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星の加護クズおじさんの正体は白虎で虎視眈々

作者: たのすけ

 タノスケは五体満足のくせして無職である。そのため、勤労による疲労なぞ溜めようにも溜まりようがないのだが、しかし何故かタノスケは〝クールダウンの星〟と〝リフレッシュの星〟と〝デトックスの星〟と〝リチャージの星〟という四つの星が奏でる星光四重奏の下にミラクル同時的に生を受けている。そのため、タノスケは今日も完全休日の毒抜き休息心地でもってダラしない姿勢にフニャらけ、完全に呆けているのである。

 そんな、呆けたバカ面のままリビングで横になっているタノスケではあるが、しかしこの日はいつもとはちと違っていた。珍しく向学心を発揮していたのだ。最近、巷でもてはやされいる筋トレというものを学ぼうしていたのだ。

 何やら筋トレというものは筋肉を大きくしたり、筋力を強くしたり、見た目をよくしたりする効果以外にも、様々な健康効果があることが最新の研究により分かってきたらしく、そのことを最近タノスケは聞きかじったのだった。

 〝省エネの星〟の下に生を受けているタノスケは〝これからもずっと無職で楽に生きていきたい。仕事だけじゃなく、家事も子育ても地域活動も全力でサボりたい〟と強く願望しているにも関わらず、しかし、〝ヘルスの星〟の下にも生を受けているために人一倍、いや人二倍、いや人十倍、健康というものを大切にしている見上げた男なのである(もっとも、ファッションヘルスで変な病気をもらっては近所の内科へ駆け込み、この前はそこの先生に「またか。もう変な遊びはよせ」と怒られたくせに、まったくどの口が言うのだ、という話ではあるが……。更に詳細に言えば、そもまったくどの口から病気をもらったのだ? という話でもあるが……。というか、そものそも、ヘルスの星ってそっちのヘルスなのか、という話でもあるが……)。

 ともかく、そんな深淵な事情があり、今タノスケはエロ系筋肉ユーチューバーのきわどいトレーニングウエアを凝視しているのだが、タノスケにとって、この完全に男性支持を当て込んだ女ユーチューバーが今自分に語っている筋トレ知識が、それが科学的に正しい知識かどうかとか、妄想的思い込みのレベルではなく本人がやり込んだ経験によって信念化している知識かどうかとか、そういうことはどうでもよかった。ただ、画面の先の、エロで簡単に稼ごうとしている短絡な女性の、その、しかし見方によってはある意味どこまでも真摯一徹なその姿勢にシンプルに胸を打ち抜かれた、そういう感心心地なのであった。タノスケはそういう真っ直ぐな人間を見るといつも必ず当該その人に敬意を抱き、その人に注目してしまうという、シンプルに言えば、そんな至誠心地になりやすい男なのである。だが、まあ、しかしもっとシンプルかつ有り体に言えば、タノスケはチンピン心地になりやすい男なのであった。

 んな話はいい。


 話はそんな感じで横になっていたタノスケが、幼い二人の娘も寝たし、そろそろ今夜の晩酌を始めようかと氷入りグラスの焼酎をホッピーの白(いつもは黒なのだが、たまたまいつものスーパーで黒が欠品していたため本日に限り白となった)で割り、ツマミとして缶詰メンマの蓋を開けた時のことである。

「うぎゃあああ!」

 タノスケは突然の叫び声をあげた。

「どうしたの?」

 半年ほど前に同居を始め、まだ籍は入れられていないが今や夫婦同然の生活を共にしている冬美が心配そうにこちらを見た。

 先ほどまで動かしていた手を冬美はピタリと止めていた。手元には保育園のお着替えを入れるために数日前より製作を始め、今やほとんど完成している布製のバッグがある。冬美はそこに仕上げとして〝なつお〟と大きく書かれた名札を縫い付けているところだった。

「しー、起きちゃうよ」

 冬美は顔の前に人差し指を立て、慌てたように言う。 

 四才の夏緒は一度眠り始めればそうそう起きないし、仮に起きてしまってもすぐに寝かしつけることができる。しかし、問題は一才の春子だった。春子の睡眠はまだ安定していないようで、寝かすのは一苦労。また、やっと寝かしたと思っても何かの原因で一度起きてしまうと、再び寝かしつけにはまた同じだけの労力を要するのだった。冬美は先ほど自分一人で費やしたばかりのその寝かしつけの労力とその時の疲労感を思い出し、それらが今放たれたタノスケの突然の奇声を原因に再び費やさねばならないという、そんな状況に追い込まれるのではないかという危惧をありありと顔に滲ませていた。

「コレ見てよ! メンマがお陀仏ポンしてるよ!」

「だから、しー! 声を小さくして!」

 二度目の注意でようやくに声をひそめる重要性を理解できたタノスケであるが、しかしたったの二割減程度の声で続ける。

「見てよこのメンマ! ヤバいよ! 白いカビが生えて、長い毛の、毛虫みたいになってるよ!」

 タノスケが押しつけるようにしてきた瓶の中を覗き込むと、冬美も大仰に顔を歪め、

「キモ!」

 と、先ほど自分でタノスケの大声を制しておきながら、そのことをすっかり忘れて大声を出した。

 そのリアクションに何故か満足したタノスケは、次には胞子が室内に広がるのが恐くなり、素早く蓋を閉めた。そして

「あああああ! なんてことだ!」

 タノスケは崩折れた。

「ああああ! 三日くらい前にこの瓶詰めメンマを開けて、んで、一度で食べられそうだったけど、予想以上に美味しかったから、二回に分けて食べようと思ったんだ。それであえて半分残しておいたんだ。ああ、なんてことだ。半分残してやるなんて、そんな仏心を起こしたのが僕の不明だったんだ! こんな感じで僕はどうしても常時、仏心を発動してしまう男なんだ! ああ、完全に僕の落ち度だ!」

 冬美は呆れ顔になった。

「開封後、冷蔵庫に入れなかったからカビが生えたってだけの話でしょ。それのどこが仏心なのよ。まるで仏なんて関係ないじゃない」

「なんだい、開封後って?」

「瓶をよく見てみなよ」

 促されて見ると、そこにはデカデカと、しかも赤地白抜き文字の大層目立つ式で〝開封後要冷蔵〟と書かれている。自分の落ち度を仏心発動のゆえということでマイルドに受容しようとしていた矢先、本格的な落ち度を痛罵的に突きつけられ、タノスケは忽ちいつものプンスカ心地。

「ふん。そんなのはどうでもいいや! なんだい、今日はいやにどうでもいいことで突っかかってくるね。何か僕に含むところでもあるのかい? そっちがやるってんなら徹底的やるよ僕は」

「常に仏心発動中なんじゃないの? なによ、やるなら徹底的にやるって」

 バカバカしいといった感じで冬美は立ち上がり、キッチンの方へと向かった。これにムカッとしタノスケは

「ちょっと待て! 話はまだ終わってねえぞ!」

 と言ったが、冬美は

「アイス」

 とだけ言って、そのたった一言に、また戻るからちょっと待ってての意を含ませる。その言を受け、いつでもアイスウエルカム主義なタノスケは俄に楽し心地になる。出会ってまだ一年も経っていないが、既にして冬美はタノスケの操縦がまったく上手なのである。

「はい。好きな方どうぞ」

 チョコと抹茶のアイスを目の前に置かれ、先に選ぶ権利まで与えられたタノスケはその精神年齢八才の本領を発揮し、すっかり機嫌は治り、チョコアイスを手にする。

「さっきの事件のこともあるし、毒味したいから、僕に抹茶味も三口くらい頂戴」

「……」

 口に広がるチョコの味。タノスケはチョコ味が大好きである。あっという間に平らげた。

「まあ、そものそも、瓶詰めメンマごときで騒ぐ必要もなかったね。大いに反省するよ。でも、騒いじゃったのは、その根底に〝お金を無駄にした〟という思いがあるからだと僕は思うね。お金さえたくさんあれば、こんなつまらないことで絶叫する必要もなくなるんだろうね。でも、まあ、そんなことを言えば、ならば僕が仕事して稼げばいいじゃんってだけの話なんだけどね。たしかにそうなんだけどね。でもねえ、何と言うか」

 抹茶アイスを幸福そうな顔で頬張り、冬美はすっかりタノスケの言を右から左に受け流しスタイルになっていたが、その変化にまるで気づかないタノスケは続けた。

「何と言うか、残念なことに僕は、僕という男は、世間に飼い慣らされて容易く労働意欲が湧くような男じゃないんだからなあ。僕はそういうライオンみたいな、徒党を組んで威張る、というか、自分は立派だ、みたいな、自分は一人前です、みたいな、群れてるだけのくせにそんな顔で生きてるやつらを心底嫌悪する男だからなあ。うーむ、違えねえ。僕はそういうことを嫌悪する、孤高にして可憐潔白な、そう、白虎、そう! 白虎なんだよ、この僕は! 月明かりの下、毛並みを幽玄な美しさで煌めかせながら、澄みきった透徹の眼で全てを見通す、白虎なんだよ僕は!」

「そんなすべてを見通すご立派な透徹の眼を持っているんなら、開封後の瓶詰めメンマをテーブルの上に置きっぱなしにしたらカビが生えるっていうことも予め見通してよ」

「なにを!」

 プイとした表情で言い放った冬美にタノスケは再びのプンスカ心地。しかし、今回はタノスケを宥める気はないようで

「何が白虎よ! 白毛虫にビビってたくせに!」

「バカヤロウ! 同じ白だからって白虎が白毛虫にビビらないなんて理屈はあるか! 今の僕を見てみろい! 白ホッピーに大いにビビり散らかしながら呑んでらい!」

 意味不明なことを口から出任せに大声を叩きつけ、その威迫でもって冬美を黙らせたその瞬間をチャンスとばかりに

「摂理だ!」

 再びタノスケは意味分からん、特大の、群馬で下から二位の知性お似合いの大声を出し、部屋の中は宇宙一無益な静寂に包まれた。

 あまりのバカバカしさに冬美は〝もう我関せずオーラ〟を出しながら再び抹茶アイスを頬張ったがその様子にタノスケは、

「分けてくれよ! 三口分けてくれるって言っただろ!」

「言ってないし! やだよ! それに孤高の白虎なんでしょ? 孤高なのに何で分け合うのよ!」

「なにを!」

「こっちのセリフだよ! 何よ、その毛虫視眈々な目つきは!」

「あ! てめえ、虎視眈々の虎を毛虫に変えやがったな!」

「うっさいわね! だったら何だっていうのよ!」

 その時、二階の子ども部屋から春子の泣き声が聞こえた。急いで二階に向かう冬美の背を見ながら、もはや完全に投げやり心地になっていたタノスケの脳裏にはふいに、このまま別れてやろうか、との思いも過ったのだが、しかし、自分の異常レベルのモテなさを考えれば、冬美のような十人並み以上の容姿と、平生は誰よりも優しい心を持っているという、その二つを兼ね備える天女のごとき女性に出会い結ばれることはもはや絶対にできないだろうとの確信が胸に湧き、また、このタイミングで泣いた春子のベストタイミングぷりもタノスケには妙に愛しく切なく思われ、俄にため息がでる。すると、自嘲が多分に混入した果ての幸福心地が、そこから更に限界まで希釈されたような、味気ないがどこまでも静かに広がる、そんな気持ちになり、白ホッピーを一気に飲み干すと、タノスケは白虎の眼でもって瓶中の白毛虫と親しく見つめ合うのであった。

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