突貫めにゅーで、プレオープンでしゅ
よく晴れた昼下がり。ぞろぞろとやってくる、街の要人の皆様!
「ようこそお越しいただきました。皆様向けの特別メニュー、用意しております」
「きょうは、たっぷり楽しんでいってくだしゃい!」
綺麗に整えたカフェで、私はにっこりご挨拶。
それだけで緊張した様子だったスレディバルの偉い人たちは、少しほっこりした笑顔になった。
「お席に、ご案内しましゅ!」
迎え撃つランチメニューは、これだ!
密造ポーションもとい炭酸水でふわふわに分厚くなったパンケーキ!
たっぷりのバターとカリカリのベーコン!
(焼くだけで映えるので、助かる!)
ふかしたジャガイモにマヨネーズと胡椒の味がする何かをちょっとゴリゴリっと削って塩をかけたポテトサラダ!
(ジャガイモをふかして、マヨネーズは正義! あとの味付けは魔石に頼る!)
そこにスクランブルエッグと葉物野菜を添えてワンプレートにすれば、いい感じのカフェランチプレートっぽく!
(初心者でも失敗しにくい、見栄えだけは整えやすい感じ!)
そして意外とスープが鬼門。
ブイヨンが無いのは味付けに困るのだ。
私はベーコンと野菜を深夜からこれでもかと煮込んでブイヨンの代わりにして、胡椒の味がする何かと塩と、オリーブオイルでそれっぽい薄味をつけることにした。
ベーコンは万能だって、多分皆思ってる。そうだよね?
ちなみにゴリゴリに削ると胡椒の匂いがするのは土魔石。
元々ちょっとスパイシーな匂いがするにゃあと思っていたけれど、まさか胡椒の代用品になるなんて!(やけくそ!)胡椒は高いので、代用品はありがたい。
少しだけ塩と一緒に炒って使うと、更にクレイジーソルトっぽい風味になることも判明した。
ありがとう、土魔石。
というわけで、前世の家庭料理知識と『魔女のポーション工房』で得た魔石の味付けヒント。
あとは素材の新鮮さ!
それがこのカフェの、プレオープンの勝負のメニューだ!
「これが都会のカフェのメニューか」
「かわいらしいし、誰でも食べられる優しい味ね」
「なんだか食べていると体が漲ってくる気がする」
ギクッとなる発言もあったけれど、終始皆おいしそうに食べて、満足してくれた。
食後のコーヒーと紅茶は、一夜漬けとは思えないほど香り高い出来映え。
にっこりと笑って、クリフォードさんは無駄のない動きでお給仕する。
「こちら、特別な産地から取り寄せた非水洗式の豆を使用しております。コーヒー豆は果実と同じで、産地や収穫の時期だけでも味わいが大きく変わります――皆様ぜひ、本日だけの、独特の味わいをお楽しみください」
ノーブルな笑みを浮かべたクリフォードさんがそれっぽいことを言うと、皆「そうなのか~」という顔で興味深そうにコーヒーを味わっている。
一人紅茶をご所望だった村長夫人には、高い位置からシャーッと注ぐプロっぽい紅茶の入れかたを披露した。めちゃくちゃ魔術を使って紅茶を操ってるの、魔力の匂いを嗅げる私は気付いたけど黙っているのが吉だ。
このほかにも、クリフォードさんの舌先三寸――もとい、巧みな話術はすごかった。
色々と博識で話題を盛り上げるのが得意らしく、スレディバルの偉い人たちの家族構成や趣味、生活に合わせた絶妙な話題を選んで盛り上げる。
見事にこちらからはほとんど何も自己開示せず、話を賑やかに盛り上げることに成功していた。
「さすがですね~知らなかったです~、すごいですね~! いよっ先生! そうなんですね~」
クリフォードさんの適当な相槌も、なぜか場が盛り上がるのだ。なぜだ。
結局、私たちはスレディバルの偉い人たちの話題で情報収集し、とても実りあるプレオープンとなった。
お見送りの時、村長さんがクリフォードさんを振り返って言った。
「このスレディバルにクリフォードさんとミルシェットちゃんが来てくれて嬉しいです。我々は歓迎します」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
「お願いいたしましゅ!」
隣で、副村長さんが目を細めて店を見上げた。
「この家は『大竜厄役』の頃、魔物たちがたまり場にしていた嫌な場所でした。『凪』が追い出してくれたのはよかったが、地元民はなかなかね……だから、有り難いですよ」
クリフォードさんは「とんでもない」と謙遜する。
「ぜひまたお越しください。それでは足下、お気をつけて」
「ああ。またコーヒーをいただきに来るよ」
「ありがとうごじゃいましたー!」
ぺこー。
私は見送りながら、なんとなくクリフォードさんを見た。
――ここは譲られたと言っていた。
――よく知らないけれど、ナギさんに、譲られたのだろうか?
聞こうと口を開きかけたとき、クリフォードさんが私を振り返ってふにゃっと疲れた顔を見せた。
「お腹すきましたね。まかない、食べちゃいましょうか」
「そーでしゅね」
この時私は、それ以上追及をするのを辞めたのだった。
◇
私とクリフォードさんは『本日終了』の札を扉にかけて、二人で残ったランチメニューを食べる。
少し時間が経ってもパンケーキはふかふかだ。ホケミを使ったパンケーキのような甘さやとっつきやすさはないけれど、異世界では十分ふかふかで珍しい味わいだ。
どちらかというとさくっとした食感で、蜂蜜をかけてもおいしいと思うし、もっとランチっぽいしょっぱいものを挟んでもおいしいと思う。
まかないをもぐもぐとしていると、お疲れ顔のクリフォードさんが優しい目を向けてきた。
「お疲れ様です、ミルシェットさん。あなたがいなければどうなることかと思いました」
「私もクリフォードさんのうさんくさい話術に助けられまちた……」
「ふふ、うさんくさいもいいものでしょう」
「頼もしくてかっこよかったでしゅよ、正直」
「……えっ!?!? ミルシェットさんが素直ですね!? どうしたんですか!? お熱です!?」
「かっこいいとおもったらかっこいーとちゃんと言葉にする主義なだけれしゅ」
えへへ、と微笑むクリフォードさんに、私もなんだか嬉しくなる。
カフェメニューの味に関しては。
ここが舌が肥えた日本の社会だったなら、ぶっっちゃけ厳しかったと思う。
けれど政令指定都市から更に離れたスレディバルでは、競合他社もいない。
ありがとう、異世界! ありがとう! カフェランチが新鮮だと思ってくれる地方社会!
早くまともなメニュー、出せるようにします!
パンケーキを食べながら、クリフォードさんが言う。
「ん……ミルシェットさん。なんだかパンケーキがパチパチしてません?」
「あ、炭酸水代わりに入れてた雷ポーションが、雷の力を出し始めてるのかも」
「大丈夫なんですかこれ。おいしいですけど」
「…………どうなるんでしゅかね」
「知らないんですか? 制作者なのに?」
「むむ……だって料理に使ったのにゃんて初めてでしゅもん。でもみゃあ……ポーションでお腹は壊しましぇんし、火は通しまちたし、大丈夫でしゅよ」
「うーん、この町の人たちの今後も要経過観察ですね」
ポーションを怪しいと思いながらもしっかり平らげた私たち。
片付けをして夜になって、私は自室のファンシーな部屋で横になる。
そして、夜が更け――
私はそっとベッドを抜け出して、一階に向かう。
キッチンには明かりがついていた。
生活魔法のミニイフリートが、手足を生やしてカウンターに座って足を揺らしている。
コーヒーのいい香りが部屋中に広がっている。
クリフォードさんがコーヒーを入れる練習をしていた。
「ぱぱ。夜にコーヒー飲んだら、寝れなくなっちゃいましゅよ?」
いたずらが見つかったような顔で、クリフォードさんが肩をすくめる。
「ああ、ミルシェットさん。起こしてしまいましたか?」
「ううん、パンケーキの練習しようと思って、起きてたんでしゅ」
「子どもは寝なさいな」
「大人も夜にコーヒーは良くないでしゅよ」
私たちは顔を見合わせて、ふふっと笑う。
「コーヒーたくさんありましゅね。コーヒーゼリー作りたいでしゅ」
「ゼリーですか。しかし……ゼリーってどうやって作るのですか?」
「水ポーションを煮詰めると、とろとろになりましゅ。濃くしたコーヒーとお砂糖とぐるぐるして、冷やすといい感じれしゅ」
「それも、娼館で覚えた知識ですか?」
私はちょっといたずらっぽく見上げて、ふふっと笑って見せる。
「クリフォードさんが色々訳ありの事情、教えてくれるなら教えてもいいでしゅ」
「ふふ、お互い秘密だらけですね」
まだ言いたくない。彼から返ってきたのは、そんな言葉だった。
「私はそれほどでもないでしゅ。五年しか生きてましぇんし」
私はむいむいと腕まくりしてエプロンをつけて、よいしょっとパンケーキの材料を取り出す。
昼に作った物は、前世食べたおいしいカフェメニューの足下には届かない。
もっとふわふわで、おいしいパンケーキにしないと、養って貰うだけのお店にできない。
そう、これは自分のため。
間違っても夜中に、こっそりと一生懸命練習するクリフォードさんの力になりたいからじゃない。
あとはやっぱり――人がにこにこするような仕事をしていきたいから。
お料理を頑張って、いつか密造ポーションの力を借りずに、おいしいお料理を作れるようになりたい。
だから頑張るのだ。決して、クリフォードさんにほだされたからじゃない。決して。……たぶん。
そんな感じで、偽装親子の夜は更けていった。
◇
――翌日から、
スレディバルの偉い人たちのお通じが異常に良くなったという話があったり、
突如体の中から電流がびりびりと走った感覚がして、全身のコリが治ったという話があったが。
街の外にはまだ、そのひみつのカフェの話題は出ていない。