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何も……考えてなかったん、でしゅか?

「ちわっす。『ご依頼あればのぞみの果てまで、はやてのごとくあなたの元へ!』こんにちはー、ラメル商会です!」


 私はぺこーっと頭を下げる。


「こんにちは、はじめまして、ミルシェットでしゅ」

「あっはじめまして! 噂にきいてたお嬢さん! ほんとにみけねこちゃんなんすね。よろしくっす。俺はラメル商会のイーグルっす。旦那の開店準備の仕入れのお手伝いをしてるっすよ」


 イーグルと名乗った少年は、キャスケットを持ち上げて八重歯を見せて笑う。


「もしかして……コーヒー豆でしゅか?」


 くんくんと匂いを嗅ぐと、後ろに置いていた台車のズタ袋からいい匂いがする。


「お、コーヒー知ってるんだミルシェットちゃん。賢いっすね~。旦那、どこに置く?」

「ええ。キッチンにお願いします。こちらです」

「あいよっす! 他の食材も一緒に運ぶっすね~」


 イーグルさんは軽やかに商品を運び、定位置の木箱へと収めていく。

 そしてぐるっと店を見回して目をキラキラさせた。


「すっげー!めっちゃきれー! 廃墟だったのに!」

「ふふ、頑張りましたよ。私たち二人でね」

「あのたまり場がこんな風になるなんて!」

「たまりば……でしゅって?」

「あーあー、ミルシェットちゃんは知らない方がいいっすよ。いっけねー」

「このこの、口が軽いんですからー」

「あははー」


 ウインクしたクリフォードさんがおどけたようにつつくと、イーグルさんも笑ってごまかす。

 ――たまり場って、たまり場っていいまちたよね!? 聞きまちたよ!?


「今後もよろしくっす。頼まれたら姉貴が何だって仕入れてみせるからさ、よろしくっす」

「こちらこそよろしくおねがいします。ラメル商会さんの評判はケーラでもよく聞きますし、頼りにしていますよ」

「へへ、嬉しいっす!」


 そこでイーグルさんがふと、思い出したように言う。


「てか、二人の関係ってなんなんすか? あずかりっこ?」

「ぴえ」


 まだその辺の話、してなかったんかーい!

 反射的にクリフォードさんを見て、私は思わずぎょっとする。

 クリフォードさんが、目元を赤くしてぽろぽろと泣いていたからだ。

 幼女と少年の前で、さめざめと泣く成人男性。


 白いハンカチで目元を押さえながら、クリフォードさんは静かに美しく涙と言葉をこぼす。


「彼女は……実は……私の生き別れの娘で……。色々あってずっと会えないままだったのですが……今……やっと……娘だけが……私の元に戻って…………うっ」


 言葉を詰まらせ、おいおいと顔を覆って涙をこぼすクリフォードさん。

 哀れにもイーグルさんはおろおろしている。いきなりいい年した男がボロ泣きし始めたらそりゃあそうなる。


「ク、クリフォードの旦那ぁ……辛かったんすね、もう言わなくていいっすよ、ええと……みかん! みかんあげるっす! おまけっす! どうぞ!」

「うっうっ……み、みかんは……この子に……ミルシェット……おーおいおいおい……あああ……」

「あああ……」


 声をあげて泣き崩れるクリフォードさん。私はあっけにとられながらみかんを受け取った。

 イーグルさんももらい泣きしながら、私の肩を力強く叩く。


「ミルシェットちゃん、このスレディバルはいい人ばっかりっす。いい人と、たぬきと、あと野犬と、リスくらいしかいねえっす。どうか……強くいきるんすよ、パパのためにも……!」

「はい…………………………」

「へへっ、みかんの汁が目に飛んだっす! んじゃ、俺は仕事に戻るっすよ! またよろしくっす!」


 綺麗な涙をこぼしながらニヒルな笑みを浮かべ、イーグルさんは背を向けて足早に去って行った。


「お、お気をつけて……でしゅ」


 手を振って庭まで出て見送って家に戻ると、きらっきらの興奮した笑顔でクリフォードさんが豆の袋を持って小躍りしていた。


「おっまっめ♪ おっまっめ♪ 非水洗式のコーヒーおまめっ♪ 嬉しいなっ♪ どんな味かなっ♪」

「こ、この詐欺師ぃぃぃぃぃ!!!!!」


 私は毛を逆立ててフーッ! とクリフォードさんに叫んだ。

 豆のズタ袋にキッスをしながら、クリフォードさんは何を言っているんだといわんばかりの顔を向けてくる。


「あなただって困るでしょう、色々嘘を並べすぎても。ああやって泣き崩れておけば、私にもあなたにも色々聞いてくる人はいませんよ」

「びえーっ! ペテン慣れしてやがりゅーっ!」

「あー、そんな言い方していいんですかぁ? 水牢の中ってすっごく辛いんですよぉ、水の中に浸けられている苦しさと、生きながらえる地獄を絶妙な塩梅で」

「びえええええごめんなさい、ごめんなさい! 愛してましゅ、ぱぱ!! だでー! ちちうえ!」

「ふふ、パパ……良い響きですね、カフェのマスターたるもの落ち着きがほしいですからね」


 ――だったらお豆ダンスを踊るな!

 そういう言葉も、私はむぐむぐと口の中に押し込んでおく。

 どっと疲れた気持ちになって、私はバーカウンター部分のスツールによじよじと登って、ぺそっ……と突っ伏した。

 耳としっぽがぐんにゃりとする気配がする。


「お疲れ様です。さっそくみかん、しぼってみましたよ」


 とん、と私の前にマグカップが置かれる。かわらしい丸っこい、いかにも女児向けの猫さんマグカップだ。

 中には鮮やかなオレンジ色のミカンジュースが入っている。

 疲れてさけんで、酸っぱいものを体が求めているのを感じる。

 ごくっと生唾を飲んでから、いただきましゅと口にしてそっと飲む。


「……しゅっぱ……でも、おいしいでしゅ……」


 甘酸っぱいとはまさにこの味のことを言うのだろう。果肉が微妙に残っていてぷちぷちするのも美味しい。

 ごきゅごきゅと大事に飲んで顔を上げると、にこにこ満足げな顔のクリフォードさんと目が合った。


「……なんだか、負けたきがちまちゅ」

「いいんですよ、しっかりご飯をたべて眠って、いつか私を超えていくといいのです」

「みー」


 頭を撫でられると、正直悪くないと思ってしまう。

 いけない。ほだされちゃだめ。

 そう思っても、のらねこ幼女の体は正直で、喉の奥からごろごろと音を鳴らしてしまう。ごろごろ。


「さあミルシェットさん。豆が届きましたし、挨拶も済ませたし、ついに明日から開店です」


 そう言うなり、クリフォードさんは、ガサゴソとリボンのかけられた包みを出してくる。


「どうぞ。開いてくださいな」

「えっ」


 ドキドキしながら包みを開くと、中からはフリルいっぱいのレースのエプロンが出てきた。


「わあ……」

「あなたは『ひみつのねこねこカフェ』の看板娘です。オープン記念にプレゼントします」

「……かわいい」

「でしょ?」

「契約父娘関係なのに、妙に甘いでしゅね?」

「大切な子どもだからですよ。私の大切な愛娘です、ミルシェットは」

「……みい……」


 契約関係の親子なのに、たまにこの人は異常なほど子どもに優しい。

 普段のうさんくさい詐欺師おじさんのときと妙に乖離している気がする。二重人格だろうか?


――子どもに、何か思うことがあるのかな。


 思いながらエプロンを着けてみる。

 リボン結びができなくてにゃっにゃっともだもだしていると、クリフォードさんがきゅっと結んでくれる。

 鏡を見ると、レースたっぷりふりふりの美少女が存在した。


「うん、よく似合ってますよ」

「なんで鏡の後ろでキメポーズとってるんでしゅか、パパ」

「そりゃあ、鏡の前に来たらポーズを決めたくなりますでしょう…」

「そんなものなんですかにゃあ」


 改めてエプロンを見た。

 私を迎えると決めてから、準備してくれていたのだろうか。

 歓迎されてると思うと照れくさくなる。

 ――だめだめ。ほだされちゃだめ、この人はあやしいんでしゅから。

 でも一応、一応、だから。


「その……ぱぱ。…………あ、ありがとう……でしゅ。ふつつかな娘ですが、……頑張りましゅ」


 私がぎこちなくお礼をいうと、クリフォードさんの顔がパッと明るくなった。

 素直に喜色を出されると、私もますます気恥ずかしくなってくる。

 もじもじ尻尾を足に絡めて、私は早口で言った。


「えっエプロンを貰ったからにはっ! ちゃんとお手伝いしましゅから! お水出したり、お掃除したり! お皿洗ったりとか!」

「もしかしてミルシェットさん照れてます?」

「みいみい」


 私はクリフォードさんに背を向けて、感情が出ちゃう耳を両手でペとーと抑える。

 抑えながら心に誓う。

 これはあくまで契約の、利害の一致の親子関係なのだ。

 ここまで大事にされているんだから、ちゃんと売り上げに貢献しないと。お仕事、がんばろう。


「そういえば、クリフォードさん」

「なんでしょう」

「色々食材とかコーヒー豆とか準備しましたけど、メニューってどんなのにするんでしゅか?」



 ――私はこのとき、何気ない質問のつもりだった。

 ――当然、カフェを開くと意気込んでいる人なのだから、何か考えているに決まっていると。


「…………」

「クリフォード、しゃん?」


 ――よく考えればわかることなのだ。

 ――クリフォードさんはここまで、一切話していない。自分が具体的に、どんなメニューを出したいのかと。



 滝のように汗を流しながら、クリフォードさんは呟いた。


「忘れて、ました…………ね……」


 部屋に――ぶくぶくと、作ったままだったポーションが泡を立てる音だけが響いた。

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