あたらしいおうちとポーション、はじめての訪問者 ※微修正
翌日、馬車は数日をかけて政令指定都市的な規模のケーラから、山あいの街スレディバルまで向かった。
太陽の日差しを浴びたキラキラの新緑。
街の中心を川が流れていて、気化熱で涼やかな風が吹き抜ける。
木造の三角屋根の家々には窓辺に花が飾られていて、のどかで素敵だ。
同時に、それでいて街道に通じた街なので、人の流れは活発で、市場は賑やかで若々しい。
実に理想的な田舎町だ。
「あのアプリゲームの世界観、思い出すにゃあ……」
私たちの家は街の中心から結構外れた、山道の上にあった。
前世で言うなら「わあ~!ジ○リに出てきそう!」と感想が出てきそうな、森の小さな一軒家だ。
「素敵な場所でしょう? 私、あこがれだったんですよねー。あー早くカフェのマスターになりたい。日常の憩いの場として、ときには悩みを打ち明けにくる場として人が集まり、そこでマスターである私がいい感じの名言をはいてお客様の心を癒やし、ときめかせ、人生を変えていく物語を私は――求めているのです。るるるん」
「道中ずっと聞かされましたでしゅ」
「ふふ、なにせ私退職前は業務時間の8割くらいはカフェの妄想で費やしていましたからね」
「だめなおとなでしゅ!」
私よりうきうきとした様子で、クリフォードさんは一軒家の鍵を開ける。
一緒の旅の中で気付いたが、この人見た目の割に結構落ち着きが無い。
「わあ……」
中は既に掃除がされていた。
カウンターキッチンにテーブルセットまで用意されている。
まだまだ整える必要はありそうだが、開店準備は着実に続いている、という感じだ。
また、二階は居住区になっていた。
ソファがある居間と客間、そして二人分の寝室、小さめのダイニングキッチンと水回りがある。
前世の住環境の感覚でも広く感じる、のらねこ幼女には十分すぎるほどの部屋だ。
「さて、とりあえず今日はゆっくりしましょう。街には料理屋もありますし、ご挨拶がてらに食事をして、日用品を買って寝ましょうかね。二階には既に部屋を用意していますからね」
上機嫌なクリフォードさんはジャケットを脱ぐと、襟をゆるめてうーんと伸びをする。
「ありがとうございましゅ。……よろしくお願いしましゅ、です」
「いえいえ。パパですから♡ 当然のことですよ」
――そうして、私たち契約親子としての暮らしは始まったのだった。
◇
それからの日々、私はクリフォードさんと二階の住居で生活しながら、開店準備をする日々を過ごした。
朝食は市場で買ってきたパン、お昼と夜は街に降りてご挨拶がてらに市場で買って。
今日もクリフォードさんは一階のテーブルを最終調整したり、窓辺に透き通る綺麗なレースカーテンをかけたり、実に楽しそうに開店準備をしている。
「私も手伝いますよぉ」
「あなたは保護されたての子猫なんです。新しいおうちの新生活で知らず知らずのうちに疲れてるんですから、そう気を遣わないでよろしいんです」
「でもぉ」
普通の子どもならともかく、一応転生前の記憶もある幼女なのだ。
役に立たないのは落ち着かない。
クリフォードさんはクスッと笑い、二階を指した。
「では、早速ですがポーション作りを見せてもらえませんか? 二階にポーション工房の準備が整いましたので」
「そうでしゅね。作り方は教える約束でちた」
密造しまくりたいとは思っていないけれど、自分がなにをできるのかは見せておきたい。
私とクリフォードさんはさっそく二階の居住区へと向かった。
◇
二階の奥の一室。
そこにはテーブルと椅子、ご丁寧に私用の踏み台が用意されていた。
足下のほうには重そうな木箱が床に置かれている。
開くと、中にはクズ魔石がぎっしり入っていた。
クズ魔石はシーグラスのような見た目をしていて、大抵は丸く削れて白っぽい色をしている。
大きさは様々。
表面に汚れがついているのも多いので、どう見てもゴミだ。
――魔石は、基準値以上の魔力を放つ鉱物のことを言う。
効果で色が違って、魔道具の材料に使われたり、魔術師の権威の象徴として使われたり、用途は様々。
前世でいう宝石に近い価値があり、さらにそこに上乗せして効果が付随しているということだ。
まあ、とにかく希少価値が高い。
普通なら、当然ポーション作りなどに使わない。
消耗品であるポーションに魔力を移すなんて、単純に費用対効果が見合わなすぎるからだ。
使い終わったらただの石になっちゃうし。
だからポーションは今の時代では、魔術師が魔力を込めて作る。
綺麗なだけの産業廃棄物・クズ魔石。
これで魔術師じゃなくてもポーションがつくれます! なんて革命的なのだ。
宮廷魔術師クリフォードさんでさえ知らないのだから、多分――まだこの世界では、だれもクズ魔石ポーションの作り方を知らない。
「えっと、……まず、聖水を用意しましゅ」
「聖水が必要なのですか?」
クリフォードさんが汲んでいた井戸水のケトルを掲げる。
「ないので作りましょう、えーい」
白っぽい光が一瞬ふわっと部屋を照らし、井戸水は聖水になった。
「はい、どうぞ」
「い、いやいや…………いやいや!」
「言ったでしょう天才魔術師って。天才なら聖職者スキルも持ってますって」
「そ、そういうものなのかにゃあ……」
今突っ込んでもどうせなにも教えてもらえないだろう。
私は瓶に魔石を詰めて、インスタントに作られた聖水をひたひたに注ぐ。
「作るのは一番無難な、『整い』のポーションでしゅ」
「なるほど……微弱な効果ながら、人それぞれの弱った部分にじんわりと効いて整えるポーションですね?」
「石の配置を見るだけでそこまで気づけるの、こわいでしゅ。……四大元素のクズ魔石を均等に敷き詰めて、最後に体に浸透しやすくするため、発泡の雷を……すり鉢とか、ハンマーとか、魔石を砕けるものはありましゅか?」
「はいどうぞ、つよつよのペッパーミルです」
「ペッパーミル……」
私は受け取ったペッパーミルに雷属性の魔石を入れて、ごりごりっとして、ぱらぱらっとかける。
蓋をしてかしゅかしゅと振る。さながらバーテンダーだ。
ふうふうと息があがる。ことりと瓶を置いて、ふうっと汗を拭った。
「一日置けば最低限の効果は出ましゅ。そしたら蓋を開けて、中の魔力のあまりを抜いて完成でしゅ」
「なるほど、そこで熟成を止めるのですね? 効果が出すぎるので?」
「……早くほしい時は、たくさん振れば熟成が早まりましゅ」
実はビッグボスの元で何度か試してみたけれど、徹夜でふらふらの人が急に目を血走らせて飛び回ったりしたので、さすがに作るのは辞めた。
密造ポーション幼女にも矜持はある。
疲労がぽんと飛びそうなポーションは作らない! 絶対!
「私も作ってみましょうか」
ひょいと小瓶を持ち上げて、クリフォードさんがクズ魔石をザラザラと入れ始めた。
「こんな感じでいいでしょうか?」
「そうですそうです、いい感じでしゅ」
同じ手順、同じ行程で作ったものの、なぜかクリフォードさんが振ってもぶくぶくの泡が出ない。
クリフォードさんが難しい顔をして瓶を眺めている。
「なぜでしょう……?」
「ビッグボスのところで作ってた時も、こうだったんでしゅよね。なぜか私が作らないとうまくいかなくて」
私はクリフォードさんから瓶を受け取り、えいえいっと振ってみる。
「あ! 泡が出てきまちた! ビッグボスのところでは誰が作ってもうまくいかなかったのに! さすがでしゅ」
「……クズ魔石の配分は、良かったということですね……?」
「多分混ぜ方のこつなんかがあるんでしゅよ」
ゲーム『魔女のポーション工房』では、特に主人公の魔女に固有スキルがあるような話ではなかった。
というか、買い切りで小規模な個人制作のゲームだったので、ただ「クズ魔石で、ポーション作りできますよ!」くらいの設定以上の具体的な世界観の話は描写されていなかった。
そもそもレベルが上がったら、クズ魔石ではなくちゃんとした魔石でポーション作りできるゲームだったし。
「……」
クリフォードさんはしばらく難しい顔をしていたが、ふっと力を緩めた。
「まあいいでしょう、今考えても結論は出ません」
そして、存外に優しい眼差しで私を見下ろして言った。
「ミルシェットさんは、このポーションでお世話になっていた人たちを助けていたのですね」
感慨深そうな声でクリフォードさんが言う。
「……生きるために作っていたと言いましたが、流通していたあなたのポーションはあえてほどほどのできになっていた。マフィアの抗争の間接的な原因にはなったかもしれませんが、少なくとも抗争で死人が出なかったのは、あなたの力のおかげです」
私はぽかんとした。
こんな風にポーション作りを褒められたのは初めてだ。
――人の役にたった、という意味で褒められたのは。
その時。庭に通じる門を叩く音が聞こえた。
「ごめんくださーい! 誰かいますかーっ? ご挨拶にきましたー!」
私とクリフォードさんは顔を見合わせる。
「誰でしゅかね」
「あの声は……ああやっぱり、この辺りの行商人の子ですよ。入って貰いましょう」
一階に行って玄関を開くと、そこには橙色の髪にそばかすの愛らしい、眼鏡の少年の姿があった。