……だって。見捨てられないじゃないでしゅか
私は頭をかかえた。この人、なんなんだ。
「ここまで、な、なにをかんがえて私を浚ってこんなことしてんですか! 昨日までの頼れるドヤ顔はなんだったんですか!」
「し、仕方ないではありませんか、……忘れてましたので♡」
「うわーん! むけいかくー!」
数秒の間ののち、クリフォードさんは笑顔で私にウインクを決めながら尋ねた。
「ミルシェットさん。ちなみに、あなたは料理が」
「できるわけないでしゅ」
もちろん食い気味で即答した。
「私、幼女で、しかも底辺育ちでしゅよ」
「ぽ、ポーション作りはできるじゃないですか」
「おりょーりとか期待しないでくだしゃいよお」
「…………そりゃ、そうですよね…………」
彼は背を向けてぶつぶつと言う。
「まずいですね……私、カウンターにどんなアイテム並べようとか、テーブルセットとか、コーヒー豆とかの事は考えまくってましたが、メニュー……そうか、メニュー……」
よくよく考えてみると、出会って初日からずっと私たちは買い食いだった。
まさかカフェ開きたいと言う人が、メニュー考えてなかったとか信じられるわけがない。
可哀想になってきて、私は励ました。
「じゃ、じゃあ! せめてコーヒーだけで最初はやりましょう、コーヒーでしゅ!」
「そ、そうですね! コーヒーさえ淹れられれば後はなんとかなります!」
「でしゅ!」
意気込んだ30分後、私たちはorzのポーズでくずおれていた。
「豆……焙煎結構時間かかるんですね……」
「一度も淹れたことないって、カフェ馬鹿にしてたんでしゅか」
「疲れてたんですよ。宮廷魔術師で一日23時間くらい働いて寝泊まりして、それでいて休日も全部貴族の付き合いやってたらそりゃ頭もあっぱらぱーになりますよ」
「そ、それは……同情しましゅ」
転生前の記憶でウッとなりつつ、私はブラック勤めで壊れたクリフォードさんにこれ以上何も言えなくなった。
これまでのテンションも疲れから来るやけくそだと思えば、なんとなく察するものがある。
――一体どんな暮らしをしていた人なんだろう、この人は。
私は立ち上がり、テーブルに置きっぱなしになっていたポーションを手に取る。
雷属性の魔石は砕くとぷくぷくと発泡する。私はそれを、小さな手でシャカシャカと混ぜる。
疲れるまで何度も混ぜると、熟成が早く進む。
まあいいかな、と思ってクリフォードさんに手渡した。
「飲んでくだしゃい」
「……いいのですか?」
「疲れているなら、飲むべきでしゅ。それに味も知っておいた方がいいでしゅ」
「では、遠慮無く」
クリフォードさんは蓋を開け、ポーションを煽って飲んだ。
「がぶばごば」
「クリフォードしゃん!?」
「ぷは……い、石が口に入らないようにして飲むの、結構大変ですね……」
「そういえばそうれしゅね。自分で飲んだことがなかったので意識の外でちた」
クリフォードさんはクスッと笑う。少しメンタルが持ち直したようだ。
「そうですね。慌てても明日開店は変えられません。特にスレディバルの村長夫妻や各種会長がやってくるプレオープン的な日ですので、失敗したら私たちのうさんくささは天元突破、うなぎ登りです」
「最悪でしゅーっ!」
「でも元気が出ました。炭酸でおいしいお水でした。頭痛や肩こりが取れたようです」
「それポーションの効き目でしゅね」
「よし、これから朝までに焙煎とコーヒー、紅茶の入れ方だけはマスターします」
「他はどうしましゅ?」
「市場で手頃なフルーツを買って、盛り付けましょう。念のためで仕入れていたケーラのお茶菓子を出しても良いですし」
「……まあ、突貫ではなんとかなる……ということでしゅか」
「なるしかないですね」
そう言うとクリフォードさんは気持ちを切り替え、袖をまくって焙煎機の近くに陣取った。
本気で朝までに、なんとかするつもりらしい。
「私は……」
「あなたはしっかり寝ていなさい。心配をかけて、申し訳ありません」
クリフォードさんが眉を下げて笑ってみせる。
胸がちくんと痛くなって、真新しいエプロンをぎゅっと握る。
――この人は胡散臭いけれど、危険を冒してまで私を助けてくれたんだ。
――匿ってくれるのだって、彼は当たり前の顔をしているけれど、絶対危険なことで。
――エプロンだって、衣食住だって貰って、私はただ、可愛い愛猫でいることしかできないの?
――私にできること。幼女で、お料理もこの世界ではしたことがない、ただののらねこができること。
「みつぞー……」
ぽつり、と私は口にする。
クリフォードさんの耳には聞こえていないようだった(焙煎機を動かし始めたので当たり前だ)。
「ぱぱ、冷蔵庫の食材、ちょっと使ってみていーれしゅか?」
パパと呼んだことにか、冷蔵庫の食材のことを尋ねたからか、クリフォードさんが目を丸くする。
そして微笑んだ。
「構いませんよ。……失敗とか気にせず、どんとやりなさい」
「はい!」
私はクリフォードさんが残したポーションをぐっと飲む。
元気を出すためではない。味を確認するためだ。
『魔女のポーション工房』では、デイ○ーヤマ○○みたいなお店だった。
ポーション以外にも、ちょっとした雑貨や料理も置いていた。
ゲームをしながら不思議に思っていたのだ。なぜポーションと小麦粉を一緒にフライパンでクラフトしたら、可愛いパンケーキができるのか。
そういうゲームと言えばそういうゲームだ。
つまり――この世界だって、そういう条理の元に存在していると思う!
私はキッチンで、必要な材料をかき集める。
前世だってちょっとは料理をしていた。
けれどここには、便利なコンロも水道水もないし、レンジもない。
この世界のキッチンを使うのは初めてだ。幼女の姿で作るなんて、前代未聞だ。
それでもやるしかない。
スレディバルの偉い人たちに出せるような最低限のものを、作ってみせる。
だってクリフォードさんが諦めてないんだから。
――恩人に、ただかわいがられる猫ではいたくない。
「ええと、小麦粉おーけーでしゅ。卵ありましゅね。道具も……ああ、適当に『カフェオーナーデビューセット』で良い調理器具買ってくれてましゅね。ほんとなんで作ることだけ、頭からすっとんでたんでしょうか……」
きっと深夜に、胡乱な頭でAma○○n注文したような状態だったんだろう。可哀想に。
とりあえず私は一枚だけ試しに焼いてみることにした。
「ええと……ホットケーキの焼き方のままで……いいんでしゅよね……」
木箱を踏み台にして、腕まくりして三角巾で髪と猫耳をしっかりまとめて。
卵黄と塩と牛乳を混ぜて、ふるいにかけた小麦粉をトントンするだけでも重労働だ。
薄力粉?そんなものなかったでしゅ(白目)
ベーキングパウダーなんてものもないから、卵白をとにかく泡立てて混ぜて、一枚フライパンで焼いてみる。
ホケミを使ったものほどではないけれど、それなりにまず、ホットケーキらしいものは作れた。
作れないと思っていたのに、それっぽいものができた――なんだか、希望が沸いてきた。
「5歳の腕力じゃ卵白がむずかしいでしゅ。じゃあ、ベーキングバウダー代わりになりそうなものを……」
私は二階に上がり、瓶の中に雷の石を取り出してごりごりと削り、そして聖水を入れる。
しっかり蓋をして、割れないように布でぐるぐる巻きにして、私は階段から転がし落とす。
「それーっ!!」
ゴロゴロゴロゴロゴロ!
「どうにゃーっ!」
中身はぶくぶくの泡ができている。
「念のため、もういっちょー!」
ゴロゴロゴロ。
そしてぶくぶくの雷密造ポーションは完成した!
「やったにゃ、これを使えば、もうちょっとおいしいホットケーキになるにゃ」
手に取った瞬間、私の心にさっともう一人の私の声が聞こえる。
――もう悪いことはしたくなかったんじゃないの?
――明日のプレオープンが失敗したって、クリフォードさんがなんとかしてくれるよ。危ない橋を渡らなくったって。
私はふるふると首を振って、迷いを振り払う。
密造ポーションが誰かを救ったと言ってくれて。
密造ポーションを作れる能力を、伸ばしたい才能と言ってくれたクリフォードさんにちょっとでも報いないと。
「私は……密造ポーション、しましゅ! しゅるんでしゅ!」
ぎゅっと拳を握って誓った。
「ぱぱに、借りだけ残すのは嫌でしゅからね!」
私は真新しいエプロンを見て頷くと、再びキッチンに向かった。
雷密造ポーションを、さっそくホットケーキに入れて焼くために。
◇
「――ットさん、おーい」
「うにゃ」
「朝ですよ、ミルシェットさん」
まだ暗いなか、クリフォードさんが私を見下ろしていた。
夜寝ていなかったのだろう、髪が乱れている。
私はキッチンの隅で丸くなって寝ていた。必死に作っているうちに眠気に負けたらしい。
エプロンも髪も、粉がかかったり汚れていたり、酷いありさまだ。
「あの、私……」
「少し食べさせていただきましたよ。試作品から小麦粉が空っぽになるまで、よく頑張りましたね」
「頑張りはいいんでしゅ。味でしゅ! 味は」
「とてもおいしかった。見た目もひとまず、今日自信を持ってお出しできる理想のパンケーキです」
「……!」
そのとき、いい香りがするのを感じる。耳がぴくっと揺れる。
「私もうまくいきました。天才なのでね」
クリフォードさんはウインクをする。
鶏の声が、遠くから聞こえてきた。
――今日はうまくいく。不思議な確信が朝日と共に湧き上がってきた。