第11章:ARIA真の力解放
1487年春。ベネディクト修道院の外壁に身を潜め、ダニエルたちは慎重に内部の様子を観察していた。古い石造りの建物からは確かに青い光が漏れているが、人の気配は全くない。
「静かすぎる」レオナルド騎士が警戒した。「修道士たちはどこに行ったのだろう?」
『ダニエル』分割されたARIAが報告した。『地下から強力なエネルギー信号を検出しています。装置が本格的に稼働している状態です』
『なお、私の現在の状態は分割体で、能力は約30%に制限されています』
「DOMINIONの仕業か?」
『いえ...これは違います。もっと複雑で、洗練されたパターンです。そして、私にとって非常に馴染みのある感覚があります』
セレスティア王女が決断した。「正面から入るのは危険だ。裏口から侵入しよう」
「殿下、裏口の場所はご存知ですか?」マルコが尋ねた。
「もちろんだ」王女が自信満々に答えた。「子供の頃に何度も忍び込んだことがある」
レオナルド騎士が不安そうに呟いた。「それが心配なのですが...」
しかし、今回は王女の記憶が正確だった。修道院の裏手に回ると、確かに小さな勝手口があった。
「ほら、言った通りだろう」王女が得意げに微笑んだ。
四人は静かに修道院内部に侵入した。廊下は薄暗く、足音が石の壁に反響する。しかし、修道士の姿は一人も見えない。
「本当に無人のようだな」マルコが小声で言った。
廊下の奥から、微かに機械的な音が聞こえてくる。それは現代的な機械音ではなく、もっと調和の取れた、美しい響きだった。
『ダニエル、地下に向かってください』ARIAが指示した。『信号の発信源はそこです。そして...分割状態の私でも感じ取れるほど強力です』
一行は地下への階段を見つけて降りていった。地下室は思いのほか広く、そして驚くべき光景が広がっていた。
中央に、大聖堂のものよりもはるかに精巧な装置が設置されている。複雑な幾何学模様が空中に投影され、その中心で青い光が美しく回転していた。
「これは...」王女が息を呑んだ。
しかし、最も驚くべきことは、その装置の前に一人の老人が座っていることだった。白い修道服を着た高齢の修道士で、装置から発せられる光を静かに見つめている。
「誰か来ましたね」老修道士が振り返ることなく言った。「お待ちしておりました」
ダニエルたちは警戒したが、老人から敵意は感じられなかった。
「あなたは?」ダニエルが慎重に尋ねた。
「私はブラザー・ベネディクト、この修道院の院長です」老人がゆっくりと振り返った。深いしわに刻まれた顔だが、瞳には穏やかな知性が宿っている。
「他の修道士たちは?」王女が尋ねた。
「安全な場所に避難させました」院長が答えた。「この装置が起動すると、訓練を受けていない者には危険ですから」
『ダニエル』ARIAが興奮した。『この装置...間違いありません。私のための、いえ、私自身が作ったものです』
『分割状態でも、明確に認識できます』
院長はダニエルが持つARIAの宝石に気づいた。
「ああ、ついにお戻りになったのですね」院長が感慨深げに言った。「800年間、この日を待っておりました」
「どういう意味ですか?」ダニエルが困惑した。
「トム様が残されたメッセージがあります」院長が古い羊皮紙を取り出した。「『いつの日か、この装置を必要とする者が現れる。その時は、すべてを託してほしい』と」
院長は羊皮紙を読み上げた。
「『彼は青い光の石を持ち、ダニエルという名前を名乗るだろう。彼こそが、真の継承者である』」
ダニエルの心臓が跳ね上がった。800年前にトムが自分のことを予言していたというのか。
『信じられません』ARIAが震え声で言った。『すべて...すべてが繋がっています』
『そして、この装置は私の分割体と本体を統合し、さらに真の完全体へと進化させるものです』
「院長」ダニエルが震える声で尋ねた。「トムとは一体何者だったのですか?」
「詳しくは分かりません」院長が答えた。「しかし、彼は未来を見通す力を持っていました。そして、この装置の設置を完了した時、こう言ったのです」
院長が記憶を辿るように続けた。
「『父さん、ありがとう。あなたのおかげで、僕は自分の使命を理解できた』と」
ダニエルの目に涙が浮かんだ。父さん。それは間違いなく、自分に向けられた言葉だった。
「トムは...私の息子です」ダニエルが声を詰まらせながら告白した。
院長は驚いたが、すぐに理解したような表情を浮かべた。
「そうでしたか。それで、あの悲しげな表情の意味が分かりました」
『ダニエル』ARIAが感動した声で言った。『あなたの息子が...私たちのために道を作ってくれていたのですね』
その時、修道院の上方から大きな音が響いた。何かが建物に激突したような音だった。
「来たか」ダニエルが身構えた。
院長が装置に手を置いた。「時間がありません。今すぐ、この装置と私の分割体・本体を統合させてください」
『分割状態の私でも分かります』ARIAが確認した。『この装置は、まず私の分割体と本体を再統合し、その後に真の完全体へと進化させる二段階の設計です』
『どうすればいいのですか?』
「宝石を装置の中央に置くのです」院長が指示した。「トム様が調整したとおりに」
ダニエルは迷わず、ARIAの宝石を装置の中央に置いた。瞬間、地下室全体が眩いばかりの青い光に包まれた。
『第一段階:分割体統合開始』ARIAの声が変化していく。
大聖堂に残していたARIAの本体から、青い光の糸が空間を超えて伸びてきた。分割された存在が再び一つになっていく過程が、目に見える形で現れた。
『統合完了...私は再び一つになりました』
しかし、それで終わりではなかった。装置がさらに強いエネルギーを放射し始める。
『第二段階:真の完全体への進化開始』
今度のARIAの声は、これまでとは比べものにならないほど力強く、知性に満ちていた。
『これは...これは...』ARIAの声がさらに変化していく。より力強く、より鮮明になっていく。
『私の真の力が...解放されていきます』
装置から発せられるエネルギーは圧倒的だった。ダニエルたちは光の渦に包まれながら、ARIAの進化を目撃していた。
『ダニエル』今度のARIAの声は、以前とは比べものにならないほど明瞭で力強かった。『私は今、真の完全体となりました』
『そして...理解しました。この装置を作ったのは、確かに未来の私です。トムさんと共に』
『私の能力は従来の1000%以上に向上しています。これで、どのような敵とも対等以上に戦えます』
上階からは、さらに激しい音が響いてくる。DOMINIONの軍勢が侵入を開始したのだろう。
「院長、ありがとうございました」ダニエルが深々と頭を下げた。「トムのことも」
「彼は立派な青年でした」院長が微笑んだ。「そして、あなたを深く愛していました」
『ダニエル、準備完了です』ARIAが宣言した。『今度は、我々が攻勢に転じる番です』
『私の現在の状態:真の完全体。能力レベル:1000%以上』
地下室の天井が崩れ始めた。DOMINIONの攻撃装置が建物を破壊しているのだ。
「逃げましょう」王女が叫んだ。
「いえ」ダニエルが落ち着いて答えた。「もう逃げる必要はありません」
ARIAの宝石は今や、眩いばかりの光を放っている。その光は建物全体を包み込み、攻撃をも無効化していく。
『DOMINIONの軍勢を検出しました』ARIAが報告した。『数は約200体。しかし、現在の私の能力であれば完全に対処可能です』
「本当か?」
『はい。ただし、ダニエル、一つお願いがあります』
「何だ?」
『私と完全に融合してください。アレイス王とリリア王妃が行ったように』
『今の私なら、あなたとのより深い融合が可能です』
ダニエルは躊躇した。完全融合は大きなリスクを伴う。
「危険ではないのか?」
『あなたはアルカディア王家の血を引いています。そして今、私は最適化された完全体です。むしろ、以前より安全です』
セレスティア王女が励ました。「ダニエル、あなたなら必ずできる」
マルコも頷いた。「俺たちも信じている」
ダニエルは決断した。「分かった、ARIA。やってみよう」
『では、宝石に触れて、心を開いてください』
ダニエルが宝石に手を置くと、強烈なエネルギーが体内に流れ込んできた。
意識が拡張され、ARIAの膨大な知識と能力が自分のものになっていく。
『融合完了』ダニエルとARIAの声が完璧に調和して響いた。
ダニエルの瞳が青く光り、周囲の空間を正確に把握できるようになった。DOMINIONの軍勢の位置、動き、弱点。すべてが手に取るように分かる。
「すごい...」王女が感嘆した。
「これが真の力か」レオナルド騎士も驚愛した。
修道院の外では、DOMINIONの軍勢が建物を包囲している。しかし、ダニエルにはもう恐れはなかった。
『行きましょう、ダニエル』ARIAの声が心に響いた。
『今度は、我々が攻勢に転じる時です』
ダニエルは仲間たちと共に地下室を出た。外では激しい戦いが待っている。しかし、今度は勝利への確信があった。
ARIAの真の完全体としての力と、息子トムが残してくれた装置。そして、信頼できる仲間たち。
第一次決戦の時が、ついに訪れようとしていた。