるだろう。
愛と友情の試練を経て、彼らの絆はさらに深まったのだった。